見出し画像

なにか書きたいけどなにも浮かばないです

こういう日、ありません?

書きたいことがあるわけでもないけど、書くという行為によって、無性に自己表現をしたい日。


まさに今それです。

下書き中の記事一覧や自分のTwitterを眺めて、テーマのタネを探すけど、どれも筆が乗らない。


私ってなんで自己表現したくなるんですかね。

一方で、自己表現とか特に興味ないしできるだけ目立ちたくないよ、っていう人がいるのはなんでですかね。



「なんで」「どうして」が口癖


そういえば、

私は「なんで」「どうして」とよく言うんです。自覚できているくらいには。


周りの人にも言われます。「『なんでそう思ったの?』とかよく聞いてくれるから、自己理解が進むんだよね」と好意的に捉えてくれることもあります。


でも「なんでなんでって言ってくるアイツ、いつもうるさいな」とか「責められてるみたいだな」「プレッシャーだな」と思われている場合も多分あるんですよね(言われないだけで)。



怒りも「なんで」に変わる


私って、あんまり怒ることもイライラすることもないんです。

ちょっと嫌なことされても、「〇〇さんはなんでこういう表現方法を選んだんだろう」という分析に入っちゃう。

この話をすると、友人からは「サイコパスみがあるね」と笑われます。


一方で、別の意見をしてくれた人がいて。

「怒ってはいないけど、それって口調を変えたら結構きつい煽りにも聞こえるよね(笑)」と。

「『〇〇さん、なんでこういう表現したんですか? 〜〜という言い方をした方が、相手にまっすぐ伝わって建設的だと思うんですけど、〜〜という言い方をしたのは、私を傷つけたい意図があってですか?』と言い換えることもできて、結構表裏一体じゃない?」とその人は意見してくれました。


なるほどなあと思いました。

「怒らない=優しい」だと私は自己評価していたけれど、相手を分析しようとしているだけで、相手に寄り添っているわけじゃないし、正論でグーパンチしようとしているものなのかも、なんて思いました。


私は今日も「なんで」と言う


自分の中でもいろいろ考え、最近は「なんで」は積極的に使わず、もっと具体的な質問で相手の話を聞くようにしています。でも、やっぱり、私は自分の「なんで」から生まれる問いを考えるのがすきなので、今日も心の中で「なんで」から新たな問いをつくっていきたいと思います。


今日は、冒頭の「なんで私は自己表現をしたいのか」を考えながら寝ます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?