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論文紹介|自然保護区の経済効果【JOCV Day136】

自然に触れることで気持ちが落ち着いたり、生きる活力が湧いてきた経験のある人は多いことだろう。実際に、自然に触れることで精神疾患のリスクが軽減するという研究結果もいくつか報告されている。

日本然り、ヨルダン然り、世界中には多くの自然保護区があり、訪問者を受け入れているところも多い。自然保護区を訪れる人は多かれ少なかれ、意識的であれ無意識であれ、メンタルヘルスが改善していることだろう。では、その経済効果は果たしてどれくらいなのだろうか。この疑問に挑戦したオーストラリアの研究チームの報告が、英国科学誌であるNature Communicationsに11月12日に発表された。論文はオープンアクセスで無料で閲覧可能である。

論文のタイトルを直訳すると「訪問者のメンタルヘルスを介した自然保護区の経済的価値」となる。タイトルの通り、自然保護区が訪問者にもたらすメンタルヘルスの経済効果を試算したものになる。

研究チームは本稿で、世界全体の自然保護区の経済効果は合わせて6兆米ドルに登るという試算を出している。1ドル100円換算で600兆円の経済効果があることになる。またこの金額は世界中の自然保護区の管理予算の合計金額の2倍から3倍に相当すると試算している。

金額のインパクトが大きいからか、多くの海外メディアに取り上げられている。日本語のニュースサイトでも近く取り上げられると期待している。

研究チームはオーストラリアの自然保護区をパイロットサイトとして設定し、Personal Welbeing Index (PWI) という既存の指標を用いて訪問者の幸福度を測定した。また、約2万人に対してオンライン調査を実施して自然保護区と幸福度につて回答を集めた。1年間で自然保護区へ訪問する回数は、全く訪問しない回答者を含めて、平均して2.6回となり、PWIの向上は平均で2.2%となった。

パイロットサイトとオンラインでの調査結果をもとに、オーストラリアにおける自然保護区の経済効果を、訪問者のメンタルヘルスの観点から算出した。メンタルヘルスが向上することで生産性の向上や、精神疾患による医療費の削減など複数の恩恵が得られる。既存の指標およびメンタルヘルス分野での過去の研究結果を参照しながら、これらの恩恵を金額として換算し自然保護区の経済効果とみなすというロジックである。

結果、訪問者のメンタルヘルスに基づく自然保護区の経済効果は、オーストラリア全体で100億米ドル、世界全体では6兆米ドルに達したというわけだ。

調査方法や算出方法の詳細については私も専門外であるためここで記載することは省略する。自然保護区へ訪問すること、メンタルヘルスが向上すること、生産性が向上すること、精神疾患に伴う医療費が減少すること、これらの事象の間に大きなブラックボックスが存在することは研究チームは理解している。また、自然保護区で植物や動物と触れ合うことがメンタルヘルス向上に寄与していると予想するが、自然保護区でなくても生き物と触れ合う機会はある。そこの線引きは難しいことは研究チームも理解している。

経済効果の算出には上述したように多くの仮定に基づいていることを了承した上で、自然保護区の機能が単なる野生生物の保護に留まらず、我々人間のメンタルヘルスにも大きく寄与することを強調している。経済的・政治的な理由から自然保護区の開発と管理は後回しにされがちだが、新しい側面から自然保護区の価値を金額ベースで提示した点でこの論文の功績は大きいだろう。

私の配属先である植物園のスタッフを含め、自然保護区の運営に携わる多くの方々に読んでほしいと感じた。

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