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スーパーロック

私はギターを弾く。昔はバンドを組んでいた。今はもっぱら一人でアコギを弾いている。ロッカーは窮屈だ。最近じゃギターを背負って歩く人はそう珍しくないから、じろじろ見られることはないけど、ギター弾きが生きていくのは何かと窮屈だ。

例えば電車。人が多い電車にギターを背負って乗り込む。窮屈。ギターを前に抱えたところで、私には人二人分ほどの幅がある。しかも、ギターが押しつぶされる危険にさらされている。窮屈。どんなに気の強そうで物凄い髪色のロッカーもみんな「すみませんね」と思っているに違いない。ロックは自己主張だけど、人に迷惑をかけてはいけない。

それからスーパー。どんなに派手なロッカーだって、ライブや練習の帰りにはスーパーに寄る。家にギターを置いてからまたスーパーまで戻ってくるのは面倒だ。ご存じの通りスーパーの通路はそんなに広くない。そう、窮屈。ギターを背負った状態でうっかり急旋回しようものなら、棚のうえの卵はすべて床に落ちて割れるだろう。お酒など瓶のコーナーには絶対寄り付かないようにする。ギターを買ったときにまず習うべきことだ。それから買い物客とのすれ違い。これは大変窮屈。お肉をとろうとして少し前傾すると、後ろの人をギターで突き飛ばしてしまう。後ろを買い物客が通ろうとするときは、とにかく自分とギターを一体化させる。曲を演奏するとき以外で唯一ギターと一体になれる瞬間だ。ときに、自分がギターを背負っていることを忘れ、なんでこの人は後ろを通っていかないんだ?と思うことがあるが、勿論それは、ギターが邪魔で通れないのだ。ギターを背負っていることを忘れるのはギターが自分にとってあまりにも自然な存在となった素晴らしい出来事と思うが、人に道を譲れるロッカーでなければならない。

今日も私は満員電車を避けて電車に乗り込み、後ろを通る人に気を払いながら半額の弁当を買う。ただしマイクの前に立った時だけは、ギターで観客をブッ飛ばしてやろうと思う。どれだけ半額の値札が貼られても。

#ショートショート #物語 #独り言

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