ちょっと視点を変えて…

こんにちは、レインです。

瞑想やらマインドフルネスやらの話に偏っていた気がするので、
今回は「身体」から疲労を考えてみようと思います。


ただ…これ…ねぇ?
瞑想とかマインドフルネスとか
「脳疲労」だったり「ストレスケア」だったり

そういう文脈に対して
「身体」というアプローチって…

ぶっちゃけこの括り方が可笑しいんですよね。


だって、「脳」も「身体」じゃないですか。

心身共に…じゃないんですよ。
心身は「同一」のはずなんですよね。

現代において、 心は心臓ではなく、脳にあります。
いや、どっちでも良かったですね。

心臓も、脳も、身体じゃないですか(笑)


そんな訳で、この辺の違和感は抜けないのですが…
お付き合い頂けたらと思います。


さて、「身体」について
東洋医学なんかを例に持ってくると
「血・水・気」に照らし合わせて考える。という方法論があったり。

同じく世界四大医学のアーユルヴェーダでは
「空・風・火・水・地」という5属性から考える。という方法論があったりします。

西洋医学では身体の状態とか反応に基づいて…といったニュアンスですよね。
(あれ? 一番身近なはずの西洋医学を一番雑に説明してない?)


脳科学なんかも思いっきり西洋医学的な発想に基づいていますよね。
研究!実験!結果!論文!臨床!
みたいな(やっぱり雑なのでは)

マインドフルネスは「東洋思想×西洋医学」なんて言われたりもしていましたね。

なんだか分かんないけど効果があった東洋的なものが、西洋医学で解明されたっていう。
(詳しくは著書、最高の休息法で… 乗ってたよね?)


ただ、西洋医学と東洋医学(アーユルヴェーダも)の圧倒的な違いが1つ。
それは

心と身体を別分野として考えているか、全体として考えているか。という点。

ちょっとサイトを除いただけでもこの違いは感じ取ることが出来ます。


だって、皮膚が乾燥肌かオイリーか、 むくみがあるかないか。
みたいな身体的な症状から性格診断がされるんですよ?(笑)


多分、「体質的に」落ち込みやすいと思います。
こういうもの食べた方が良いですね~
こんなスパイスが有効ですね。
逆にこういう食べ物取り過ぎてませんか? 気を付けて下さいね~

みたいな。

「いやいや、なんでそこまで分かるんだよ」っていう(笑)

でも、不思議と有効に働いているのだから面白い。


ただこれ…「本当に不思議なのか?」って考えてみたんですよ。
多分そろそろ、科学的に理解できる段階まで西洋的なアプローチは発展してきているんじゃないかと思う訳です。


よくよく考えたら自然だと思うんです。

だって、身体に心は宿るんだから。
身体次第で、心は変わるって分かって居るのだから。

それらを1つの全体として捉えるアプローチがあるのは自然な事ですよね。

だから
「水を飲め」って言われるし
「血行を良くしろ」って言われるし
「ストレスを溜めるな」って言われるわけです。

ストレスから過食へ 過食から糖尿病や高血圧へ 更には痛風、心筋梗塞。
なんて流れも聞き飽きている程、ありふれたものじゃないですか。

運動不足も同じですよね。
運動不足→エネルギーが消費されない→食べた分身体に溜まる→肥満→etc…

水に関してはある意味もっと根源的。
血にも水が必要ですし、身体全身に渡る「組織液」によって
コリがどうこうとか、むくみがどうこうとか、集中力がどうこうとか

そこからまた、運動不足、ストレス…と繋がってくる。


「自分の身体をもっともっと、全体から捉えなきゃいけない」
そんな気がしています。


ストレスや各種不調、睡眠不足等々の問題に対して
「自己責任だ」なんて言うつもりはサラサラありませんが…

人間、もっとうまくやれるんじゃないかな。
出来る事があるんじゃないかな。

と思う訳です。

そして、それができない一番の要因が
「人間に何が出来て、何が出来ないかを知らない事」
「人間」という生き物に対する見識の浅さです。


私は自分を理解する為にずっとこれを求めてきましたが…
未だに分からないですもんね(笑)

というか、分からないから科学者さんたちは研究している訳です。
彼等のメインエリアは「明らかにしていく事」だと思うので。


それを、少しずつでも知って、取り入れて…ってやっていかないと。
自分の身体も碌に動かせなくなってくる。

精神的にも、物理的にも。

勿論、それですべてが解決するわけでもありません。
それこそ、まだ分かってない部分なんていくらでもあるんですから。


それでも、納得して人生を送る為には
「出来る事はやった」という感覚は必要ではないかと思っています。

なら、今分かる範囲、今できる範囲で情報を集めて、理解して、
そこから仮説を立てて考察する事。 自分を知っていく事。

好き、嫌い だけじゃなく。 いや、「好き」も「嫌い」ももっと深く。

なぜ好きか、どう好きか、どこが好きか、本当に好きなのか。
なぜ嫌いか、どう嫌いか、どこが嫌いか、本当に嫌いなのか。

そしてそれらは、
「自分という人間の価値観を作るうえで、どんな役割を果たしているか」


そんな事を考えながら、生きていきたいなぁと思う所存でございます。
丁寧さってこういう事でもあると思うのです。


…めっちゃくちゃ話が脱線しまくってますね。
これ…ダメじゃないかな(笑)
良いのかな(笑)

まぁ、投稿しようか(そこは雑なのか 笑)

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