シミ

がこり、と重苦しい音が深夜のコンビニ前で響いた。
「また缶コーヒーかい。しかも微糖」
 呆れたようにそれは呟く。コンビニの前だというのに、自販機たちは意気揚々と、自分の商品を目が痛くなる程の明かりで見せつけていた。
「しょうがないっすよ、この人夜勤でカフェイン欲してるんですから」
「つったってもっと体にいいの選ばんかね、普通」
 年季の入った自販機は、錆びた身体を震わせた。
「カフェイン取るだけならブラックコーヒーでいいだろ、大体そのコンビニで買えばいいっつう話だ。そもそもコンビニ前に自販機置くのもおかしいがね」
「いわゆる田舎なんですから。昔はちゃんと日付変わる前に閉めてたって、先輩も言ってたじゃないっすか」
「ついこの前、新しくここに設置されたお前さんが言えたことか」
 それはしょうがないっす、ともう一方の自販機は綺麗な機体を震わせる。
「それに、俺ももうガタが来てやがる。新五百円玉は対応してないし、品ぞろえも二つ三つ生産が終了してるものまである。撤去されるのも時間の問題だ」
「寂しいこと言わないでくださいよー。先輩のしじみの味噌汁は、今でも現役なんですから」
 後輩自販機の言う通り、その缶の味噌汁は飲み帰りのサラリーマンやOLに重宝されていて、一番の売り上げを誇っていた。リピーター曰く、ここの味噌汁はどんな薬よりも効くんだとか。
「そりゃそうだが、お前さんの清涼飲料水のラインナップには勝てんだろ。定番のものから、それこそカフェイン大量のエナジードリンクまで揃ってる」
 その憤りとも哀しみともとれない感情を代弁するように、冷蔵機構の再起動音がうるさくなる。
「世代交代ってことっすかね」
「そうとも」
 そこにふとサラリーマンが一人。後退した頭頂部が月に照らされていて寂しい。
がこり、と味噌汁を購入した。
「またこのオヤジかい。味噌汁以外飲んでるところ見たことねえ」
 そのサラリーマンはその場でプルトップを開け、中身を一口すする。
「あぁ……」
 思わず漏れてしまったと言わんばかりのため息。それには疲れとストレスを孕んでいるように見えるものの、表情は何処か晴れ晴れとしていた。
「たぶんここを使うのはこれで最後になる」
 と、そのまま旧友と話すようにそのサラリーマンは喋り出した。
「俺もこれで定年退職。晴れて老後人生の仲間入りだ」
ずず、とその味噌汁は再び疲れた体に沁み渡った。
「あれは入社して三年目だったか、酔いつぶれたときに飲んだこの味噌汁の衝撃はいまでも覚えてる。あの時はお前もまだ綺麗だったなあ。それから疲れたときはここの味噌汁って決まってたんだ」
「この人、そんな常連だったんですか」
「まあ、俺を使ってる客ん中ではコイツが一番長い」
 無論、この自販機たちの電気信号をこのサラリーマンが感知するはずもない。そのサラリーマンはさも話を自分自身で肴にするように、味噌汁をもう一啜りした。
「だから、世話になったな。ありがとう」
 サラリーマンはそういうと、もう一つ味噌汁を買った。
「なんだ、最後だからって二缶目を……」
 疑問をよそに、サラリーマンは寂れた自販機の上に、買ったばかりのあたたかい味噌汁を置いた。
「ったく、どうしてこう人間ってのは最後だけカッコつけたがるかね」

 しばらくして、コンビニの前に置かれていた自販機は一つだけになった。残されたのは綺麗な、周りの街並みに合わない光を放つ自販機。
 残った新しい自販機には、一つラインナップが追加された。それはかつてここに設置されていたもう一つの自販機で売られていた、しじみの味噌汁だった。幾ばくかその味噌汁はこの自販機を、この街に溶け込ませているような気がした。
「あ、味噌汁……」
 背広の若者が綺麗な自販機を揺らしていた。
 

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