Soultuner_Yuka誕生秘話その1。私は5歳の〇〇でした!

突然ですが、、人間的スキルを上げたい方は
障がいを持つ子供に携わるお仕事をすると
スピーディにスキルアップします!

なぜか??
それは、自分の固定概念が
根本的に覆されるから。

自分のあたりまえは
その子にとって当たり前じゃないから。

私の亡き妹は知的障害を持っていましたが、
家族が何一つ普通レベルにできないと、
彼女を見放したので、
私は幼少期からヤングケアラーでした。

今でも覚えている
衝撃の一つ

四角の形の穴に、三角のブロックを無理やり入れ、
はいったーーーー!!
と喜んでいる2歳の妹の姿

5歳だった私はあまりの衝撃に
両親に報告したことを覚えています。

その返答は、、
母は、ふふっ、しょうがないねー。

父は、
おぉーーすごいねー!ー!
でした。

でした。
ずっとその感覚で育ててくれるのか?
そのまま継続するのか?と思いきや、
小学校の5段階評価がそうはさせてくれなかった。

良くも悪くもない普通の子を作り上げる
凸凹があってはいけないという思想を植え付ける
この5段階評価。
これによって
家族は妹を見放しました。
うちの子じゃない 誰に似たんだ
などと責任を押し付けあう有様は
同じ家族として、姉として
いやーな光景として
私の中に残っています。

ずーーーっと最終的に
面倒を見るのは
私。

私の真似をしていれば安心という
妹はいつも私と一緒がいい!だったので、
嫌だなって思うことも、
私は私の人生を歩みたい!
と思うこともたくさんたっくさんありました。

何かあって相談に行くと、言われる決まり文句

  • 自分を大切にした方がいい

  • 妹の人生とあなたの人生は違うから

  • あなたはあなたの人生を生きなさい


そんなに簡単なことじゃないんだよ!
それで解決できるなら相談してない!
教科書通りで物事解決するならとっくにしてるわ

と何の解決にもならなかったモヤモヤを
連れて帰る。
その繰り返しで、
解決できてもほんの一瞬。
妹が亡くなるまでずっといろんなことは続きました。

最終的に姉である私が
妹の面倒をみなければいけない現実は
いつまで続くんだろう

かわいかったけど、
私は5歳からずっと 
彼女が亡くなるまで
ずっと彼女から逃れたかった
いない時は、またいつ彼女から電話がくるのか
怯えている自分がいました。

リアルなヤングケアラーの心中です。 
平気な顔してても、
大丈夫だよって言っていても

実際は辛いし
逃げたい
自分の人生を歩みたい

でも家族だと逃れられない
だって家族だから
だってやっぱり大好きな家族だから

ヤングケアラーの子供の本音

でも、、、
その妹がいたことによって
培われた私のスキルがある

その名も
Soultune  ソウルチューン
直訳すると、「たましいの調律」

【どんな人も宝物をもって生まれてきている。
その子の宝物は何なのか?どんな形でどんな色?
その宝物をどうやって磨いたらいいのか?
どこにいたらその宝物がより光るのか?】

大変だったけど、
私にいろんなことを教えてくれた妹。

今だからこそ心から言える

ありがとう

ヤングケアラーのみんなに言いたい

今辛いことも
きっと君の未来で役に立つ時が来るよ

でも、今、辛かったら
いつでも逃げていいよ
いつでも泣いていいよ
大好きな家族だけど、
逃げていいんだよ


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