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【超特急パンゲア 1】 国難でモノいう国民的習性① - 新型コロナでは法律より強し

新型コロナウイルスとロシアによるウクライナ侵攻、全く無関係なこの2つの重大現象は、いずれも無数にある関連要素の中で「国民に広く根付いた習性」が如何に重要な影響を持つかを示した点で共通する。まず新型コロナについて、日本へのコロナ襲来を印象付けたダイヤモンド・プリンセス号の写真を混ぜつつ数字を見ていこう。

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国民の習性が感染状況に大きな影響を及ぼしたと思われる数字がある。尚、感染者数は国によってカウント方法の差が大きいので、数字操作の余地が少ないコロナ死者数を、そして国によって人口が異なるので人口100万人当たりのコロナ死者数を基準にした。それでも数字は各国の医療水準・健康保険制度・統計の正確性等々多くの要因に左右されるので簡単に比較できないが、ワクチンという巨大ゲームチェンジャーが現れる寸前の2020年11月1日の数字を、札幌医科大学が公開している良く出来たプログラムで調べてみた。

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これを見ると、
①欧米の感染状況はアジアより桁違いに悪い
②アジアの中でも東アジアはインドやフィリピンより明確に良好
③その東アジアの中では日本は最悪
という明らかな傾向が見て取れる。試しに他の日付でも見てみたが、この傾向はコロナが世界に広まってからワクチン接種がアメリカで始まるまで(インドがその後激増した点を除き)大きく変わっていない。様々な要因の中がある中で、これらの国々は国民の習性という点で興味深いグループ分けができる。

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まず、欧米諸国は
・権利意識が強く、法で強制されない限り習慣に反する事をしない
・マスクを忌避する人が多い
・人と握手しドアノブを握って回した手を洗わずに、
・その手でそのまま主食のパンを掴んで食べる習慣がある
という共通の傾向があるのに対して、東アジア諸国は
・権利意識はそれほど強くなく、マスクにも社会的抵抗は少ない
・社会的上位者の指示を尊重する傾向がある儒教文化圏である
・手掴みで主食を食べる習慣が無い箸文化圏である
・頻繁に手を洗う習慣がある
という共通点がある。

同じアジアでも箸+儒教文化圏の外にあるインドやフィリピンの数字は悪い。インドがその後急激に悪化したのは医療崩壊の他、素手で食事をする習慣も影響しているように思う。

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箸+儒教文化圏の中では日本の成績は最悪だが、これは法制の違いだろう。中・越は共産主義国、韓・台は準戦時体制にあり、国民を統制する法制が整備されているのに対して、日本の法規制は後手に回ったうえに極めて緩い。経済活動規制の根拠法令は新法ではなく、2012年制定の微温的な新型インフルエンザ等特別措置法(以下「特措法」)を新型コロナに適用したに過ぎない。しかも日本でコロナ患者が初めて確認されてから丸1年以上も経った2021年2月13日まで罰則すら無く、ましてやロックダウンを可能にする法制は現在も存在しない。

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これは特措法制定の契機となった2009H1N1型インフルエンザ発生下の2009年5月4日に乗り合わせたJFKからの戻り日航機内で成田到着後に行われた機内検疫の様子だ。この後、日航は会社更生手続申請・再建・東証再上場と長い大ドラマがあったが、それら全てより前という昔の事象(しかも2009H1N1では日本はほぼ無傷だった)を元にできた緩い法律を、この異次元の危機にほぼそのまま適用したのだ。

国会議事堂a

かつて政治の事を周旋と言ったように、日本の政治は多数の利害関係者との個別の利害調整を重視するので新法制定には恐ろしく時間がかかる。従ってこれを避けて現行法の微調整、或いは法改正すらせず国民の代表でもない役人が作った政令で済ますことが多い。経済活動の大規模規制という大テーマを、実効的な罰則付の法律も無しで、国民の自律心と同調圧力頼りで乗り切ろうというのは先進国の中では極めて異例な対応だった。日本の組織の意思決定の遅さとその過程の見えにくさは日本の地盤沈下の一因としてつとに指摘されているが、それがコロナによって国レベルで炙り出された格好だ。

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例えばドイツでは早くも2020年3月の時点で矢継ぎ早に新法を制定し、不動産賃借人の解除からの保護、倒産要件の厳格化による倒産回避、医療機関の保護と医療従事者の労働時間規制の緩和、困窮者の保護手続の認定基準・方法の緩和、違反者への罰則、各種助成措置等の具体的手段が、拘束力ある法律の形で続々と実施された。上の写真はベルリン中央駅とドイツ連邦議会議事堂Bundestagだ。後者は戦前の国会議事堂Reichstagに巨大なガラスドームをつけ、国民は誰でも(議員の紹介などは勿論不要だ)上から議員を監視できる姿勢を示している。戦後ドイツの重要な公共建築は意思決定の透明さを象徴するガラス張りが多く、重要な新法が国民監視の下で実のある公開討論を通じて次々と制定されていく様子は民主主義の教科書のようだ。

GW人出

日本がゆるゆるの法規制でも感染率を低く抑えられたのは、接触感染が起きにくい習慣に加えて国民の意識の高さに負うところ大であろう。特に未知の敵の正体が見えていなかった2020年春の第1次緊急事態宣言当時、法的強制が全く無いのに外出率が激減した。そして国民の大半が自発的にマスクをするようになり、この国難を乗り切りつつある。見事という他は無い。高度成長期に「経済1流、国民2流、政治3流」というブラックジョーク的日本評があったが、今は最初の2つは逆であろう。

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