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今私達が見ている世界は、数十年後の日本の姿だったんだ

この本の前書きにこう記されている。

コロナ禍においてはマスクがニューノーマルとなり、人が集まることや旅行、出張といった移動が制限された。会議や学校の授業もオンライン中心に切り替わり、日本社会が一変したかのような印象を受けた。
だが、コロナ禍がもたらしたこうした「変化」を詳細に見ていくと、多くは「コロナ前」からの課題であったことに気づく。コロナ禍が日本社会を変えたというより、積年の課題を可視化したというのが実情だったのだ。
さまざまな課題が山積みする中で、日本社会を根底から揺るがす最大の懸念事項といえば、少子高齢化とそれに伴う人口減少だ。

出だしから「そうか」と唸らせられた。

私はこの本の著者、河合雅司氏が2017年に出版された「未来の年表」を読んだ時も驚かされた。

「2020年には女性の2人に1人が50歳以上になる」

えぇー!?そうなの?? 
2020年は、その事実を言葉で理解しても実態として受け入れられない私達を嘲笑うかのように、コロナ一色になった。そして、その2020年は、もはや過去になった。

2020年春最初の緊急事態宣言時、街が空っぽになったことを記憶している。電車もガラガラ、繁華街もガラガラ。人口減少後の街中は、こんな姿になっているのかもしれない。

少子高齢化が進むということは、働き手=消費世代が減っていくということだ。消費世代が減れば、当然のように消費する量だって減る。

コロナ禍で、飲食、観光、百貨店、宿泊、アパレル、これらの業界が大打撃を受けた。しかし、これらの業界は、コロナ騒ぎがなかったとしても、消費世代が減れば、縮小せざるを得ない業界だったなと改めて思う。

もう一つ、コロナ前からの課題、DX(デジタル・トランスフォーメーション)。コロナ感染を防ぐためにリモートワークが一気に広がったけれど、この課題はコロナ前から存在していたんだ。

働き手が減少する訳だから、1人1人の生産性を上げる必要がある。その策の一つがDXだった。が、官民共に、もっと言えば個々人においても、全く進んでいなかったなと、これまた改めて思う。

こうやって日本の課題を確認すると「コロナが収束すれば以前の生活に戻れる」ことはないことが分かる。コロナは単に数十年後の日本の姿を一足先に可視化したキッカケに過ぎないんだ。

「コロナが収束すれば以前の生活に戻れる」は「少子化問題が解決すれば今までの生活を維持できる」と同意語のように思えてきたからだ。

新しい世界で生きるって、そろそろ真剣に覚悟しなくちゃいけない。

じゃ、どうするか?

本の中で頻繁に出てくる「戦略的に縮む」だ。その手法は本の中で色々紹介されている。40代50代60代といった年代別に計画することも書かれている。

本の中で紹介されている手法で50代の自分にでも出来そうなこと、生活スタイルを断捨離する、コンパクトにする、自分の資産・人脈・スキルの棚卸しをする。

会社員生活を辞めてから、徐々に進んでいる自分改革。この方向は間違っていなかったんだな、でも今こそもっと真剣な覚悟が必要だなと覚悟されられる。

そして「高齢者向けの新商品の開発」、とは言っても、私は企業ではないので個人レベルで出来る規模に限られる。

高齢の母と暮らしていると、母の困り事をよく見聞きする。「これが解消されれば暮らしやすいんだな」というヒントを意識して拾い上げていこう。

今後の人口比率として高齢者層が多くなるのは避けられない。DX化が企業だけでなく、日常生活の中にも浸透していくことも避けられない。高齢者が日常生活に入り込んでくるDX化に自然に無理なく溶け込めるような何かも必要なのではないだろうか?

この何かについて、自分に出来る事をやってみたいと思う。

だって、その何かが必要なのは、まさに私が高齢者になる頃だと思うから。

コロナがあってもなくても進行していた日本の数十年後の姿、世界の変化、この中で「豊かに生きる」本当の意味を改めて考えさせられた。

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