彼女は僕だけに妖しく微笑む

 桜が早くも散り始め、暖かな風が吹く。飯生(いなり)稔(ねん)二(じ)は着なれない不格好な制服に身を包み、今年度から通学することになる高校の入学式へと向かっていた。
 しばらく歩いていると、ちらほらと同じ制服の人間が増えてきた。これからの生活に希望を抱いて目を輝かせている者や、SNSで知り合ったのだろうと考えられるグループがわいわいと盛り上がっていた。
 学校に着くと、「四十八年度 湖白高校 入学式」と大きな看板が校門の前に置いてあった。家族連れの同学生たちが、写真を撮るために列を成している。一応、スマホで正面からの校舎を撮っておく。あとからどうだった、と聞かれても困らないように。

「これから四十八年度、湖白(こはく)高校入学式を始めます」
 如何にも真面目そうな眼鏡をかけた短髪の男子生徒の言葉で入学式は始まった。
「新入生、起立」
 号令を掛けられ、すぐさま立ち上がる。
「校長先生のお話です。一同、礼。着席」
 それから、校長の我々新入生を歓迎する定型文が述べられ、当たり障りもない話が続いた。
 その時だった。
 退屈な話に飽き、周りを見渡していると一人、学生の格好としては不釣り合いな女子生徒が居た。
「しっぽ……?」
 思わず呟いてしまう。幸い、蚊の鳴くような小声だったため、周りからは視線を向けられることは無かった。
 上級生が座っている、体育館の壁側の席に一人、女子生徒の体躯では隠しきれないほど大きな尻尾が見えていた。
「コスプレ……? 周りは何も思わないのか……?」
 周りの反応を窺いながらその女子生徒を凝視していると、不意にその女子生徒がこちらを見た。必然的に目が合ってしまう。すぐさま目を背けるのは不自然になると思い、軽く会釈をしてから視線から外す。
 視線を外す刹那、その女子生徒がニヤり、と妖しげな笑みを浮かべていたのは、気のせいだろうか。

「端っこのお嬢ちゃん、もう少し中央に寄ろうかー、はいOK! 撮りまーす! さん、にー、いち、はい!」
 学校が雇ったであろう、痩せた中年男性のカメラマンが、クラスごとに写真を撮っている。年季の入った折り畳み式のひな壇が、ひび割れたアスファルトの上で軋んでいる。おそらくこの写真をきちんと見る三年後には、この日の事など忘れているだろう。
 周りには係の仕事らしき上級生が数人いたが、入学式の時に見かけたあの女子生徒は見当たらなかった。
「俺は明石(あかし)賢吾(けんご)、さっき集合写真で隣にいたヤツだ。よろしくな」
 集合写真を撮り終わり、担任の先生から軽いホームルームがあった後、解散になった。席で荷物をまとめていると、前の席に座っていた男子生徒が話しかけてきた。
「ああ、よろしく」
「名前はなんていうんだ?」
「稔二、飯生稔二」
「そうか。名前順も近いから、よろしくな」
 賢吾は白い歯を見せながらニッカリと笑い、僕の肩をぽん、と叩いた。
「そうだ、入学式の時、上級生の方に気になるところはなかった?」
「気になるところ……、かわいい先輩ってことか? 大人しそうな顔してむっつりか~?」
「いや、無いなら良いんだ、忘れて」
「こっちも探しとくぜ、年上の女性の良さは俺も分かってる」
 ふん、と鼻息を荒げながら賢吾は自分の胸を叩く。
 何故男子はこうも自分の性癖が一致したと感じると、テンションがあがるのだろうか。そもそも僕は好みのタイプの話なんて一切していないのだが。
 呆れていると、賢吾は他の生徒にも話しかけているようだった。特にすることもないので、鞄を背負い、教室を出ることにした。廊下に出ると、他の教室からにぎやかな会話が聞こえてくる。ガタガタ、といった机の音や、甲高い女子生徒の笑い声。これから三年間、通うことになるこの学校を感じていると、期待とプレッシャーが入り混じった感情になる。
 僕の家は代々寿司屋。高校に進学することは、父親から反対されていたが「なにがあってもいいように」と母親を味方につけ、この学校の進学を決めた。
 家から通える距離にあって、私立ではないので学費も高くはない。偏差値は平均よりもほんの少し上といった程度。家業を継げと言われ続けた僕にとって、この三年間でどうなるかは分からない。でも親を説得して決めたからには相応の覚悟で過ごしていかなければ。

「新入生の飯生稔二くん、飯生稔二くん。至急理科準備室へお越しください」

 そんな時。僕の思考をぶった切るようにして、校内の放送が鳴り響いた。

 建付けが悪くなっている引き戸を開けると、薬品と埃の混じった匂いが鼻孔をくすぐった。部屋の両脇にある棚にはアルコールランプや、何の授業に使用するのか分からない薬漬けの蛙が瓶詰めにされて並べられている。
「呼び出してすまなかったな。君が飯生稔二くんだね」
 間違いない。その声の主は入学式の時に目が合った、あの女子生徒だった。窓から外を眺めていた身体を翻し、僕の方を振り向くと長い黒髪をなびかせながら、八重歯を覗かせた。
「あの、要件は……」
 とても同じ高校生とは思えない雰囲気に一瞬気を乱されそうになりながらも、僕はここに呼ばれた意味を尋ねる。
「少年、見えていたんだろう? 入学式の時、私の尻尾が」
「あっ、そうです! あの時……」
 どのタイミングで接近されたのか分からなかった。興奮して声が大きくなってしまった私の唇にその女子生徒の人差し指が当たる。
「あまり大きな声は出さないでもらえると嬉しいな」
「んぐ……」
「私の秘密を知っているのは新入生で君だけだろう。この部屋の外で誰かが聞いていて噂にでもなったら困る」
「秘密って……」
「尻尾だよ。私は君が見た通り、人間じゃない。もっとも、この学校の人間の殆どには人間であると思われているがね」
「じゃあ、あれはコスプレとかじゃなくて、本物だった……」
「そう、自己紹介が遅れたね。私は鳴(なる)神(かみ)紅葉(もみじ)、妖狐だ」
「ようこ? え?」
「見ただろう? あのもふもふとた私の自慢の尻尾を。毎日、手入れは欠かさないんだ」
 ふと視線を外すと、さっきまで見えていなかった大きな尻尾が揺れていた。
「いやいやいや、そうじゃなくて……」
「ふむ、それを説明するには時間がかかりそうだな。場所を移そう」
 紅葉と名乗ったのその女子生徒は、思案の表情を浮かべながら、理科準備室を出ていった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 慌てて僕も準備室を飛び出す。さっきまで賑やかだった廊下はまるで誰も居なくなったかのように、静まり返っていた。

「本当にこの道で合ってるんですか?」
 荒れに荒れた雑木林を手でかき分けながら進む。雑草と土の匂いが酷い。折角新しい制服だというのに初日から汚れてしまいそうだ。
「まあ、そう思うのも無理はない。ここら一帯は人間があまり寄り付かなくなってしまったからな」
 もう何十分経つのだろう。目的地は学校の近くにあるというからついてきたというのに、一向にそれらしきものは見当たらない。自然が多い高校を売りにしていたのは、以前入学時にこの高校を調べたときに知っていたが、ここまでとは。
「ほれ、見えてきたぞ。到着だ」
 彼女はさっきまで雑木林の中を歩いてきたとは思えない綺麗な制服に身を包んだまま、僕たちの目線の先を指さした。
「鳥居?」
 僕の視界に広がったのは、半分が朽ちて地面に埋まってしまっている、蔓や雑草で覆いつくされた鳥居。それとかろうじて何かが祀られていたであろうと考えられる、小さなお社があるだけだった。
「鳴神さん、でしたっけ。一体何の用なんです? 道中聞いても答えてくれないし、こんなところを歩かされてぐったりですよ」
「紅葉でいい。君には私たちを助けてほしいのだ」
 そう言いながら彼女は鳥居であったものを、すらりと撫でた。
「助ける? 何を言って……?」
「我々はもともとこの神社に祀られていた妖狐なのだよ」
 さっきまで毅然とした表情だったはずの彼女は、今にも消えてしまいそうな表情をしていた。
「ずっと昔、まだ君たちのような人間が信仰というものを大切にしていた時代。我々たちが多く存在していた。もちろん、今私が君に見せているように姿を現すことは珍しいが。人々は何かあるごとに祭りを行い、何かあるごとに私たちを頼った。飢饉、災害、疫病。そのたび我々は人々を助けた。我々は力をもっていたから」
「そう、なんですね……」
 僕は脳みそをフル回転させながら、どうにか話を理解しようとする。
「しかし、それは失われた。人間が信仰を持つ事を辞めてしまったからだ。今では私たちの数は減り、人間たちを助けることもできない。だからこそ君には、今現代に蔓延ってしまっている信仰の無さを解消してほしい。シンプルに言うなら、私たちを信仰するように手を打ってほしい。」
「でも、その力って本当に必要なんですか? ここ十年だって何か神秘的な力が必要だと言われるほど僕たちだって、困っているようには……」
「必要なんだ。私たちの力は人間の記憶や記録には残らないようになっているが、小さな災いを払うことが出来る。小さな災いを払うということは、大きな災いとなる元を排斥できるということ。このままではいずれ……」
 彼女は突然何か詰まらせたような様子で、黙ってしまった。
「……? 紅葉さん?」
「いや、なんでもない。とにかく、私はこの世界が好きなんだ」
「はぁ……」
「だから頼む。私たちに協力してくれないか」
 わからない事が多すぎる。そもそも彼女の言っていることは本当なのだろうか。何かたちの悪い詐欺じゃないのか。しかし、尻尾のこともそうだが、色々と奇妙な事象が目の前で起きていることも事実。
「まあ、そう簡単に承諾してくれるとは思っていない。一つ提案をしよう」
 彼女は人差し指をピンを立て、顔を僕の顔の近くまで近づけた。
「君が卒業するとき、君の臨む進路を確定してあげよう」
 それは僕にとっていい契約内容だった。この高校に入ったのも、建前では自分の将来のためではあるが、何をしたいのかは全く決まっていない。言わば、断定的な最後のモラトリアムなのだ。
「それなら……」
 おもわず口走る。
「本当か、やってくれるか! 流石だな、やはり私の鼻は間違いなかったか」
「鼻?」
 彼女は妖しげな笑顔を僕に見せた後、スンスン、と僕の周りを嗅ぎ始めた。
「えっ、ちょ! なにするんですか!」
 自分でも顔が熱くなるのがわかる。一体何なのだこの人は。
「君からはすごくいい匂いがするんだ。懐かしいというか安心するというか」
「そっ、そんなこと言ったって、すぐ協力的になるとは思わないでくださいね」
 十五歳にして貞操の危機を感じ、湧き出る感情を抑えつつ彼女を振りほどく。僕の匂いを嗅ぐと言っておきながら、自分の香りは全く意に介していないようだ。
「ふふふ、じゃあよろしく頼むよ」
「はい……」
 自分の周りに彼女の香りがまだ残っているせいか、ぎこちない返事になってしまう。
「じゃあ今日はこの辺で、また明日話すとしよう」
「また、この道を戻らないといけないんですか?」
「案ずるな、それくらい私に任せておけ」
 一瞬、彼女の周りを纏っていた空間が歪む。次の瞬間、風が彼女の周りを包み、雑木林たちがカサカサと音を立てる。
 驚きと恐怖で僕は目を閉じてしまう。
「なっ、こんなことって……」
目を開けるとそこは学校の前だった。
「今回だけ出血大サービスだ。気をつけて帰ると良い」
 そう言うと彼女はツカツカと僕の前から去っていった。

「お帰り、遅かったわね、友達できた?」
 自宅の玄関を開けると、母は夕飯を作っているのだろう、味噌汁らしき香りが漂ってくる。
「まあね」
 今日の出来事を話すわけにはいかないのでそれとなく返事をする。
「今日はアンタの好きないなり寿司だから、沢山たべなさい」
 いつそんな事を言ったのだろう。家が寿司屋なので、こういう食事が食卓に並ぶことは珍しくないのだが。
 一つ、いなり寿司を齧る。酢飯と甘味の効いたお揚げがよく合う。今日は予想外の事があったせいか、いつもよりおいしく感じられた。

 翌朝、昨日通った通学路を歩いていると、どこからか現れた彼女が話しかけてきた。
「やあ、おはよう。今日も一段といい匂いがするな」
「ちょ、ちょっと、周りにも同じ学生がいるんですから、誤解されるような会話はやめてください」
 自分の正体の秘密はバレると困るという癖に、僕とのこのよくわからない関係性は他人に知られても構わない、と言いたげな表情。彼女は妖しく微笑み、僕にしか見えない尻尾をくねくねと振る。そんな彼女を見ていると、ふくらはぎの筋肉痛も和らぐような気がした。
「じゃあ、放課後また理科準備室でな」
 学校へ着くと彼女はそう言って去っていった。

 入学式が終わって初日なこともあってか、形式上は各科目の授業ではあったが、それぞれ担当する教師の自己紹介や、その科目で学んでいくことの説明であったり、評価のつけ方に関するものばかりであった。
 最後の五限目を終え、特にこれといった連絡もなくホームルームも終了した。僕はホームルームが終わるや否や、荷物をまとめていると、前の席の明石賢吾が話しかけてきた。
「よぉ、おつかれさん。そういや稔二は部活は決まったのか?」
 突然の質問に、言葉が詰まる。
「今のところは考えてないかな……」
「早く決めといた方が良いぜ、この高校はどこかの部活に入部しないといけない決まりらしいからな」
 初耳だった。この高校については入学前に何度か調べたつもりでいたが、甘かったようだ。
「そうなのか、ありがとう。早めに考えておくことにするよ。僕は用事があるからこれで」
「ん、そうなのか。じゃあまた明日な」
 賢吾に別れを告げ、教室を出る。廊下から聞こえる賢吾の声は、既に他の友人と部活の話題で盛り上がっているようだった。
 相変わらず軋む理科準備室の扉を開けると、腕を組んだ状態で座り込んでいる彼女が居た。
「やあ、今朝ぶりだな」
 僕の顔をみると、組んでいた腕を解き、例の妖しげな笑顔に戻った。
「今日は何をするんですか?」
 準備室に置いてあるこれまた年季の入ったソファに身を預ける。
「作戦を練るんだ。私たち妖狐の信仰を取り戻すためのね」
「さくせん、ですか……」
「何かいい案はあるかね?」
 先ほど何かを考えていたような状況だったのはこのせいだったのだろうか。
「そんな急に言われても……。新しい学校に来てばっかりだし、初日からすごい色んな事に巻き込まれるし、部活は何か入らなきゃいけないしで、思考がままなりませんよ……」
 彼女はスッと目の色を変え、こちらを凝視する。澄んだ緑色の眼がとても綺麗だ。
「今なんて言った?」
 彼女は緊迫したオーラで僕に質問する。
「え、いや、色んな事があって……」
「その後だ」
「思考がままならない……」
「その前だ」
「部活をきめなきゃいけない……」
「それだ!」
 ガタッ、と彼女の座っていた椅子が立ち上がった衝撃で倒れる。
「新しい部活を作るんだよ。妖狐の信仰が高まりそうな」
「ありますかね、そんな部活……、神社同好会でも作る気ですか?」
「そうだな……。オカルト部、なんてのはどうだろう?」
「オカルト部。今どきちょっと時代遅れ感が否めませんね……」
「そういう君はいい案があるんだろうね」
 彼女は「オカルト部」という提案に自信があったのだろうか、頬を膨らませ僕を睨みつけた。
「いや、思いつきませんけど……」
「じゃあオカルト部で決定だな」
「でも、どうやってその信仰的なものを高めさせるんです?」
「私に良い考えがある。入部させなくてもいい。むしろ私は入部させるつもりはない」
 彼女は八重歯を覗かせる。
「じゃあどうやって……」
「新入生が部活を決めるタイミングで各部活が行う、部活動紹介というものがある」
「そんなのがあるんですね、僕もそれを見て部活決めようかな」
「何言っているんだ、君はもうオカルト部の副部長だろう」
「嘘! 強制入部させられてるんですか? しかも二人しかいないのに副部長って!」
「いいだろう、まあともかく、その部活動紹介もとい、仮入部の期間中に、あるイベントを行おうと思うのだ」
 ふん、と鼻を鳴らした彼女は得意げな顔になった。
「すごくあっさりと流された気がしますが、まあいいでしょう……。何をするんですか、普通の体験イベントとかは一瞬頭に浮かびましたが、オカルト部なんて何をすれば」
「こっくりさんをやるんだ」
「こっくりさん……?」
「よくある占いの一種だよ。それを少し妖力で弄ってあげれば、一般的にこっくりさんとしてイメージされる、狐に対する信仰も増える事間違いなしだろう」
「なるほど、でも妖力はあまり使わない方がいいんじゃないですか? その仮入部期間中に何人来るか分かりませんし、万が一紅葉さんに何かあったら……」
「そこでだ、実は仲間の一人に声を掛けようと思ってる」
 仲間? 妖狐自体は数が減っていると彼女から説明があったはずだが、流石に彼女だけという訳でもなかったようだ。
「じゃあ、場所を移すとしようか」
 彼女はそう言うと颯爽と理科準備室を出ていった。
「またあの神社ですか? 足腰が持たないなあ……」
 そう言いながら僕も理科準備室を出る。

 しばらくして、昨日も通った雑木林の入り口に到着する。相変わらず土と雑草の匂い、周囲を飛び回る小さな虫たちが鬱陶しい。
「前回でパスは通ってるからな、今回は楽にいけるぞ」
 その言葉の意味を聞き返す間もなく、僕の足が一歩雑木林に入る。それを合図にして、たちまち嵐のような突風が吹き荒れる。思わず「うわっ」と声を出し、顔の前を腕で覆う。
「そら、着いたぞ」
 前回の帰り道、出血大サービス、と言われたときの事を思い出す。僕の目の前にはその時の逆で、昨日みた寂れた神社が広がっていた。
「良いんですか、力は弱ってるんじゃ……」
 二回目ともなれば慣れたもので、驚くこともなくなった僕は、何の合図もなく移動させられたことに愚痴を溢す。
「大丈夫さ、君が信じているおかげでね」
 彼女はニヤりと楽しそうに微笑んだ。
「遅かったわね。そろそろこちらから向かおうとさえ思っていたところだわ」
 移動した矢先、声を掛けられる。女性の声だろうか。その低い声からも感じられる威圧感に僕はドキリとする。
「すまない、こやつに事情を話すのに時間がかかった」
「まったく、そっちから呼び出しておいていいご身分ね」
 すらりとのびた黒髪から覗かせる瞳が僕の方を向く。まるで獲物を捕らえる野生動物のように鋭い。威圧感は声だけでは無かったようだ。
「あ、あの……、この方は……」
「今回の作戦に協力してくれる、私の仲間の一人だ」
「安倍(あべ)霞(かすみ)よ、よろしく」
 再び向けられるその鋭い視線に身がすくんでしまう。彼女の仲間とも言っていたし、これも妖力の力なのだろうか。
「よ、よろしくおねがいします」
「で、何をするんだったかしら」
 僕の挨拶にろくに見向きもせず、話をすすめようとする。名前くらい聞いてくれてもいいのに。
「部活動の体験と称してこっくりさんをやるんだ。それを上手いことやって学生らの信仰を高めようと思ってな。仮入部期間が始まるまではまだ一週間猶予があるが……、何かいい題材の案はあるか?」
「こっくりさんで何をやるかは決めてなかったんですね……」
「仕方ないだろう、あの時思いついたのだから」
 またむくり、と頬を膨らませる紅葉さん。
「恋占い、というのはどうかしら」
 聞き間違いだろうか。威圧感のある低い声からは発せられないような文言が聞こえてきたような気がする。
「今、なんと?」
 思わず聞き返してしまう。安倍霞と名乗ったその女性は、相変わらずの眼つきで僕と紅葉さんを見返している。
「こ、恋占いって言ったのよ。学生ならそう言った話題が好きでしょう? より多くの学生を引き込むなら、そ、そういうのがいいと思って」
 急に会話の歯切れが悪くなり、たちまち顔が赤くなる。意外と可愛いところがあるのかもしれない。同時に、見た目と声色で人を判断してはいけないと感じた。
「それはいい案かもしれないな。新入生も新生活が始まるということで、浮足立っている所に上手くハマるかもしれんし」
 紅葉さんは霞さんを呼んで正解だったというような、満足気な表情をしている。
「じゃあそれでいきましょう、飯生くんだったわね、しっかりサポートしてあげて頂戴ね」
 咳払いのあと、まだ火照りの残った顔で、霞さんは期待のような眼差しを僕に向けていた。

 いつの間にかオカルト同好会として部の申請を通していた紅葉さんは、人数による規定に対し不満を漏らしながらも僕を巻き込みながら着々と準備を進めていた。
「部として認めるには人数が足りないらしい」
 仮入部期間に向けて借りた教室で、雰囲気作りのための内装を作っている僕に愚痴る。
「紅葉さんが新入部員を受け入れるつもりが無いなら、中々難しそうですね。にしても、同好会という形とはいえよく申請が通りましたね」
「ああ、霞が顧問をやってくれると言ったのでな」
「へぇ、霞さんが。……は?」
「あ、言ってなかったか、霞はこの学校の非常勤講師なんだ」
「先生やってたんですか霞さん……。知らなかった」
 ホームルームで配られた教員紹介のプリントがあったはずだが、一人一人の顔を覚えるほど読みんこんではいなかった。
「一年生は担当してないし、無理もないだろう。どうだ首尾は?」
「まあ、前日までには終わりそうですけど、人来るんですかね……」
「そこは私と霞の腕の見せ所だな」
 放課後の空き教室で小物やら、装飾を作っていると文化祭を先取りしたような気持になるが、実際もこんな感じなのだろうか。
「一応クラスメイトに声かけてみます」
 明石賢吾のことを思い浮かべながら紅葉さんにそう告げる。
「それは助かる。何としてもまずは一人連れ込んで噂を流すのが大きな一手になる」
 何とも言えない罪の意識を感じながら、賢吾に心の中で謝っておく。おそらく飛びついてくるだろうから。

 数日後、仮入部期間が始まった。借りた空き教室は暗幕カーテンで薄暗くなっており、教室の中心に置いてある四角に並べられた机の上には五十音、「はい」、「いいえ」、一から九までの数字、鳥居が記された、こっくりさん特有の紙が置いてある。
 僕が作った紙箱の中には十円硬貨が予備の為に二枚入っている。仮入部の始まりの合図は曖昧で、「放課後準備が出来次第初めてよい」という決まりなので、廊下には何人かの新入生がいくつかのグループを作りながら、どこに行くかどこの部活が良いかなんて事を話していた。案の定最近できたオカルト同好会の話題は出ていないようだった。
「どうします? 準備は一応できましたけど始めますか?」
周囲の様子をうかがいながら、期待が抑えきれなくなっている紅葉さんの顔を見る。
「そうだな、善は急げというしな。霞、行けるか?」
「ええ、大丈夫だわ。顧問としての体裁もあるから、あまり口出しはしないようにするけどね」
「それでは、第一回オカルト同好会、仮入部を開催するッ!」
紅葉さんの号令で教室の扉をあける。廊下の景色が見える前に僕の眼に広がったのは、明石賢吾の顔だった。
「よ、待ってたぜ。一番乗りしてやるって決めてたからな」
いかにもワクワクした表情で、得意げに話す賢吾。その後ろには賢吾の友人だろうか、見知らぬ男子生徒が居た。
「ありがとう、じゃあ早速中に入ってよ」
僕は二人を教室内に連れ、机の前に座らせる。
「なんか雰囲気あるなあ、これ稔二が作ったのか」
「紅葉さんに指示されてだけど、そうだよ」
どうやら内装や雰囲気づくりは成功の様だった。賢吾はあちこちを見渡しながら、へぇ、だの、ふーん、だの感嘆を上げている。
「うお、これがこっくりさんってやつか……」
賢吾は教室内を見渡し終わった後、机に置いてあるこっくりさんの用紙に興味を移していた。
「来てくれてありがとう。今回初めての生徒さんだから歓迎させてもらうよ」
薄暗い空間からぬっ、と姿を現した紅葉さんは賢吾たちに感謝を述べる。
「どわっ、びっくりした。貴女が紅葉さんか……」
「じゃあさっそく、始めていこうか」
賢吾たちの驚きは意にも介さず、淡々とこっくりさんの順序を説明していく紅葉さん。今回は恋占いという題材に焦点を絞っていることを説明した。通常、こっくりさんにはジャンルを問わず聞くことが出来るのだが、紅葉さんの説得力のある説明で恋占いに特化したこっくりさんであると納得させていた。
「では、二人で十円硬貨の上に指を重ねてくれ」
賢吾はごくり、と唾を飲み込んだ後、もう一人の男子生徒と共に十円硬貨に人差し指を置いた。
「次に、私が説明した通りこっくりさんを呼んでくれ」
「「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」」
二人そろってこっくりさんを呼ぶ。紅葉さんはうんうん、と頷きながら教室の端にいる霞さんとアイコンタクトを取っていた。
「では、どちらかの運命の人を聞いてくれるかな」
紅葉さんにそう言われ、二人は顔を見合わせる。賢吾はもう一人の男子生徒にニヤりと笑いかけた後、
「将司(まさし)の運命の人を教えてください」
と告げる。
「なっ、なんで俺だけ」
もう一人の将司と呼ばれた男子生徒は、慌てた様子で賢吾に文句を言っていた。
「こらこら、こっくりさんの前では無駄な私語は慎むように」
紅葉さんがすかさず制止する。
「うわっ、動き出したぞ……」
私語を慎むようにと言われた直後なのにも関わらず、賢吾は驚いた様子で自分の指を凝視する。二人の人差し指は用紙の上で次々と五十音をなぞっていく。いくつかの平仮名の上を通った後、ぱたりと動きを止めた。
「「委員会?」」
二人は顔を見合わせる。
「こっくりさんが出した答えは『委員会』のようだね。おそらくこれは委員会で一緒になった生徒との関係を暗示しているようだ」
二人の疑問に紅葉さんが補足していく。
「では、こっくりさんにお帰りになってもらおう」
どうぞ、という紅葉さんの合図で二人は「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください」と告げ、無事に「はい」の上に十円硬貨が移動した。
「これで終了だ。将司君だったね、君は何かしら委員会に入っている。そうだね?」
賢吾はこっくりさんの机から解放され、椅子にもたれ掛かって安堵の息を漏らしている。
「そ、そうですけど、特に運命の人って感じの人は……」
将司は否定しながらも明らかに恥ずかしそうな表情で、顔を赤らめていた。
「お? これは可能性アリって感じだな」
賢吾はそれを茶化すようにバシバシと将司の肩を叩いた。
「まあ詳しく解明する意思は私にはないが、思い当たる節がありそうだね」
将司は俯いたまま、顔を赤くするだけだった。恋占いなんてそうそう当たるものではないと思っていたが、紅葉さんと霞さんの手にかかればこれほど影響力があるのかと思ってしまう。
「じゃあこれで仮入部の内容は終わりだ。他にもいろいろな活動をしているが、その都度やることが変わるのでね。それは入ってからのお楽しみというわけで……」
紅葉さんは二人にオカルト同好会の概要を軽く説明し、僕にアイコンタクトをする。僕はそれを受けて二人を廊下へ連れ出した。
「ありがとな、中々面白かった。まあたぶんこの部活動に入ることは無いけど……」
雰囲気に圧倒され萎縮している賢吾は、申し訳なさそうにしながら礼を述べた。
「いや、来てくれてありがとう。入部の件に関しては大丈夫。紅葉さんもそこまで新入部員を募っている訳ではなさそうだから」
「そうなのか、まあ詳しくは聞かないが。にしても、紅葉さん美人だったな。同じ高校生とは思えない雰囲気だったぜ。稔二、お前もいい女性に気に入られたな」
先ほど将司にも向けたような、いたずらな表情で僕を見る賢吾。
「べ、別にそういんじゃないよ」
反論しつつも、自分の体温が高くなっていることを自覚する。
「将司くん、だっけ。君も来てくれてありがとう」
話題を逸らそうと、もう一人の男子生徒に声をかける。
「いや俺はコイツに連れられてきただけだからさ……」
将司はさっきの事を恨めしく思っているのか、賢吾のことを小突きながら、恋占いと称されたこっくりさんの結果のことで未だ頭がいっぱいの顔をしていた。
「じゃあ、他の部活も始まってるだろうから、俺は将司と回ってくるよ」

賢吾たちと別れ、教室に戻る。教室内では紅葉さんと霞さんが上手くいったな、といった表情で談笑をしていた。
「すごいですね、先ほどの男子生徒、確実に思い当たる節があったようですよ。一体どんな妖力を使ったんです?」
自然と興味が沸いたので二人に質問する。
「なに、そんな大したことではない」
大したことではないと言いつつ、自信たっぷりのドヤ顔で紅葉さんは説明を続けた。
「そも、人間は思い込みが強い生き物だ。私は霞の力を借りて新入生の情報を集めておいた」
「教師としてこの学校に関わっている私なら、その辺の情報も手に入れやすかったわ」
と、霞さん。
「そこで、新入生たちの友好関係を洗った。先ほどの男子生徒、将司君はこの学校に異性の幼馴染がいるんだ。クラスは異なるが同じ委員会に所属しているという情報を手に入れていたから、そこに繋がるようなこっくりさんの結果を提示した」
「じゃあ妖力は……?」
「委員会という文字列の結果を導き出す為に少しだけ使っただけさ」
妖力というよりも、情報戦に打ち勝ったという感触が強い。この人たちは限りある妖力を最低限の力で使い、情報を巧みに利用したのだ。
「へぇ、考えたもんですね……」
感心している僕を見ると、紅葉さんは八重歯を覗かせた。霞さんも満足そうな表情で大きな胸をなでおろしている。
 その後も何人かの新入生がこの仮入部に顔を覗かせたが、両手で数え切れるほどの人数であった。
「まあ、初日はこれくらいだろう。今日はもう片づけをしようか」
「オカルト同好会」と記された段ボール箱へ小物や装飾を詰め込む。こっくりさんで使った用紙と十円硬貨は紅葉さんに指示された通り処理をした。
「では、今日の所は解散としようか」
お疲れ様です、と紅葉さんに言葉を掛けようとすると、彼女の頭に見慣れないモノが生えていた。
「紅葉さん、それ……」
耳だ。耳が生えている。尻尾と同じ質感のもふもふとした耳が彼女に生えていた。
「あぁ、この耳のことか。先ほどから妖力の高まりを感じてな。抑えきれず出してしまうことにした。とは言っても、コレが見えるのは君を入れた限られた人間だけだ」
この仮入部イベントで信仰力が高まったというのだろうか。紅葉さんを囲む妖しげなオーラも一層強くなっているように感じられる。
「霞の方も影響が出ているようだな」
そう言われ、霞さんの方に目をやると、以前までは見えていなかった灰色の尻尾がくねくねと艶めかしく動いている。
「あら、飯生くんに見えてしまう程になってしまったのね」
そう言いながらも、紅葉さんと同じように霞さんも満足気だ。
「次の仮入部の実施日は三日後だったな。そのころにはまた少し妖力が上がっているだろう」
「トントン拍子に進む故にちょっと心配ですけど……」
「君は心配性だな。人間は噂をよく好む。三日後にもなれば、それなりにこの活動の噂も広まるだろう」
何事も紅葉さんの言う通りになっていくので、反論の余地はない。うまくいけば、自分の進路が確定されるという取引なのだから、上手くいっていることに不満はないのだが。
「じゃあ、改めて解散だな。稔二君、君は特につかれているようだから、しっかり休むように」
校門を出て、二人と別れる。彼女の言う通り身体はへとへとだった。変わりない筈の通学路が長く感じられた。
 自宅に着き、用意されていた夕食を済ますと、自室のベッドへ転がり込む。今日あった出来事を反芻していると、いつの間にか眠りについてしまったようだ。

 三日後、再び仮入部の実施日だった。紅葉さんの言っていた通り、初日の活動が噂になっており、前回の三倍以上の体験者が薄暗い教室に訪れた。紅葉さんと霞さんは同様に手に入れた新入生の情報とわずかな妖力を駆使し、生徒たちの妖狐に対する信仰力を高めていった。
「盛況でしたね。どれほど妖力の向上が見られるか楽しみです」
「そうだな……」
期待感いっぱいの僕とは裏腹に、紅葉さんは怪訝な顔をしていた。
「? なにかあったんですか」
「いや、君に伝えるほどのものでもないだろう。気にしないでくれ、この作戦が成功したのは事実だからな」
今日の仮入部時間が終了し、解散となった。校門を出ようとしたところ、霞さんに呼び止められる。
「紅葉は伝えるほどでは無いって言ってたけど、私からは伝えておくわね」
霞さんは出会ったときに見せた、鋭い眼差しでこう告げた。
「この学校に妖狐とは別の勢力が訪れたっぽいの」
「別の勢力……?」
「私も紅葉から聞いてないから確証はないんだけど、向上した妖力のおかげか分からないけど、感じ取れるようになったわ」
「と、いいますと……」
「玉(ぎょく)兎(と)と呼ばれる、所謂うさぎの一派だと思うわ。私から言えるのはこれだけ。何かあるといけないから、一応頭には入れておいて」
「そう、ですか。僕にはあまり知識がないので、それだけは覚えておくことにします」
「あ、このことは紅葉には内緒ね」
そういうと、まだ教師としての仕事があるのだろうか、学校に戻っていった。

 翌日、急なホームルームが開始された。担任曰く、転校生がやってくるらしい。学校が始まってから一か月経つか経たないかの時期に転校生とは、珍しいものである。教室内は可愛い子がいいだの、イケメンがいいだの、転校生に対する期待の話題で盛り上がっていた。
「静かに。じゃあ自己紹介お願いします」
担任教師がそう言うと、勢いよく教室の扉を開けて一人の女子生徒が入ってきた。
「あーしは如月(きさらぎ)小夜(さよ)。よろしくねー」
まるで絵にかいたようなギャルがそこにはいた。小柄な体形だが、その体から出ている謎の自信たっぷりなオーラと、手を振りながら自己紹介をするその姿は「きゃぴ」という擬音が付きそうな程である。男子生徒達は女子ということで一層に盛り上がっていた。
「飯生の横に座ってもらおうか」
よりによって……、と思ったが横の机が空いているので仕方がない。昨日こっくりさんを僕がやっていたのなら、「となりのせき」という答えが出ていたかもしれない。
「よろしくー、学校のこといろいろ教えてくれるとうれしいな、といってもまだ始まって一か月だから分かんないか、きゃはは」
いきなりのタメ口でギャル度を体感する。
「ああ、よろしくお願いします」
「え? なんで敬語? おなじクラスメイトなんだからタメ口でいーよー」
「えっと、僕は飯生……」
名前を言おうとすると、それを遮るようにして如月小夜はこう告げた。
「しってる。飯生稔二くんでしょ。あーし、これからお世話になるから覚悟しといてー」
そう言いながらきゃはは、と笑う如月小夜の頭に目を移すと、僕にしか見えないであろうものが映っていた。
 そう、兎の耳が生えているのだ。僕は何か危険な領域に足を突っ込んでしまったのだと恐怖しながら、その言葉の真意を考えていた。気を紛らわせようと教室の窓に目をやると、早くも木々たちが青々とした葉っぱで、初夏の訪れを知らせていた。

 授業が終わり、如月小夜から逃げるようにして理科準備室へ向かう。息を切らしながら扉を開けると、いつもの様に紅葉さんがそこにはいた。
「君の心配は中らずと雖も遠からず、だったようだ」
「昨日僕に伝えなかったことは如月小夜の事ですね……?」
「すまない、変な心配をさせるのもよくないとおもってな」
「それで、どうするんです? 別の勢力って敵なんですか、味方なんですか」
「どちらともいえない。ただ、同業者であることは間違いない。いっそ味方に引き込めるとも思っている」
僕たちが話していると、コンコンと準備室の扉がノックされる。
「すいませーん、オカルト部はこの場所だって聞いたんだけど、あってるー?」
間違いない、如月小夜だ。今日一日中この声を聞きながら授業を受けていたせいで、何一つ頭に入っていない。
「ヤツだな。自ら直談判という訳か……」
準備室に緊張が走る。
「とりあえず、扉をあけてやれ。無為に敵意をむけることも無いだろう」
「あっ、いなりっちじゃーん。やっぱりここに所属してるんだー」
予想通り、如月小夜は其処に居た。ある用紙を持って。この際僕の呼び方はどうでもいい。
「如月小夜だな。要件はなんだ」
「紅葉せんぱい、だよね? 今日からこの部活に入部しようとおもっててさー、入部届を出しに来たんだよねー」
「は?」
思わず困惑の言葉が僕の口から飛び出す。
「ということは、協力してくれるということだな。玉兎の者よ」
「そういうことー、ていうかーなんか固くない? そんな昔行儀な喋り方してると、イマドキの子から信仰も集められないんじゃない?」
如月小夜はその軽い口調で、紅葉さんに協力を打診しながらも一つ先制攻撃をかました。実際、そのギャルっぽい喋り方もひと昔前のような気がするが、僕は何も言わないでおいた。
「この喋り方は昔からの癖だ。それに伝統や風習をないがしろにして何が信仰か。今の現代に呼びかける糸口として、貴様の喋り方は有効ではあると思うが、あまり感心できんな」
「そうー? ま、いいけどねー」
これまでにない紅葉さんの警戒態勢にも関わらず、如月小夜はのほほんとした口調で返す。
「じゃあよろしくね、いなりっちー」
そういうと如月小夜は僕の腕をつかみ、身体を引き寄せる。女の子らしい体躯が僕の身体に触れ、特有の香りが漂ってくる。
「何をしてる! 離れろ!」
それを見た途端、紅葉さんは急に慌てだし、如月小夜を僕の身体から引きはがした。
「何よ、様子を見に来たと思ったら騒がしいわね」
準備室の入り口から声がするので、その方へ眼をやると霞さんがそこにはいた。
「霞、こやつをどう思う?」
すっかり膨れた頬をぷくぷくさせながら、紅葉さんは抗議の眼を霞さんへ向けていた。
「実はもう入部の件は受理したわ。これで部活の規定である三人以上という項目にも当てはまるし、その方が活動しやすいと思って」
「なんだと、そうだったのか……」
正式に僕が部活動選びから解放された習慣である。解放されたのか束縛されてるのかはイマイチ分からないが。
「ふむ、言いたいことは山ほどあるが、それはそれとして正式にオカルト部として本来の作戦に力を入れられるということだな」
「そうよ、話を聞く限りその子も私たちと敵対しようと思っているわけじゃなさそうだし、ひとまずは大丈夫じゃないかしら」
「それでは、ここにオカルト部設立を宣言する!」
紅葉さんは高らかに宣言した。僕はいったいどうなってしまうのだろうか。予想もできない高校生活はまだ始まったばかりだった。

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