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a sense of togetherness ー共同体感覚

「アドラー心理学の基礎」
Fundamentals of Adlerian Psychology


帰省。

東京移転のとき数百冊の蔵書を処分したけれど、
それでも残したものがここにある。

愛しの、キケンな本棚。
掘り返した一冊(学会誌)。

「アドラー心理学の基礎」
Fundamentals of Adlerian Psychology

23年前の学会総会での講演録。

テープ起こしと翻訳の作業の一端に
関わらせていただいた。

あらためて
こんなに短い講演のなかで
こんなにも語られていたのかと
言い尽くされてはいないだろうけれど
fundamentals(土台であることごと)を
確りと語られていたことを
振り返ることができる。

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人は人であって"対象"ではないこと
People are people, never "objects"

"共同体感覚" は a sense of togetherness
という訳がマシであること

私たちは一艘の舟に乗り合わせている、ということ

人間は動物の種(しゅ)の一つであると捉えることから考えること
・・・

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当時でも老先生であった
故シャルマン先生。

技法も理論の解釈も
とどまってはいなくて
もっと新しくなっているだろう/いくだろう。

どんなに優れた師の教えでも
そこにとどまって
死んだものにしてはいけない。

それでも
拠って立つ思想のコアのような
土台の概念のような
たいせつなものは
変わらず在り
生きて/活かし続けていくために
振り返る。

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テープ(今はなきMD)を起こすために
何度も何度も何日も何日も
先生の声を聴いた。

ここは -s があるかないか、
ここは ,(カンマ)か .(ピリオド)か
ここは関係代名詞で続いているのか
先生はこう伝えたかったのではないか
・・・

先生の言葉をできるかぎり精確に
歪めないで残せますように
細かく細かく隅を突き、
一方で文脈を全体を俯瞰するように

(私は一端に過ぎなくて
今は『嫌われる勇気』でも知られる岸見先生が
主に取り纏めてくださった)

講演のあとも先生のお話にお声に
夜な夜な接し続けることができた
幸せな役割だった。

文字になっていても
今でも
先生の"声"で感じる。

きわめて知的で優しく
うつくしい佇まいの
おだやかでありながら
凛として言い淀みのないお声。

私自身にとっても
fundamentals に立ち返る
時間がありがたく。

歳を経て
また新しい意味をもって
読める(聴ける)
拠りどころが
ありがたく。


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