雨下 将

20代中盤に差し掛かった都内在住のサラリーマン。徒然なるままに働き、徒然なるままに学び…

雨下 将

20代中盤に差し掛かった都内在住のサラリーマン。徒然なるままに働き、徒然なるままに学び、徒然なるままに金を増やし、徒然なるままに体を鍛え、徒然なるままにサウナで整い、徒然なるままに文学的創作物を生み出す。 雨が好き。

最近の記事

短編小説 赤灯#Last

* 文乃の手の中で、コーヒーは完全に冷め切っていた。ビルの屋上は相変わらず冬の冷たい風が吹いていた。 「彼女はとてもつらい思いをしたんだね」 光は言った。 「そうね。とてもつらかったでしょうね。その時は、本当に死ぬことすらも考えたと思うわ。でも不思議ね。人ってそんなに簡単に死ぬ決断なんてできないし、生きていればそれなりにいいことも起こるものなのよ」 光はしばらく黙っていた。そして何かに追われるように口を開いた。 「場所を変えない? もう随分ここにいるよ。」 「そ

    • 短編小説 赤灯#8

      * 翌朝、女は車に乗って再び男の住む集落にやってきた。昨晩、自分の泊まるホテルに帰り、熱いシャワーを浴びるといくらか気持ちが落ち着いてきた。ゆっくりと息をし、シャワーから出て髪を乾かすと、疲れがどっと襲ってきた。同時に悪魔のような眠気がやってきて、女はそのままベッドの上で眠りに落ちた。三時間程眠っただろうか、体は疲れているにも関わらず、それからはまったく眠り込むことができなかった。外はまだ薄暗く、ようやく太陽が少し外の様子を伺い始めたといった具合だった。夜のことを思い出すと

      • 短編小説 赤灯#7

        * 五年前に起こった世界中を巻き込んだ金融危機は、日本でも大量の失業者を出した。狂ったように上り調子だった世界の経済成長がぱったりとその動きを止め、見る見る暗い底地へと転がり落ちていった。そして苦しむ人々に追い打ちをかけるように、世界中のあらゆる地域で正体不明の感染症が猛威を振るうようになっていた。世界中の中央政府が打ち出した経済再生対策は感染症の拡大と共に、まったく意味をなさない馬鹿げた空論となり虚しく彷徨うようになった。全ての歯車が狂っていった。人も、モノも、カネも何も

        • 短編小説 赤灯#6

          * 雪が降った十二月のある日の夜、女はシャンパンとケーキを買って男の家に向かっていた。もう街樹の葉はあらかた落ち切って、寒々しいむき出しの木の幹が冬枯れを訴えかけるようにそれぞれが植えられた場所に佇んでいた。女が男の花屋に着いた時、そこに男はいなかった。店の前のシャッターは有無を言わさぬ高い壁のように閉ざされており、建物の中から人気は感じられなかった。女は合鍵を使って裏口から家の中に入った。家の中も、花が並んでいる店のスペースも、何も変化は見受けられなかった。それらは前回に

        短編小説 赤灯#Last

          短編小説 赤灯#5

          * 月の明るさと反比例するように、夜はどんどん濃く、そして深くなっていった。月明かりに照らされた灰色の雲が風に吹かれてゆっくりと動いている。とてもゆっくりと。店の前の通りを歩く人は幾分か減っていた。店内には相変わらず光と文乃の他に人はいなかった。若い女性のウェイターが空っぽになったコーヒーカップと花柄の入ったソーサーを下げにやってきた。若いウェイターは丸いお盆の上にコーヒーカップを置き、小さく頭を下げて店内の奥に戻っていった。テーブルの上にあるのは、砂糖の入った小瓶とミルク

          短編小説 赤灯#5

          短編小説 赤灯#4

          * 世の中は何十年かに一度の不景気の真っ只中にあった。アメリカの不動産バブルが崩壊し、多くの低所得者層の人間が家を失った。莫大な額の不良債権を抱えた銀行が破綻し、その影響は瞬く間にアメリカ全土から世界中に連鎖的に広まった。日本でも多くの企業が業績悪化に苦しみ、大規模な従業員のリストラや消費の低迷が続いていた。新型のウイルスはそこに追い打ちをかけるように突如として現れ、世界を混乱させた。 女はその日、普段より少し早めに仕事を切り上げると、真っすぐに駅に向かい電車に乗り、男の

          短編小説 赤灯#4

          短編小説 赤灯#3

          * 真夏の日差しが地面を照らし、その表面を南からの風が吹き流れていた。風は太陽の熱気に乗せられるように上昇し、青い空に浮かぶ雲を優雅に漂わせていた。海では多くの人々が海水浴や日光浴を楽しんでいた。彼らはリズミカルな声を上げて、陽気に歌を歌ったり、砂浜を走り回ったり、白い水しぶきを上げながら寄せてくる波を受け止めたりしていた。海岸線沿いの車道を走る車は、不規則に曲がる道を軽快に走り抜け、縛られていた何かから解放されたように自由に車体を揺らしながら、何本もの椰子の木を置き去りに

          短編小説 赤灯#3

          短編小説 赤灯#2

          * 四月のある晴れた日の朝、男が待ち合わせの公園に行くと、薄い水色の車体のフィアットに乗った女が運転席の窓を開けて手を振っていた。フィアットは公園沿いの道路に停まっていて、桜の花びらがフロントガラスとワイパーの間に散り落ちていた。空はとても高く晴れ渡っていて、絹のような白い雲が風に吹かれて東から西の空へと漂っていた。鳥が数羽、公園の木の上にとまって好き好きに鳴いていた。その公園には木のベンチと小さな砂場と、ブランコがあったが、男と女の他には誰もいなかった。桜の木が一本だけ植

          短編小説 赤灯#2

          短編小説 赤灯#1

          「これはね、ある男女についての話なの。とても現実離れしているんだけど、よくある未来に行ったり、過去に行ったり、心が入れ替わったりするような話じゃないの」 文乃はそう言ってシロップを入れたアイスコーヒーをストローで一口飲んだ。 「現実に起こりえるとは思えないけど、実際に起こった現実の話っていうことかな?」 光は文乃にそう言った。二人のいた喫茶店に他の客はおらず、店全体ががらんとしていた。古いブラウン管のテレビは外国で流行している新型のウイルスの動向を伝えるニュースを流して

          短編小説 赤灯#1

          2022年を振り返ってみて~執筆活動編~

          こんにちは、雨下 将です。 少し気が早いですが、個人的に2022年の振り返りをnoteに残しておきたいと思います。 12月は忘年会やら仕事やらで忙しくなる可能性が高いことと、2022年にやり残したことに集中する期間にしたいと思っているので。 大きく3つのカテゴリーで(記事を分けて)振り返っていきたいと思います。 まずは執筆活動についてです。 Kindleで4つの作品を出版しました。まずポジティブな面として、自分の書いた物語を形として世に出すことができたことは非常に小説

          2022年を振り返ってみて~執筆活動編~

          詩 『猫の爪を塗る』

          猫のような君はいつだって勝手で いつだって退屈そうで いつだって美しかった 気まぐれに顔を出す太陽であり 感情に突き動かされる風であり でたらめに降っては勝手に消える雪のようだった チーズケーキを食べたいと言った君 一口食べてフォークを投げ出す そんな君に振り回されながら 僕はまるでルアーのように君の思うとおりに動く 暗い日々が 怪しい呪いが 少しずつ君を取り巻くようになる スポットライトのあたる世界に君を引っ張り出し 君は自分を殺して 煌びやかに輝く君は 僕を見て笑った

          詩 『猫の爪を塗る』

          短編小説 Artificial Partner #Last

          とある町のとある高校から、一人の少女が出てきた。その日の授業を終えて帰路につくところのようだった。すらりと高い身長に、真っすぐに伸びた艶やかな黒髪、紺と深緑を基調とした制服が陶器のように真白い肌を覆い、少女は友人と談笑しながら歩いていた。肩から下げた鞄には猫のぬいぐるみのようなキーホルダーがぶら下がっていた。少女は笑う時、右手を口元に当ててとても穏やかな笑顔を見せた。隙間から覗く少女の白い歯はピアノの鍵盤のように整った形をしていた。 「彼女が、例のAPですか?」 聖沢は訊

          短編小説 Artificial Partner #Last

          短編小説 Artificial Partner #2

          『育て屋』。彼らは依頼人の将来の結婚相手=APを育て、任意の年齢で納人することを生業としている。彼らは遺伝心中核という細胞核の一種から人間を作り出すことに成功した。依頼人は自分のAPに求める要件を提示し、その要件通りにプログラムされた情報を遺伝心中核に読み込ませる。そうして生まれたAPを依頼通りのAPに育て上げる。AP一人につき値段は一億円。そこからいくつかのオプションを付与することで、理想のAPを作り出す。オプションには、容姿、身体的特徴、性格、学力、身体能力、信仰、価値観

          短編小説 Artificial Partner #2

          短編小説 Artificial Partner #1

          「この度は『育て屋』をご利用頂きまして、誠にありがとうございます。それでは、今回芝浦様から頂戴致しましたオーダー内容を確認させて頂きます。途中、ご認識とオーダー内容との不一致やご不明点などございましたらお気兼ねなく仰ってください。これが最終意思確認の場になります。この場が終わりましたら一週間以内に料金のお支払をして頂き、我々が着金を確認し次第、作業に取り掛かります。一度作業に取り掛かりますと、以降オーダー内容の変更は如何なる理由があろうと対応致しかねます。また、途中経過の報告

          短編小説 Artificial Partner #1

          詩 『伴走者』

          暗闇の中をただ真っすぐに走る 顔の知らないあなたにひかれて あなたと一緒に走っている間 あなたの声 息づかい やさしさが 輝く川のように私の中に流れ込んでくるの 光がある世界を あなたが私に教えてくれる 景色がわからなくたって ゴールが見えなくたって 私にとってはなんてことないの あなたを信じて走るだけだから 私たちは絆で繋がっている 私たちの絆は赤色だって あなたが選んでくれた 私には赤色がどんな色なのかはわからない だけれど 見るだけで元気になれる色 あなたが好きな色

          詩 『伴走者』

          詩 『鱗』

          静かな深海を泳ぐ魚がいる そこには僅かな日光しか届かない でも彼女が纏う鱗はまるで自らが発光しているかのように 僅かな光を浴びて鮮やかに輝く 目を凝らす必要はない 色はないが 全ての色がある  外音はないが内音はある とても大きく胸を打つ音が 深海を優雅に泳ぐ彼女 彼女は生まれた時から完成されているようだ しかしそうではない 冷たく危険な海を生き延び 自らを変化させながら 少しずつ深く そしてさらに深く潜りながらこの深海に辿り着いている 彼女を覆う鱗が一枚また一枚と剥がれ

          詩 『鱗』