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[小説]かきならせ、空! 第十一話

 修学旅行よりもずっと濃密だった合宿が終わり、汗だくになるほどの夏日も少なくなった頃、夏休みが終わって日常が戻って来た。空楽そらたちは毎日のように練習場に集まっては、練習をしたり、他愛もない話に花を咲かせるのが新たな日常になった。夏にやった曲にリアレンジと、新たに空楽が作って来た曲のアレンジにしっかり時間をかけ、バンドでのリズムトレーニングなどの基礎練習も日々行い、STUNNUTSスタンナッツはまったく新しいバンドとして生まれ変わった。

 タイヴァスのイベントへ応募するデモ音源の制作にあたって、空楽たちはいつもの練習場へしずくに来てもらい、雫が持ってきた録音機材を使って録音を行った。練習場は防音されていないので本格的なレコーディングには向かないとはいえ、外を車が走りさえしなければ気になるほどの騒音もなく、十分満足な音が録音できた。録音されたものを練習場のミキサーに入れて聞いてみた状態でも空楽たちは十分満足だったのだけれど、雫は空真くうまにミックスを頼むと言って録音したものを一旦持ち帰った。

 後日、空真がミキシングとマスタリングをしてくれて空楽たちが受け取ったものは見違えるほど良くなっていた。

「すごいね。ミックスとかマスタリングとかでこんなに音変わるものなんだね」

「特に今回それぞれの個性が爆発して極端な演奏になってるのに、どのパートも埋もれないで聞こえてるね」

「これを出したらタイヴァスの人たち驚くかな」

「前とぜんぜん違うからね。おれだったらメンバー入れ替えたのかと思うだろうな」

 再生が終わって空楽は携帯端末をミキサーから外した。

「早速応募しよ。なんかサイトから送るんでしょ」

「うん。タイヴァスのサイトに応募フォームあったと思う」

 空楽は携帯端末を操作して応募フォームのページを開き、必要事項を入力した。

「よし、送るよ」

 みんなが頷いたのを確認して、空楽は送信ボタンを押した。

「おっけーい。STUNNUTS本当のスタートだ」

 空楽は大きく伸びをしながら言った。

「ね、今応募したばっかりで音源審査もこれからなのに気が早いけどさ、本番の前に一回でもいいから練習スタジオで練習してみない?」

 瑠海るみが言った。

「ここじゃダメかね?」

 六弦むげんが訊いた。

「ダメじゃないんだけどさ。あまりにもあたしたち、いつも同じ環境で練習してるでしょ。でも本番はライブハウスでさ。その場にある機材で演奏しなきゃならないんだよね。音響とかも全然違うしさ。違う環境で演奏することにもちょっと慣れておいたほうがいいかも、って思ったんだよ」

「なるほど、それはたしかにそうかもね。本番に持ち込む機材だけ持ってって、現地にあるやつを使う、っていうのは体験しといたほうがいいかも。コンディションもいろいろだろうし」

 琴那ことなも同意した。

「本番いきなりだと戸惑うからさ。まあお金もかかるから一回ぐらいでいいと思うんだけどさ」

「そう言えばわたし練習スタジオに入ったことないからさ。ちょっと憧れもあるよ」

「うちも練習スタジオは行ったことないんだよね」

 空楽と琴那が言った。

「じゃあなおさらやっといたほうがいいね」

「問題は場所だよな。行きやすいのは島沼だけど、あそこは部屋一個しかないから予約取るのが大変なんだよね」

 六弦が言う。

「それ以外だと四十号の方にもあるよね」

「四十号って国道四十号線のこと?」

 空楽が訊くと瑠海は「そう」と答えた。

「部屋がたくさんあるとこで言えば四十号のところだろうな。というかおれはあそこぐらいしか知らない。瑠海行ったことあるの?」

「行ったことはないんだよね。前に調べたことはあるんだけど」

「そっか。おれ前におじさんたちとなんか渋いブルースをやるバンドをやってさ。あそこ一回行ったことあるんだよね」

「どういう感じだった?」

 空楽が訊いた。

「割と幅広い年齢層が来てて、なんか入りやすい感じだったよ。機材の状態もいいし、ロビーも明るくてきれいだった」

「どうやってそこまで行くの?」

「まあ、お父さん出動だろうね」

 瑠海は腕組みして言った。

「送ってってもらって、終わるころにまた迎えに来てもらう。こっから十五分ぐらいだろうから終わってから呼んで来てもらってもいいね」

「いつも瑠海の父さんにお世話になってるな」

「もうあたしは開き直って、世話になりついでにとことん世話になることにしたよ。あとで父さんが誇れるようなバンドになって見せようって」

「よし、甘えさせてもらおう」

 空楽が言うと瑠海は微笑んだ。

 土曜日の午後、空楽たちは練習スタジオを4時間予約してバンド練習をした。空楽は巨大な防音扉を閉めるとほとんど音が漏れなくなることにまず驚き、狭い室内に閉じ込められた音の力に圧倒された。

「すごい音だね。耳がわーんってなる」

「ああ。最初だけね。それほんとに最初だけなんだよな。懐かしい」

 六弦が言った。

「多分今日一日練習したら、次来たときはもうわーんってならないよ」

「そうなのか。耳すごいな」

「耳痛い?」

 琴那がそんなことを言いながらスネアドラムを叩いた。空楽の耳には強烈なアタックが届き、耳が過大入力に対処しようとしている感じがした。

「なんか極端なコンプかかってるみたいな、わうん、わうんって感じに聞こえる」

「ははは。空楽コンプだ。今だけ今だけ。すぐ慣れちゃって普通に聞こえるようになるよ」

 六弦が笑いながら言った。

 練習スタジオでは追加のマイクを借りて、瑠海のコーラスも入れて練習をしてみた。人前で歌うのが嫌いだと言っていた瑠海の歌は癖がなく丁寧で、空楽の声との相性も良かった。

「瑠海のコーラス気持ちいいなぁ」

 空楽が言うと瑠海は照れて笑った。

「ハモるのって気持ちいいんだね。あたし普段歌ってもなかなか声出ないんだけど、空楽の歌とハモってると空楽に引っ張られて声が出る感じする」

「全然問題なく声出てるよ。しっかり聞こえる」

 琴那が言った。

「空楽のおかげだよ。空楽とハモるときだけちゃんと歌えるんだと思う」

「でもわたしの歌も、バンドの演奏に引っ張られて伸びてる感覚あるよ。バンドで歌うと自分の声がどこか自分じゃないところから出てるみたいな感じがするんだよね。それが最高に気持ちいい。瑠海のハモりも気持ちよくてずっとハモってるとこ歌いたくなる」

「よかった、ひとまずちゃんとハモれて」

「やっぱコーラス入れてよかった」

「それにこの新しい曲の歌詞がね。いろいろ来るものがある」

 瑠海は自分に向けているみたいな言い方をした。

「空楽、この歌詞はうちらのことを歌ってるんでしょ?」

 琴那が訊いた。

「うーんと。内緒。歌は聴いた人が自分に重ねて聴いてくれたらいいなって思ってるから、内緒」

「うちは、空楽とうちのことだと思って聴くよ」

「うん。ありがとう」

 バンドで合わせて曲の練習をしているうちにいつの間にか空楽の耳も慣れ、音がやんでも残響が残っているような感覚もなくなり、音を止めて会話し、また音を出すみたいなことをしても何ら問題なく耳がついてくるようになっていた。

 途中で休憩を取ってトイレに行った琴那は、トイレから出てきたところで思わぬ人物に会った。

「あ。こんにちは」

 琴那は細身のジーパンに黒いTシャツを着ている男性に声をかけた。相手は驚いた様子で琴那の顔を見た。

「え。あ、こんにちは。えっと、誰だっけ、前に会ったことあるよね」

 相手は顔をしかめながら右手の人差し指を立ててくるくる回しながら言った。

「はい。夏祭りの時に。鼓道こどうさん、でしたよね。ロシアンルーレットの」

「そう。よく覚えてるね、名前まで」

「わたし琴那です。STUNNUTSってバンドで出てました」

「そうだそうだ。音は覚えてる。歌がすごく良かった」

 何気ない鼓道の言葉を聞いて琴那は胸の中の温度が上がったような気がした。

「ありがとうございます。鼓道さんたちは軽音なのに学校で練習しないんですか?」

「普段は学校でやってるけど学校は他のバンドもいるから使えないこともあってさ。そういうときはここに来るんだよね」

「そうか、龍が嶺の軽音部は人数多いんですもんね。鼓道さんたちも出るんですか? タイヴァスのイベント」

「うん。出るよ。なんかあのイベントは全国規模でやるイベントとつながってて、デビューにつながるチャンスがあるらしいからさ。うちのメンバーは張り切って挑戦する感じだよ」

 鼓童は廊下の端に寄って軽く壁に寄り掛かった。

「うちのバンドも出るつもりなんです」

「そうか。じゃあライバルだね。たぶん賞もらえるのは一グループだけなんだよねあれ。他にも良いのがあれば推してはくれるんだろうけど」

 鼓道はたいして痒くもない頭を掻きながら言った。

「ライバルというか、胸を借りにいくつもりですけどね。鼓道さんたちの演奏めっちゃかっこよかったです。正直わたしはあの日けっこう凹みました。鼓道さんがすごすぎて」

「え? ほんとに? ありがとう。でもおれなんて別に音がデカいだけだよ」

「そんなことないです。わたし本当にぶちのめされましたから」

「ありがと。でもおれは、このイベントが終わったら年内ぐらいでバンド抜けようと思ってるんだ」

 琴那は飛び込んできた言葉を何度か頭の中で確認した。返す言葉がひとつも見つからなかった。

「ほら、おれは今高二でさ、来年高三だろ。進路のこと、考えなきゃならない時期なんだよな。うちのメンバーギター以外はみんな高二なんだけど、あいつらはもう音楽の道を目指すって決めてるんだよ」

「鼓道さんは、目指さないんですか?」

 琴那はありったけの力を振り絞っているみたいな気分で声を出したのにかろうじて届くぐらいの声しか出なかった。

「おれにそんな自信も度胸もないよ。タイヴァスじゃおれら有望視されてるっていうか、まあ半分は同じ町の若いやつを盛り上げてやろうっていう親心みたいなもんだと思うけどさ、おだててくれるわけだよ。だけどそんなもん井の中の蛙でさ。おれはこの程度のやつは外の世界にはいくらでもいると思うし、おれら別になにもすごくないんだよ。それでも賭けてくって生き方はいいと思うけどさ。おれにはそれはできない。だからおれは進学しようと思うんだよね。おれの頭じゃたいした大学にも入れないと思うけどさ」

「そんな。鼓道さんのドラムすごいのに」

「それはほんとにありがとう。そう言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいよ。だけど本当にさ、おれが抜けたとして、バンドは別のドラマーを入れれば続けていけるんだよ。おれはその程度なんだよ。ひがんでるとかじゃなくて客観的に見てそうだなと思う。同じぐらい叩ける別のやつに代わったとして、コンテストとかオーディションとかの結果が変わったりはしないんだよ。おれがいて通るならおれじゃないドラマーでも通る。そんな程度のおれが、この先の長い人生をさ、ドラム一本でやっていけるのかって考えたら無理だろ」

「やってみないとわかりませんよ」

「そう。それはその通りだと思うよ。だけどやってみてダメだったとき、今より年もとっててさ。その時引き受けなきゃいけないものの大きさを考えるとさ。おれにはやっぱりそれに挑戦するような度胸はないんだよな」

 琴那は返す言葉を見つけられなかった。

「だからおれは進学しようと思うんだよ。大学行けたらまた軽音入ってバンドやるかもしれないけどね。あくまで趣味でいいんだよ。ガチでデビュー目指すみたいなのとはタイプが違うんだよな。メンバーでその辺が一致してないとつらいことになる。おれらはもう仲直りしたけど、夏祭りの後におれが今年で抜けたいって言ったらすげえ険悪な空気になってさ。バンド抜けても友達ではいたいからさ。一時はもう友達でもいられなくなるんじゃないかって感じだったんだよ」

 琴那は鼓道の言葉を聞きながら床に目を落とした。

「なにかを選ぶってことは、それ以外を選ばないってこと」

「どっちか一つしか選べないときはそうだよね。一緒にやってきたやつらと違う道を選ぶのはつらいけどさ」

「でも、選ばなきゃいけないときは、ありますよね。わたし応援してますね、鼓道さんの選んだ道」

 琴那は顔を上げて鼓道の顔を見ながら言った。

「ありがとう。今日会えて良かった。また本番でもよろしく」

 鼓道はそう言って別のスタジオへと入って行った。琴那は鼓道の姿が見えなくなってから深くお辞儀をした。

 残りの練習を終えて出てくると、ちょうど同じ時間に練習を終えたロシアンルーレットのメンバーたちとロビーで居合わせた。

「おつかれさま」

「おつかれさまです」

 メンバーたちはお互いに声をかけあった。

「空楽たちもタイヴァスのイベント出るんだって?」

 ロシアンルーレットのギタリスト、喜多楽が訊いた。

「うん。お互い頑張ろうね」

「STUNNUTSは強敵だね。うち勝手にライバルだと思わせてもらってる」

 ボーカルの実菜が言った。

「ほんとですか。光栄です。わたしたちも、ロシアンルーレットすごいかっこいいねって言ってたんです。でも今回は、簡単には負けないつもりです」

 空楽はしっかりした声で言った。

「うちら前回もSTUNNUTSに勝ってたつもりはないんだけどね。次はうちらもパワーアップしたところ見せるつもりだからお互い悔いのないように戦おう。今回はなんか賞が出るみたいだから形上勝ち負けがつくし、まあそうでなくても気分的にも勝ち負けはあるけどさ。音楽スタジオもほとんどここぐらいしかないし、ライブハウスもタイヴァスぐらいしかないような町だからさ。お互い切磋琢磨しながら一緒に盛り上げてって、もっとバンドやる人を増やしたいね。そしたらコンテストだって増えるだろうし、チャンスも広がると思うんだよね」

「そうですね。盛り上げていきましょう」

 空楽たちは頷いた。

「オーケー、来たって」

 ロシアンルーレットのリーダー、敏志が携帯端末をいじりながら言って、バンドの面々は立ち上がった。

「それじゃ迎えが来たんでおれたちは帰るね。本番またよろしく。おつかれさま」

 敏志がそう言うとメンバーたちも口々に「おつかれさま」「またね」と言った。鼓道は琴那と目を合わせて頷きあい、喜多楽は空楽と手を振りあってスタジオを後にした。ロシアンルーレットのメンバーが去り、空楽たちだけがロビーに残った。

「一応ここだけの話なんだけどさ」

 琴那が切り出した。

「鼓道さん、年内でバンド辞めるらしい」

「え? なんで?」

 空楽が訊いた。

「進路。進学するんだって。大学受験するとなったらたしかに高三になってバンドとかやってる場合じゃないのかもしれないよね。バンド自体はまた大学入ったらやるかもって言ってたけどさ。それ聞いてうち考えちゃった。ね、うちらはどう? みんな進路のこととか、なにか考えてる?」

「あたしはこのバンドでデビューしたいと思ってる」

 瑠海があっさり言い放ち、空楽は顔を上げて瑠海を見た。

「おれはもともとベース弾いて食っていきたいなと思ってたからさ。このバンドでデビュー目指してくならそこに全力投球するし、このバンドがそういうの目指さないなら、おれはおれで演奏家目指しながらバンドやるし、どっちにしてもおれはプロを目指すつもり」

 琴那が空楽の方を見て、空楽はメンバーをぐるりと見まわした。

「わたしは」

 空楽は視線を上げ、空中を見ながら少し間をおいた。

「わたしはさ。あまり考えたことがなかったな。高校入ったらバンドやるんだって、そう思ってただけ。そのバンドでそのままプロを目指すのかとか、目指さないなら高校卒業した後どうするのかとか、なにも考えてなかったな」

「それでもいいと思うけど。あたしたちまだ高一だし」

 瑠海が言った。

「うちも正直なにも考えてなかったし、高一でそこまで決まってなくてもいい気がしてたんだけどさ。鼓道さんの話聞いたら、高二になったら受験するかしないかでバンド続けるか辞めるかみたいな選択をしなきゃならないんだなって思っちゃってさ。なんも考えてない自分大丈夫なのかなって、思っちゃったんだよな」

 琴那が続けた。

「でも、ロシアンルーレットはどうするんだろう。今度のイベントもデビューに向けてのチャンスにつながるみたいな話あるわけでしょ。他のメンバーは割とデビュー目指してるっぽいのかなって見えたけど」

「鼓道さんはそれで続けられないから抜けるって話になったみたいだよ。一応仲直りしたけど揉めたって言ってた」

「そこの温度差みたいな問題はたしかにあるかもな」

 みんなテーブルに視線を落とした。

「わたしさ。前ちょっと話したけど、夏祭りのときにね。タイヴァスの店長に言われたんだよ。バンドじゃなくて一人の方がデビューしやすいんじゃないかって。そんときにさ、わたしはそもそもデビューしたいとか思ってるのかな、って考えたんだよね」

 空楽が言うとメンバーたちは空楽の方を見て空楽の続きの言葉を待った。

「わたしさ、デビューって言葉が出てきてもピンとこなかったんだよ。わたしはバンドやりたいって漠然と思ってただけで、最初は自分が歌おうとも思ってなかったしさ。そこに自分で曲作ってデビューするとかいう話が急に出てきても、正直よくわからないんだよね」

 空楽が言葉を切ってもメンバーたちは空楽を見つめたまま待った。

「夢って、なんだろ。わたしバンドやるのが夢だったんだよ。その夢はもうかなった。夏祭りに出るのは目標だったよね。たぶん夢とは少し違う。夏祭りには出られた。目標はたぶん、達成できた。それでいろいろ課題が見えて、次のイベントに向けて今頑張ってる。これも目標だよね。目標に向けて頑張ってる。夢って、なんだろう。もっと先にあるもの?」

 空楽は視線を上げて仲間たちを見回した。

「ごめん。わたしまだよくわからない。自分の夢がわからないんだよ」

「それでいいと思うよ。焦ることなんてない。あたしたち、まだバンド始めたばかりだからね」

 瑠海が言った。

「でも、ちゃんと考えなきゃだ。みんなの夢も、かかってるもんね」

「そんなの背負わなくていいよ。空楽はどうしたいのか。それが大事。だからじっくり考えていいよ。空楽が夢を見つけるまであたしは待ってるから」

 空楽は驚いて瑠海を見た。

「琴那もね。迷っていいし、悩んでいい。時間かけていいよ」

 瑠海は琴那に向けても言った。

「でも瑠海は決めてるんでしょう?」

 琴那が訊いた。

「うん。だけどあたしはみんなの選択を尊重する。バンドは家族みたいなもんだからね」

「ありがとう」

 空楽と琴那がほとんど同時に言った。

「うん。そのデカい問題の結論はあとでいいよ。ひとまずはタイヴァスのイベント。こっちはそういうのひとまず置いといて、おれたちの新しい音を見せないとね」

 六弦がいつもと変わらない口調で言った。

「そうだよ。最高の音を届けないと」

 瑠海が笑顔で言った。

「そうだね。まずはライブハウスデビュー。思いっきりタイヴァスを鳴らしてやるぞ」

 空楽は拳を突き出しながら言った。

「おー」

 琴那、瑠海、六弦も拳を突き合わせた。

 空楽のところに音源審査通過、本番出演権獲得の連絡が届き、出演の意思確認がされた翌日、各バンド代表者が一度タイヴァスを訪れ、本番の出演順の抽選とチケットの受け渡しなどをすることになった。空楽はリーダーとしてこの役割を担うことにした。学校帰りに制服のままタイヴァスに立ち寄った空楽は、出演順の抽選をしてバンドノルマ分二十枚のチケットを受け取って来た。この日の時点では空楽たちは三番目に出演するということだけが判明していて、その他の順番がどうなっているかはわからなかった。当日は夏祭りのように本番の出演順の逆順でリハーサルを行う逆リハだが、今回は入り時間も各グループのリハーサル時間に合わせて設定されていて、必要な時間だけ会場にいればいいという段取りになっていた。

 タイヴァスでの用事を済ませた空楽が練習場に行くと、先に集まっていたメンバーたちが待ち構えていた。

「どうだった?」

 入っていくなり休憩テーブルのところにいた瑠海が訊いた。

「三番目だったよ」

「一番いいあたりだね」

 六弦が言った。

「逆リハだとトリは大変だよね。最初に入って最後に出るから拘束時間一番長い」

「逆に一番目だと拘束時間的には一番短いね」

「でも割と、一番目ってあまり希望されないんだよね」

 六弦が言うとメンバーたちが注目した。

「いろんなバンドが出る対バンのイベントだと、それぞれのバンドのお客さんは目当てのバンドを見に来るでしょ。だいたい何時ごろだよ、って案内するからさ。その時間よりちょい前ぐらいに会場に来るわけだよ。そうすると一番目のバンドって自分たちのお客さんしかほぼいない状態で演奏することになるんだよね。二番目以降だと前のバンド見てたお客さんも残ってる状態でスタートできる。やっぱお客さんたくさん入らないと盛り上がりにくいから、ライブハウスによっては一番目にはある程度集客力のあるバンドしか出さない、っていうところもあるよ」

「なるほど、そういう事情があるのか。それで三番目はちょうどいいあたりなんだね」

「そういうこと」

「わたしたちの分のチケットももらってきたよ」

 空楽は受け取って来た封筒から二十枚のチケットを出して休憩テーブルに広げた。

「二十枚。メンバー四人だから一人五枚ずつ。一枚二千円。売れそう?」

「おれたぶん十枚ぐらいは売れると思うから五枚無理だよって人がいたら手伝うよ」

「うちらのお客さんは年齢層が高いね」

 琴那が笑った。

「まあね。友達だと高校生だから、二千円ってけっこう大きいもんね。そこへ行くとおじさんたちは二千円割と簡単に買ってくれるからね。あと受付置きってのもできるんで、当日受付でSTUNNUTS見に来たって言って買ってもらうとバンドの売り上げになるよ。それもチケットノルマ分に入れられるから、当日までにチケット渡せない人には受付で買ってもらうんでもオーケー」

 六弦が人差し指を立てながら言った。

「あたしたちチケット売ってライブやるの最初だから、多分今回は割と簡単にノルマ達成できる気がする。友達とかも最初は来てくれそう」

「そうだね。一回目は割と付き合いで来てくれるけど、二回目以降はたぶん気に入ってくれてないと来ないよね」

「来てくれそうな友達ってわたし考えてみたんだけどさ」

 空楽は真剣な顔になった。

「わたしこのメンバーと雫と友成くんしか友達いないんだよね。入学してからずっとその辺の人たちとしか交流してなかった」

「うちは一応クラスにも友達いるよ。空楽は休み時間全部雫と話してるわけ?」

 琴那は両手を頭の後ろで組みながら言った。

「だいたいそうだね」

「残念ながら、今回雫はバンドのスタッフ扱いだからチケットは売れないぞ」

 瑠海が意地悪気に言うと空楽は「わたしの数少ない友達があ」と天井を仰いだ。

「じゃチケットはひとまず五枚ずつ持ってって、売れる分は売る、渡せない分は当日の受付置きで、とりあえずみんなたくさん呼ぼう」

「オーケー」

 メンバーはそれぞれ自分の割り当て分のチケットを取った。

「今回は地域の制限がないからこの町じゃないところで活動してる人たちも出てくるよね」

 瑠海は受け取ったチケットをしまいながら言った。

「年齢制限もないし、ベテランも出てきてるかもしれないね」

「ワクワクするね。きっと夏祭りよりもっとレベルの高い戦いになるね」

 琴那は上半身をくねらせながら言った。

「おれらも今度はうまいだけなんて言わせないしね」

「でもほんと、だいぶこのバンドらしさっていうのが見えてきたよね」

 空楽がメンバーの顔を見回しながら言うと琴那は真面目な顔になって頷いた。

「賞を取りたいっていうのももちろんあるけどさ。わたしは今回、STUNNUTSってこういうバンドなんだっていうのが一発でわかるようなライブをしたいんだ」

「うん。夏祭りからこっち、それを目指してきたからね」

 瑠海も頷きながら言った。

「夏のときはさ。うまい、すごいって言われたいって思ってた。でも今回はそういうのじゃなくて、このバンドの音を届けたい」

 空楽は右の掌を見ながら言ってその手を握った。

「空楽のその気持ちがさ。みんなにちゃんと響いてて、みんな同じ気持ちだと思うんだよね。おれたちたぶんみんな、賞を取りに行くんじゃなくて、自分たちの音をやることに意識が向いてると思う。それがどっかの偉い人に響けば賞がもらえるだろうけど、そんなもんは副産物みたいなもんなんだよな。まずはおれたちの音を響かせないとなにも始まらない」

 六弦が言うと空楽は六弦の目を見ながら頷いた。

「きっととても大切なライブになるね。うちらにとって」

 琴那が言った。

「よし、ラストスパート。遅くならないうちに練習しよ」

 空楽はテーブルに両手をついて立ち上がった。

《つづく》

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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