十九、二十 9


よかったら1からみてください

「ただいま」
バイトから帰ってきて、彼女の家の玄関を開けるとカレーのにおいがした。僕が20歳になって3か月が経とうとしている。あの日以来彼女は家にいることが多くなった。演劇も援交もやめてしまって、外出する用事が極端に減ってしまったようだ。テレビに映し出された動きやすそうな格好をした女性が様々なポーズをするのに合わせて彼女も同じポーズをしている。
「あとちょっとで終わるからちょっと待って
て」

「何してんの?」

「見てわかんないの?ヨガだよ」

テレビの方を見て四つん這いになりながら右手と左足を地面に平行になるように伸ばしたまま彼女が言う。匂いにつられてキッチンを覗くと鍋の中にキーマカレーと思しきものがあった。
「お、キーマカレーだ!おいしそう!」
「あなたが好きだって前言ってたの思い出し
たからつくってみたのよ」


片膝立ちになって、両手を合わせ天井に目いっぱい伸ばしたまま彼女は誇らしげに言った。視線はテレビの方を向けたままだ。彼女は演劇と援交をやめて空いた時間を、案外楽しんでいるようだった。ヨガ、料理、映画鑑賞、読書、散歩、あの頃の彼女よりかは幾分か生き生きしているように見える。テレビの中で女性がお疲れさまでしたと言っている。彼女はテレビの中の人に向かって律儀にお疲れさまでしたと言い一礼すると、風呂場のほうに歩いて行った。その言葉を合図に僕はキッチンに移動しカレーを温め始める。シャワーの音が聞こえる。


こんな生活が続けばいいと思っている反面、そろそろ終わりが近づいていることもなんとなく分かっていた。ある日を境に求人情報誌を全く読まなくなり、代わりに衣服や本、CDを段ボールに詰めるようになった。彼女は「お金ないから売りに行くんだよ」と言っていたが僕は信じていなかった。だからその日が来た時も、驚きとかはなく、ついに来てしまったかとしか思わなかった。にしても何か一言くらいはあると思っていたけど、彼女なりに気を使ってくれたのだろうか。

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