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論文紹介|人と動物は一緒に暮らせる【JOCV Day97】

以前、エマ・マリスというサイエンスライターを紹介した。

人間が地球上の自然環境を変容させ続けてきた歴史の中で、これから私たちはどのように自然を保全していくか。世界各国で都市化が進み、人々が大地から引き剥がされる中で、人々が自然と身近に触れ合う機会をどのように創りだすのか。人と自然の付き合い方を日々考えている中で、彼女の記事や著書は多くの示唆をくれる。私が一方的に大尊敬しているライターである。

そんなエマ・マリス先生が公式Twitterで一本の論文をピックアップしていた。

米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)の掲載論文である。最新の論文かと思ったが、2012年の論文である。

タイトルを直訳すると「小さな空間スケールにおける野生生物と人間の共存」となるだろうか。ざっくり言ってしまうと「人と動物は一緒に暮らせる」ことを示唆した論文である。

論文ではネパールのチトワン国立公園の内外に生息するトラに注目している。同じく国立公園内外で生活する地元住人、観光客、ネパールの軍隊など、多くの人が国立公園の内外で活動する中、トラがどのように分布しているのか、時空間的に解析したというもの。

解析においては以下の3つの仮説を立てている。

(i) tiger density is higher inside the Chitwan National Park than in the multiple-use forest outside the park
(多目的に利用できる公園外の森林よりも、(地元住人が利用していない)国立公園内の方がトラの密度は高い)
(ii) tigers avoid locations visited by people and/or vehicles
(トラは人間や車が往来する場所は避ける)
(iii) tigers are more active at night to avoid human disturbance
(人間の干渉を避けるため、トラは夜間により活動的になる)

調査の結果、3つの仮説のうち始めの2つは否定されたことを報告している。人間がその空間を利用しているか否かで、トラの密度に統計的な有意差は見られなかった。また、人間や車が往来する場所を、トラも往来していることが分かった。一方で、人間の活動がピークの時点ではトラの往来は少なく、ピーク以外の時間帯でトラの往来が増えた。これは3番目の仮説を指示していると言える。

小さい空間スケールにおいて、ヒトとトラで同じ空間を利用していたのである。調査結果を受け、著者は以下のように主張している。

Incorporating fine-scale spatial and temporal activity patterns into conservation plans can help address a major global challenge—meeting human needs while sustaining wildlife
人間の需要を満たしつつ野生動物も保護するという、世界的な難題に取り組む際、小さな空間スケールにおける(生き物の)時間的・空間的な活動パターンを(生き物の)保全計画に取り込むことが有効となり得る

野生動物の保護を目的とする自然保護区や保全地域は多く存在するが、人間の影響からできるだけ隔離された空間で保護しようと多くの資金を投じている。地球というスケールでは人間と動物の共存を目指しておきながら、足元においては野生動物の多くは人間と共存できないという仮説に立った隔離策が当たり前のように行われている。確かに人間活動によって多くの野生動物が生息域を失っていることを示す研究はあるが、人間と動物が同じ空間で生活できないことを示唆しているわけでは無い。東京のオフィス街にも夜や休日はネズミやタヌキはいる。

この研究は、時間的・空間的な活動を分析することで、人間と野生動物が共存できる空間づくりが、足もとの空間スケールで可能であることを示唆している。

先日紹介したロンドンの国立公園都市計画も、人間と野生動物が共存する空間を目指している。

世界の人口が増加している中で、人間生活を営みつつ、野生動物を保護していくためにはどうすればよいのか。立ち入り禁止の保全地域という隔離策で思考停止になるのではなく、一緒に暮らせるという前提に立って、どうやったら一緒に暮らせるか考えていくべきではないだろうか。

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