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理解ってしまう確信づく心

僕にどうしろっていうんだ。僕はどうすればよかったんだ。
飛び降りる君を只見ている事しか出来なかった。
僕にとって、君は太陽で輝く水面のように美しく、とても大切な存在であったけど、同時に冬に降る雪のように切なさを感じさせるような存在だったんだよ。

どうしていたら君を助けていられただろうか。

朝に君は『外に散歩に行きたい』と言った。病でひきこもっている彼女にとって珍しい兆候で、病状が善い方向に向いているのだと勘違いした。『分かったよ。午後になったら行こう。支度しておいてね』と口を動かし、彼女が最後に淹れてくれたコーヒーを飲み干した。マグカップを置いて視線を合わせると、君は優しい微笑みで『うん。分かった』と言った。午前に用事を済ませて帰宅した家には、彼女はいなかった。嫌な予感がして、バルコニーへ向かった。彼女は器用に柵に座り『あー、おかえり』と微笑んだ。

彼女は勝手に喋り出す。
「あぁ、久しぶりに外の空気吸ったけど、気持ちがいいね。下の道に咲いてる桜も綺麗で、もっと早く気づければよかった』
「私はね、もう誰も傷つけたくないの。誰とも分かち合いたくないの。理解なんて示さなくていい。でも、君は私の性質を理解してしまったね。だからこうしても、止めないでいてくれるんでしょう?」
「…それが、君の望みであるのはわかっている。そして、僕は生きろなんて、そんなこと、言えない」
「…君はやっぱり、君らしい。そんなとこが心地よかった。やっと、やっとね。今日ならいいなって思ったの。お願いがあるの」
透き通るような声で彼女は言葉を繋ぐ。

「私を みていて」
「目をそらさないで」

さわやかな風の中、彼女は泣きそうな顔で言った。けれど、彼女と共に生きようと決めた時に、こうなることも覚悟していた。
「私、ちゃんと生きてたってこと、あ、そっちは忘れてもいいから、この瞬間だけ覚えていて」
彼女は座った体を外に向け柵の外へ立った。僕は近づき、歩幅がひとつあいたくらいの距離で、彼女の瞳を、真っ直ぐ見た。
彼女はにかむ。そして、別れを告げた。
「じゃあね」
そのまま、彼女は空へ身を投げた。

彼女の死を見届けた。
彼女の自殺を止めなかった事に後悔はない。彼女は最後に笑っていた。
これから生きてる間、僕は彼女の死を想い続けるだろう。僕も彼女も変われやしなかった。
バルコニーで、ひとり、深呼吸をする。空を見上げる。彼女を救えなくても、理解者にはなれたのかな。分からない。どうしていたら正しかったかだなんて分かるわけない。下の方が人の声で騒がしい。
僕は只、彼女に『ありがとう』と言葉をこぼした。

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