【書籍紹介】限りある時間の使い方

時間の使い方に関する海外のベストセラー本が翻訳されていた。原題は"FOUR THOUSAND WEEKS(4,000週間)"だが、翻訳版では「限りある時間の使い方」となっている。著者はイギリスのコラムニストのオリバー・バークマン、翻訳は「エッセンシャル思考」や「ブロックチェーンレボリューション」なども手掛けた高橋璃子さんとなっている。

効率化や時短術に関する書籍は多くあるが、本書が読者に訴えることは「時間は有限であることをまず認めなさい」ということである。原題の4,000週間は約77年間に相当し、人間のおおよその平均寿命を週に換算したものである。著者はこの寿命が「有限だ」と主張しており、邦題の「限りある時間」というのは「限りある寿命」と解釈することができる。

時間が有限であることを受け入れることは、冷たいシャワーを浴びるように辛いが、この事実を受け入れずに時短術などのテクニックを身に着けたところで、苦労して生み出した時間に別のタスクが入ってくるだけで、本当に成し遂げたいことにはいつまでも着手できないと強調する。著者自身も数多くの時短術や業務効率化のテクニックを身に着けたが、空いた時間に新たな仕事が次々と入ってきて辛い思いをしたと述べている。

やりたいことの優先度の高さを石の大きさに、有限の時間を瓶にそれぞれ喩えて、大きな石から瓶に入れていきましょうと説くお話しは様々な場面で使われるが、そもそも私たちは瓶に入りきらない数の大きな石を抱えているのである。

時間を計画的に使うという考えは、時間がコントロール可能なものだという私たちの誤解から生じるが、私たちは時間をコントロールすることなどそもそもできないと強調する。計画的に勉強することが極めて得意であろうハーバード大の学生を対象に、一つの美術作品を3時間椅子に座って鑑賞する課題を与えたところ、脱落者が続出したらしい。コントロールできない時間の流れを受け入れることは忍耐を要するようだ。しかしながら、耐え抜いた先には作品の見え方が大きく変わる素晴らしい経験が得られるようで、その授業はとてもクリエイティブだと評判のようだ。

計画を立てるとその計画が何か確実な「実体」を示す実態として捉えたくなるが、単なる「考え」に過ぎないと著者は言う。ノヴァル・ユア・ハラリの「サピエンス全史」でいうところの「共同主観的現実」が「計画」にも当てはまるのかもしれないと読んでいて感じた。月次計画、年次計画、中期計画など、世間には様々な計画があり、計画を立てることは個人や組織の目的を達成する上で大切だろう。一方でその計画は「実体」ではなく「考え」だと認識しておくことで、計画通りに物事が進まない時に要らぬストレスやフラストレーションを抱えることを避けられるかもしれない。

個人の時間に対する考えを改めるよう前半で述べ、後半では他者と時間を共有することの重要性を強調する。時間の共有例として「休暇」を取り上げている。スウェーデンの事例では休みを一斉に取得すると幸福度が上がることが示された。一方でロシアの事例では4シフト制にして休みを分散させたところ上手く回らずに破綻した。周囲が働いている中で自分だけが真に休むことは難しい。時間を個人の自由の及ぶ範囲と捉えるメリットはあるが、デメリットも織り込むべきだと主張する。

イスラム教の国の多くでは金曜日が休日で、多くの信者がモスクへ行く。私が住んでいたヨルダンでも金曜日はお休みで、午前中は多くのイスラム教徒がモスクで祈りを捧げていた。結果としてイスラム教徒は金曜日の午前中は一斉に仕事を休むことになる。キリスト教徒もクリスマスには多くの人が休暇を取る。本書でも言及されているが、宗教は休暇を共有するという役割も担っているのかもしれない。

効率化テクニックや時短術を実践しようとしている人、実践しているが思うように機能していない人にとって、「そもそも私たちに与えられた時間とはどういうものか」を問いかける本であった。

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