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グッドラック

 高校生の時、「グッドラックおじさん」なる方がいた。おじさんというよりおじいちゃん。

私達が入学した時から、卒業するまで、計6回の入学式・卒業式に来賓としていらっしゃっては「グッドラック」を残していった。

来賓の方なんて、正直何者か分からない。何だか偉い感じの肩書きで紹介されるけれど、結局「PTA会長」と「知事代理」くらいしか頭に残らない。「ご卒業おめでとう」か「ご入学おめでとう」の一言で終わってくれた方は、無条件に好きになれる。

グッドラックおじさんが何を喋り、どのくらい喋ったのかも覚えていない。眼鏡をかけていたな、くらいで顔も覚えていない。

それなのに、グッドラックおじさんの順番が回ってくると、私たちはそわそわした。学生特有の、茶化しのような、にやついた表情になる。

そして、グッドラックおじさんは私たちの期待通りに声高々に言い残す。

グッドラック!!

ジャパニーズイングリッシュの「グッドラック」。その瞬間、厳粛なムードが少しだけ緩むのであった。


 “good luck”って、なかなか良い言葉だなと思う。訳すと「幸運を!」とか「幸あれ!」とかになるのだろうか。日本語にした途端、少し大袈裟に感じる。やっぱり “good luck”は「グッドラック」のままがいい。

“Have a nice day”もなかなかイカしてるなと思う。中学英語の定番だ。道案内をして、お会計をして...事あるごとに “Have a nice day”を言う。

これに似た言葉はホテルのチャックアウト時に掛けられる「お気をつけていってらっしゃいませ」くらいだろうか?道案内をしても「気をつけて」、お会計をしても「ありがとうございます」。そこにはもちろん相手の1日が素敵なものになるように、という願いもあるけれど、奥ゆかしすぎる。奥ゆかしさは日本人の良さだけど、相手を思う気持ちくらい、表に出したいものだ。

それでいけば、“bless you”もいい。くしゃみをするだけで「お大事に!」なんて、最高に優しい。今なんて、くしゃみも咳も人前でするのが怖いけれど、日本にも “ bless you”文化ができれば、コロナ禍の緊張が少し和らぎそうだ。


 なんでこんなことを書いているのかというと、バイト先に「グッドラックおばさん」が現れたからだ。やっぱりおばさんというよりおばあちゃんだったけれど。

「忙しいのにごめんねぇ」と言いながら私を呼ぶ、何とも感じのいいお客さま。お会計の時はもうピークを過ぎていたため、ゆったりとした空気だった。

👵「あなた笑顔がキュートね!」
私「(照れながら)ありがとうございます!」
👵「私ここ週1でくるのよ」
私「そうなんですね。嬉しいです。またいらして下さいね」
👵「寒いから風邪ひかないように」
私「はい!」
👵「寒いから風邪ひかないように!」
私「はい!!」
👵「グッドラック!!!」

久しぶりの「グッドラック」にとても嬉しい気持ちになった。なかなかそんなに直接的な温かい言葉を使うことはない。年末は「良いお年を」が飛び交うけれど、あまりに使い過ぎて形式的だ。もしかしたら英語圏では “good luck”も “Have a nice day”も “bless you”もそうなのかもしれない。だけど私は日本に住んでいるのだからそれはいいとしよう。日本でもこの類の言葉が掛けられることに温かさを感じているのだから。

またグッドラックおばさんに会えるだろうか。バイト中に「グッドラック!」なんて言っていたら、社員の方に怒られそうだから言わないけれど、代わりにキュートな笑顔をお届けしよう。

グッドラックおばさんにグッドラックが訪れますように。

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