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短編小説 Artificial Partner #1

「この度は『育て屋』をご利用頂きまして、誠にありがとうございます。それでは、今回芝浦様から頂戴致しましたオーダー内容を確認させて頂きます。途中、ご認識とオーダー内容との不一致やご不明点などございましたらお気兼ねなく仰ってください。これが最終意思確認の場になります。この場が終わりましたら一週間以内に料金のお支払をして頂き、我々が着金を確認し次第、作業に取り掛かります。一度作業に取り掛かりますと、以降オーダー内容の変更は如何なる理由があろうと対応致しかねます。また、途中経過の報告も受け付けておりません。よろしいでしょうか」

黒いスーツを着た銀髪の若い男が、抑揚のない渇いた声で言った。男はまるで何か巨大な力に力づくで抜き取られたように無表情だった。

「わかりました」

芝浦という中年の男は言った。彼は揺るがぬ決心をしていた。これで間違いないと。そもそもこれ以外に方法はなく、育て屋に出会った自分はこの上なく幸運な人間なのだ。後はこの怪しげな集団が間違いなく注文通りの仕事をしてくれるのを信じるだけだった。

「オーダー内容はこちらになります」

銀髪の男がプロジェクターで資料を投影した。

「まず、ご依頼のAPが搭載する最優先事項は、芝浦様のためだけに生き、芝浦様に生涯をかけて尽くし、芝浦様に反抗することは決してないこと。続いてオプションの説明です。一つ目、容姿は実年齢に対して幼く、顔全体のパーツは丸みを帯びている可憐な少女。既にご覧にいれておりますイメージ図の通り、芝浦様の高校時代の同級性、白金京子様をベースに、白金京子様と近しい容姿の人物画像数千データをAIに機械学習させ、限りなく本体に近い形で生成致します。ご提供頂いた写真のみでは顔の見える角度や表情が限られていることが、近似別人物の画像データを読み込ませる理由です。二つ目、身体的特徴です。身長は155.5cm、体重43キロ、トップ85cm、ウェスト57cm、ヒップ90cm。少し華奢にも見えますが年齢に比して十分な成熟を感じられる肉体に仕上げます。肝臓と胃が強く、飲酒耐性は十分、食事も通常の成人男性の二倍は問題なく食べることができます。その他の外的特徴、内的特徴は備えていません。日本人の平均的な大きさ、形、強度の健康体です。三つ目、趣味嗜好です。先の身体的特徴にも通ずる部分がありますが、酒類、洋画、アニメアイドルを強く好みます。また、食事については肉料理を好んで食べます。ただ、肉料理を食事の好みとしてプログラムした場合、ネガティブレスポンスとして乳製品を苦手とする傾向がございます。牛乳、チーズ、ヨーグルトなどは基本的に好んで口にしたがらない可能性が高いです。APが到着し次第、極力早い段階でのご確認をお勧め致します。四つ目、価値基準ですが、冒頭申し上げた通り、芝浦様の安全、安心、幸福、快楽、満足を何よりも重要視しております。芝浦様のためであれば、人も殺します。しかしご安心ください。そのような判断をAPが勝手にすることはございません。通常の人間としてのマナー、モラル、倫理観、現実世界の法制度は全て確実にインプットされています。あくまで世の中で広く共有されるべき常識の範囲内において、芝浦様を最優先とした価値基準に基づいて意思決定を行い、行動します」

銀髪の男は投影されている画面を切り替えながら、淡々と説明した。打ちっぱなしの灰色のコンクリートの壁に囲まれた地下室に、男の浅い声が響いていた。

「はい、これで問題ありません。ここに記載されていることは全て実現させてください」

芝浦は納得した顔で言った。

「もうひとつ、私は趣味でテニスをします。彼女が私の所へやってくるまでにテニスが出来るようになっていると有難いのですが、それは可能ですか?」

芝浦はラケットをふるジェスチャーをしながらそう言った。

「その場合ですと、身体能力という追加のオプションをお申込み頂く運びとなります。テニスがプレイできるというプログラムを追加するということです、デフォルトで生まれた状態から育てる仮定で指導することも不可能ではありませんが、定常の育成マニュアルから逸脱した場合の他の要素あるいはオプションへの影響の仕方と影響度合いが予測できません。例えば、成長過程でテニスを覚えさせてしまったが故に、機械の操作を極端に苦手とするといった具合です。我々はこれをアンプリディクラブル・エフェクトと呼んでおります。そのため、個別具体的なご要望がある場合は、事前にプログラムしておくことが最善であると我々は考えています。無論、お客様に納人してからお客様ご自身の判断でそこからご指南されることにつきましては問題ございません。しかし、それによって生じたアンプリディクラブル・エフェクトにつきましては一切の責任を負いかねます点はくれぐれもご認識ください。APは非常に脆く、繊細な生成物であり、我々の仕事はオーダー通りのAPを契約通りの年齢をもって間違いなく納人することです」

芝浦は毛深い両腕を胸の前で組んでしばらくの間沈黙していた。

「わかりました。彼女が私の下に来る頃には私は六十歳を超えています。一からテニスを教えることは面倒だ。オプションでテニスができることを追加してください」

「かしこまりました」

そうして、芝浦のオーダーするAPに

”テニスをプレイできる。中学の部活動で支障なく活動できるレベル”

というオプションが追加された。これにより、芝浦のAPはラケットを持ってコートに立たせれば、ルールに沿って向かってきたボールを相手のいる方へ打ち返すことができるようになる。

「それでは料金と納期についての説明です」

銀髪の男は投影されている資料を切り替えた。

「ただいま追加されたオプションを含めて、料金は一億五千万円となります。一週間以内、つまり9月10日までにお振込みください。振込は我々が独自に開発した送金アプリを通じて行なって頂きます。通貨はこちらの五種類のクリプトカレンシーであればどれであっても結構です。まだお持ちでない場合はご自身で購入をお願い致します。納期は十六年後。つまり2056年9月10日の正午になります。先日の手術によって芝浦様の体には我々が生成したマイクロチップが埋め込まれており、完成されたAPはそのマイクロチップが発する超音波をキャッチして自力で芝浦様の元へ参ります。首に巻いている赤いスカーフが目印になります。万が一、納人日までに芝浦様がお亡くなりになってしまった場合、芝浦様のAPはこちらで処分致します。そのため、納人されるまでは芝浦様の身辺にAPの存在がわかるような記録やメモを残すことはお控えください。例えば、遺言などです。これらの条件に同意頂ける場合、こちらのカメラに向かって証言をお願い致します」

芝浦は右手に設置されたカメラに向かって、APを購入すること、オーダー内容、料金、納期の全てに同意すること。そして如何なる場合もオーダー変更及び返金を求めないこと、APのことを第三者に口外しないことを告げた。

「それではこれをもちまして契約は締結となりました。おめでとうございます。十六年後に、芝浦様の元にはあなたの理想とするAPが届くことを楽しみにお待ちください」

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