十九、二十 2

https://note.com/ramenmenma/n/n6437930180f1

よければ1から見てください



「いらっしゃいませー。4点で982円になります。ありがとうございましたー。いらっしゃいませー。2点で1040円になります。ありがとうございましたー。」

そこに自分の意識は介在しない。客が持ってきた商品のバーコードを右手に持つ名前の分からん機械に押し付けて、値段を読み上げる。客から金をもらい商品を詰めて客に渡す。この一連の作業を何も考えずとも、あたかも機械になったかのように機械的に行えるようになるのに3か月とかからなかった。

彼女をなんとなく目で追いだしたのも、それと同時期くらいだったと思う。

 彼女は頻繁に、おそらく毎日、私が働いているコンビニを利用している。彼女は、切れ長の目で、ショートカットの黒髪、歩くのが速く、はきはきとした口調で愛くるしい表情の中にどこか凛々しさがあった。彼女は、私がここのバイトに入ってからほぼ毎日利用しているようで、そんな彼女に私はもう長いこと心を惹かれていた。あと数日でこのバイトを初めて9か月ほどだから、彼女のことを意識しだしてからもう半年ほどか。そう考えると半年というものはあっという間に過ぎてしまった。だが、臆病な僕に何かできるわけもなく、何もできないまま、半年が過ぎたということだ。

その日も、取り立てて彼女がなにかいつもと違うことをしていたかと言うと別にそうではなくて、彼女はいつも通り買い物をしていたのだが、僕の一歩踏み出す勇気、、、いや、どちらかと言うと躓いてよろけたらいつの間にか一歩踏みだしていたというか、そんな勇気か、はたまた偶然か、神様(無宗教のくせにこんな時に神様を出してくるあたり現金な奴だというのは自分でも理解している。)が仕組んだとしか思えない何かが、僕と彼女を引き合わせてしまった。


彼女が買い物かごをもってレジへやってきた。イヤホンで曲を聴きながらほかの客には聞こえない程度の声量で歌っているようだ。その足取りはいつも以上に軽く、買い物かごに入っている大きめのプリンを食べることを今から想像しているのだろうか。


「ありがとうございます。4点で1060円になります。」
もうじき10月になろうとしているのに外はまだ暑い。近頃の夏は、秋を侵食しているようで9月の後半になっても半袖が押し入れにしまわれることはない。彼女のかごには、いつも買っていくプリンとサラダチキンと千切りの状態で売られているキャベツ、それにハーゲンダッツが入っていた。今日は仕事でいいことがあったのか、いつもは買わないハーゲンダッツを買ってるな。だからご機縁に歌っていたのか。それにしてもいつまでアイスが売れる季節がつづくのだろうか。


「PayPayでお願いします。」
そう言う彼女がスマホの画面をこちらに向けた。その画面に店員が読み込むためのバーコードはなく、あるのは何度も見たあのジャケット写真が写ったapple musicの画面だった。


「あ、、クリープハイプ、、。」

零れ落ちるように僕の口から言葉が出てきた。彼女は、僕の言葉に一瞬戸惑ったような顔をするも自分の犯したミスに気づき慌ててスマホを操作し始めた。溺れるのにも似た感覚で、考えるより先に口が動いていた。
「あの、、クリープハイプ好きなんですか?」

「あ、、はい。結構聞きますよ」

彼女が今度こそバーコードを見せてくれた。

「クリープハイプいいですよね。僕も好きなんですよ」

彼女が形容しがたい笑顔で答えてくれる。無理やり例えるとしたら『取引先のお偉いさんにセクハラまがいの発言をされたとき』のような、困惑と警戒と愛嬌がまじった、そんな笑顔だ。商品を袋に詰め、彼女に渡す。

「ありがとうございました~!」

この日から彼女との関係が始まった。


この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,870件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?