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「計算力はあるのに、考え抜く力がない」「語彙力は豊富なのに、表現できない」

デジタル機器多用の弊害なのか・・・・。私がここ数年目にする小学生は、このパターンが多い。

一昔前までは、案外逆で、
「計算ミスはするんだけれど、ちゃんと途中式を書いて説明しようと、最後まで考え抜く力のある子」や
「書き取りは苦手だけれど、プレゼン力がすんごい光る子」って結構いた気がします。

対して今。
扱う情報量は増えたけれど、中身が薄っぺらい。
数字だけ見て、テキトーに式を書いてなんとなく解いてる。
ちょっとひねるとアウト。
「よく読んでみよう」「線を引きながら考えてみようか」
と声をかけたらあからさまに嫌がる。



これでは伸びるものも伸びない。

以前、教員免許更新講習でお世話になった、とある大学の先生も、同じようなことをおっしゃっていた。

最近の大学生はねレポートこそ立派に仕上げてくるけれど、発表してとか、意見を言ってみてとか、お互いにディスカッションしようと言ったら全然話せない。おそらくコピペなんだろうね〜。自分の言葉でしっかりと考えたり、紡ぐことをしない。これでは、なんのために大学に来てるのか・・・何を学びに来てるのか、意味がないでしょう・・・

学力と、意欲がいっしょに育ってないんだろうか。。。

「たしかな学力」って言うけれど

たしかな学力って何??

試験に受かる力? 資格を取る力??
だとしたら、それは「テクニック」や「コツ」でどうにかなる世界。

それだけではなく、やはり、大切にしたい「核」の部分って
「学びに向かう意欲や主体性」とか、そういったものも包括した、
「真の学力」だよね。

学びに終わりはない。
遅すぎるとか、
早すぎるとかも、きっとない。

思い立ったらいつでもできるんだ。

やり直しだってきく。

そこに志さえあれば。

その、志の芽を育むのは、私達大人のしごとだ。

現代の親は、先生は
忙しいのかもしれない。

でも・・・だからといって
子どもとの時間を、子どもとの対話をおろそかにしていいわけが、ない。

今、私達は踏ん張り時だ。




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