十九、二十 10


よかったら1からみてください


シリコン製のリアルなアザラシのストラップが付いた合いかぎを取りだし鍵を開ける。3日前に彼女と二人で行った水族館で買ったものだ。彼女のカギには、シリコン製のリアルなイルカがつけられているが、このストラップを選んだ時彼女には「やっぱりあなた趣味悪いよね」と毒づかれてしまった。クリスマスプレゼントに全長2メートルほどの巨大なクマのぬいぐるみを渡したことをまだ根に持っているようだった。


「ただいま」


言い終わらないうちに、異変に気付いてしまった。玄関においてあるはずの彼女の靴がきれいさっぱりなくなっていた。ついにその時が来てしまったことを察しながらも、ドッキリの類であることを期待してリビングのほう
に歩を進めると、やはり、そこはがらんとしていて、数着の僕の服と僕が持ってきたPS4 が部屋の真ん中にきれいに並んでいる他は何もなかった。いつか来ることが分かっていたが、その時が来てしまうと、何も考えれなくなる。僕の荷物に向かって力なく歩いていくとそこに封筒があるのが見えた。封を開けると彼女からの手紙だった。


何も言わずに出て行ってごめんなさい。今日に向けて色々準備をしていたので、多分ばれていたと思うけど、気づかないふりをしてくれてありがとう。あなたは、私が出ていくなんて言ったらすぐ泣いちゃうと思ったから、何も言わないで出ていくことにしました。あなたの泣き顔は見てるこっちが泣きたくなるくらい苦しい泣き方をするので、決意がぶれてしまうかもしれないと思ったからね(笑)
私は、一か月ほど前に家族の紹介でお見合いをした男性の方と婚約することにしました。私の過去は知らないけれども、私の未来を託すことができる立派で優しい方です。あなたとの結婚を考えなかったわけではないですが私にはあなたを背負えませんでした。あなたほどのやさしくて、優秀な人間を、私のために多くの選択肢を消してしまうようなことを強要するのは私にはできませんでした。私と違ってあなたにはたくさんの可能性があります。自分を信じて何かやってみてください。あなたのことは、大切で大好きでした。これは嘘じゃないです。本当です。

あなたと出会ったことは、はわたしにとって「いつか」であなたは紛れもなく「誰か」でした。

今までありがとう。さよなら。

PS. 半年間、私と生活をしてくれてありがとう。もうすぐ新学期が始まって、この半年間を取り返すチャンスは来るはずだから、あなたは、ちゃんとした大学生に戻ってね。

ついに来てしまったのだ。彼女が出ていくこと、気づいていた。きづいていながら、気づかないふりをした。面と向かって話すのが怖かった。嫌なことから逃げてしまった。見たくない現実から、逃げてしまった。学校に行かなくなったあの時と同じだった。

僕もそろそろ変わらないといけないのか。彼女がそう望むのなら、そうしてみようか。


イヤホンを外すことすら忘れていたことに気づいた。耳元で、何度も聞いたあの曲が流れてくる。

いつかはきっと報われる
いつでもないいつかを待った
もういつでもいいから決めてよ
そうだよなだから『いつか』か


誰かがきっと見てるから
誰でもない誰かが言った
もうあんたでいいから見ててよ
そうだよなだから『誰か』か

何度も電話をかけてみたが、彼女は一向に出る気配はなく、諦めてスマートフォンを閉じると暗い画面に苦し気な泣き顔が映ってその滑稽さに逆に笑えてきた。


明日も朝からバイトがある。明後日までに光熱費を入れなきゃいけない。来週には自分の家の家賃を払わなければいけない。世界は僕を待ってくれない。待ってくれないのなら、前に進むしかない。


前に進め前に進め
不規則な生活リズムで
ちょっとズレるもっとズレる
明日も早いなあ


(終わり)

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