世界の武勲艦 7 女王陛下の戦艦「クイーン・エリザベス」

◆英独建艦競争
 19世紀末、大航海時代以来続けられた世界の帝国主義的領土分割は、太平洋の島々に至るまでヨーロッパ諸列強による植民地化が進み、ほとんど完成の域に達していた。世界は七つの海を支配した大英帝国を初めとして、フランス、ユーラシア大陸の大部分を領有するロシア、そして孤立主義を唱えアメリカ大陸に覇権を確立しようとするアメリカにより分割された。
 20世紀に入り、この体制に積極的な挑戦を開始したのがドイツだった。ドイツは地域としてはそれまでも存在していたが、国としては1870~71年の普仏戦争の勝利によって、ようやく統一された新興国だった。当初宰相ビスマルクはドイツの生き残りのため注意深い外交政策を取ったが、1888年皇帝に即位したウィルヘルム2世は対外積極政策をとった。それを象徴するのが、ティルピッツによる艦隊法の制定であった。
 当初は沿岸海軍に過ぎなかったドイツ海軍は、これによって強力な主力戦艦艦隊、大海艦隊を保有する外洋海軍へと脱皮しようとしていた。これに危機感を覚えたのがイギリスであった。ドイツ海軍の艦隊増強は、イギリス海軍の海洋覇権に挑戦するものである。こう判断したイギリスは、ドイツに負けないよう海軍戦力の拡張に狂奔することになる。
 その結果のひとつが、画期的な新型戦艦「ドレッドノート」であった。「ドレッドノート」は30.5cm砲の単一巨砲多数搭載戦艦であるとともに、これまでにない大型戦艦であった。イギリス海軍では、ドイツ海軍はユトランド半島を横切るキール運河の幅の関係から、このような戦艦は作れないと考えたのである。しかし、なんとドイツはキール運河を掘削して拡大し、これを可能にした。
 その結果、英独海軍は第一次世界大戦に至る短期間に、猛烈な弩級超弩級戦艦建艦競争を繰り広げる結果となった。イギリス海軍は続いて「ベレロフォン」級3隻を建造し、これに対抗してドイツ海軍は「ヴェストフェーレン」級4隻を建造した。イギリス海軍はさらに「セント・ヴィンセント」級3隻、「ネプチューン」を建造し、ドイツ海軍は「ヘルゴランド」級4隻で応えた。
 ドイツ海軍は、続いて「カイザー」級5隻、「ケーニヒ」級4隻の建造に進んでおり、これに対してイギリス海軍は「コロッサス」級2隻を建造した後、34.3cm砲搭載の超弩級戦艦の「オライオン」級4隻、「キング・ジョージ5世」級4隻、「アイアン・デューク」級4隻の建造に移行した。いっぽうドイツ海軍は38cm砲搭載の超々弩級戦艦「バイエルン」級4隻の建造を開始した。ほとんど同時にイギリス海軍も超々弩級戦艦へと移行し、ここに建造されることになったのが、「クイーン・エリザベス」級戦艦であった。

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