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もう危ないねん。お見舞いに来たってくれへん?


「ばあちゃん、もう危ないねん」

「特別扱いになり、いつでも誰でも面会できるようになったから、お見舞いに来たってくれへん?」


仕事中、母親から連絡がきた。
ついに、この時が来てしまった。



私が大学生1年生の、ちょうど自動車学校を卒業し、
運転ができるようになった頃、
おばあちゃんが認知症と診断された。

そう診断されてから
どんどん進行して、

初めは私のまだ拙い運転で一緒に出かけることを
「大丈夫なのか?」
と怖がって話してくれる余裕もあったけれど

みるみるうちに

私の名前なんか忘れて
外に出ることが出来なくなって
日常的に介護が必要になって
会話をすることもできなくなっていった



仕事が終わって駅から家までの道中で
お母さんに電話した


肺炎になって、胃に直接栄養を入れても
逆流して、熱を出してしまう

もう点滴をすることしかできない
点滴だけでは栄養が足りないから長くは生きられない

刺すところもなくなったら点滴もおしまい
心配蘇生は骨が折れちゃう可能性があるのでしない

とのこと。


想像しただけで痛々しかった

さっき私が駅前で買った、ほっともっとの弁当も
もう食べることができないんだ

人は食べることができなければ死んでしまうんだ

おばあちゃんは今も必死に生きようと
点滴を頑張っているのに
私だけこんなものを味わっていいのだろうか



私はおばあちゃんと一緒に住んでいた訳でもないし、
特別おばあちゃん子でもない

まだ認知症と診断される前からずっと、
2ヶ月に1回会いに行くくらいの関係


おばあちゃんが認知症と診断されてからは
正直会うのが怖かった

誰か分かってくれない
話もできない
ただ同じ空間にいるだけ

そこにいるのは確かにおばあちゃんだけど、
おばあちゃんじゃない

どんどん進行していく過程を見るのが怖かった

現実から目を背けるように
会う回数も減っていった

それなのに

こんな状況になってしまってから
頻繁に会いにいくなんて
少しずるいかもしれない


でも、
会いたい人には自分から会いにいく
会えるときに会えるだけ会っておく

会えなくなってしまってからでは
もう、手遅れだから




いっぱい会いに行くからね

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