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私は今日も死んでいる

歌を歌っている。
ただ思いつくままに、口をつくままに。

わからぬままに歌っている。

いつから歌っていたんだか。
いつまで歌っているんだか。

気づいたらここにいたような気がする。
誰もいない、寂しい公園。
確か、そう、私のお気に入りの場所。

夕暮れ時。
そろそろ帰らなきゃ。
そう思うけれど、足が動かない。
このまま、歌を歌っていたい。
暗くなったら、帰ろう。

また歌いだす。
この曲は、なんだっけ、ひどく懐かしい。
何度も何度も繰り返し聴いた気がする。
なんだっけ。なんだっけ。
私は夕暮れの眩しい霧の中で歌っている。

なんだっけ。なんだっけ。

突然、霧の中に、一陣の冷たい風が吹いた。
霧が薄くなる。
あ、これは。
冬の匂い。
冬の風だ。

そう、この歌は冬に聴いていた。
凍える風を身体で受けながら、
かじかむ指を必死に動かしながら。
聴いていた。

なんだっけ。なんだっけ。

私は必死だった。
必死に机にかじりついて、
圧に耐えていた。
寒さなんて感じていなかった。
感じるのは重みばかりだった。
期待、圧力、侮蔑、嘲笑、落胆、諦観。

必死に身体を起こして、飛んで見せようと思ったのだ。
きっと、綺麗だと思ったから。
誰かが「綺麗だ」と言ってくれると思ったから。

そう、これは、必死に潰れまいとした私の歌。

私は死んでいるよって。
たくさんのものを殺して、
いまここにいるよって。
私は死んでいるの、助けてって。

そう、叫ぶように一人歌っていた歌。

そうか、そうか。

暗くなるまで歌っていた私は家に帰ろうとした。
自転車を漕ぐ足が重たくて、向かい風がつらくて、
視界の滲みがいくら拭っても取れなくて、
私はぎゅっと目をつぶった。

次の瞬間、私は空を飛んでいた。
道の真ん中、仕掛け装置の球のように。
それは綺麗に飛んだ。
だけども自力で飛んだわけではなかったから。
酷く地面に叩きつけられて、気を失った。

そうか、そうか。

私はあの重みから開放されたのか。

重たくて動けないのって。
潰れてしまうよって。

叫ばなくたっていいのか。

…そうか。

目がしみる。

ああ。

日が暮れる。

「なんだっけ」

口が滑る。


歌を歌っている。
誰もいない、寂しい公園。
西日が差し込むその場所で。
潰れて動けなくなった私は
今日も歌を歌っている。

私は今日も死んでいる。

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