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てんぐのスターウォーズ語り:戦争の申し子と“戦争”の論理に対する反乱者たち(10/1ちょっと追記)

戦争の申し子、その名はスローン

 アソーカ7話の感想、まずはやはりスローン大提督はヤバすぎることからですね。
 パーギルに乗ってくるアソーカへの挨拶がわりの機雷原は「誰か指向性ゼッフル粒子借りてきて!」と悲鳴が出ました。でも、その割にエズラとサビーヌを始末するための部隊は出し惜しみするのは何でだろうな、と思ったら、その一連の攻撃すべては<キメラ>への物資搬入を邪魔させないための時間稼ぎでした。
 これが判明したときはゾクッときましたね。なぜなら実は、スローンと同じことを、かのナポレオン・ボナパルトも言っているとされています。

 曰く、「場所は取り戻せるが、時間は取り戻せない」

 まあ、実際にナポレオンがこう言ったかどうかは明確な出展がないとかで疑われてもいますが、おそらくナポレオンもスローン大提督も、この言葉自体には首肯するでしょう。

 スローンのこの段階での目標はウィルズ銀河への帰還で、そのためにいま必要なことは物資搬入を完了させること。そして、<キメラ>の幽霊船みたいな姿を見れば、漂流生活でのダメージでシールドも防空能力も怪しい限りです。下手したら、アソーカ機一機で物資搬入中の<キメラ>を撃沈できるかもしれません。
 となれば、スローンにとって最も望ましい展開は、物資搬入までアソーカには別の場所に意識を向けてもらうこと。

 そして、事態は実際にその通りになりました。

 サビーヌをあっさり解放したことも、「エズラ・ブリッジャーはもう死んでるだろう」と絶対に彼女が反駁するようなことを言ったことも、どの程度必要性があるのかも疑わしいエズラとサビーヌの始末にダークジェダイ師弟を差し向けたことも、「これだけ条件を重ねればアソーカ・タノは、少なくとも必要な時間だけは本艦から意識を逸らす」と確信できたはずです。
 言い方を変えれば、サビーヌやエズラとの再会を代金に、スローンは<キメラ>への物資搬入、そして銀河への帰還の可能性を買う、その取引をアソーカと成立させたことになります。

(10/1追記)
 改めて6話7話を見直してみたんですが、スローン大提督によるエズラ&サビーヌ抹殺指令は、アソーカの生存と接近を知らされる前でした。
 ということは、この指令に関してはアソーカは無関係で、純粋にエズラたちを始末したかっただけのようです。
 ではその動機はなにかと考えると、「こんな辺鄙な星に飛ばしやがってブッ殺すぞクソブリッジャー!」という怨念は、多分ないでしょう。
 あの人は多分「『ブッ殺す』などという言葉を私は使わない。その言葉を脳裏に浮かべる前に作戦計画を検討し実施している」「『ブッ殺した』に類する言葉なら使うことはあり得る」ってタイプでしょうし。
 となると、エズラが<キメラ>脱出を察知して妨害する可能性を考慮したのか、それとも「ロザルの反乱分子鎮圧作戦は現在も遂行中である。従ってスペクターズ抹殺も停止される理由はない」ということか。後者の方が、時計の針を軍団揃って止められたスローン大提督らしいですかね。
(追記終わり)

 この御大、やはりただ者じゃないです。視点の設置場所が常人はおろか魔女すら超越してます。あの切れ者のモーガン・エルズベズでさえ大提督の思考速度にちょっとついていけてませんでしたし。

 レイア・オーガナと、宇宙世紀ガンダムで言うならジョン・バウアーとロンド・ベル時代のブライト司令みたいな政軍のコンビになってるっぽい、脚がグンバツどころか素行すべてが軍閥の女ヘラ姐さん、果たしてどこまでこの戦争の申し子に対抗できるんでしょうか。

戦争の論理を否定する者たち

 さて、この“戦争”という状況を、「死と破壊が日常となる」という以外の表現を用いて語るなら、「大が自らを生かすために小を犠牲にし続ける」となるでしょう。
 5話でアソーカが追体験したクローン戦争はまさに、共和国軍という大が自らを生かすために、クローントルーパーという小を犠牲にし続ける場でした。
 皮肉なことに、エズラ捜索のためのヘラの艦隊行動を強く非難するジオノ議員たち軍事監視委員会の糾弾もまた、平和主義の皮をかぶった戦争の論理であるわけです。

 でも、誰かの犠牲の上に成り立った戦争の勝利が、本当に正義だって言えるのでしょうか?

 一方、4話でスローン大提督の帰還という事態に道を開くのと引き換えにベイランへ地図を渡してしまったサビーヌ。
 彼女自身は具体的な意識はしてないでしょうが、これは上記のような“戦争”の論理を真っ向から否定する行為だと言えないでしょうか。

 LEGOのフリーメーカー最終回でローワンが、もうじきこれを吹き飛ばしにくる第二デススターの動力炉にポツンと取り残されたとき。
 EP8でフィンがFO地上軍の巨砲に単機で特攻を仕掛けたとき。
 どちらもそんな疑問を、やり場のない怒りと共に抱きましたし、その後の展開には胸をすくような痛快さを感じました。

 アソーカも、どこかで上記で指摘したようにスローンと取引をさせられたことは察していたかもしれません。
 でも、あの5話の追体験でも現れた、「誰かの犠牲を当然とすること」を受容することを拒否し、兵士を死なせる命令を下した自分を責めたあの少女は、今もアソーカの心のどこかにいたはずです。
 そしてアソーカは、その少女をもう一度自分の中に取り込んだから、エズラと再会した時、何の屈託もなく満面の笑みでハグできたのでしょう。

 アナキン剣法20式をすべて受け入れ、今度は圧倒して喉にセーバーを突きつけたベイランを「斬る必要ないもん」と離れた、マスターと同じく自らの過去と現在を完全に合一させたのが、今の白のアソーカなんでしょうね。そりゃ強いわけです。

(10/1追記)
 このシーンも改めて見直してみたんですが、最初に見たときほど、少なくとも剣技においてはアソーカはベイランを圧倒はしてませんでしたね。喉元に迫ったセーバーも、ベイランは左手で押さえてましたし。
 ただ、アソーカもそうであっても特に動揺もなければ焦燥もなく、泰然自若というか余裕綽々ではありました。

 白のアソーカの特徴としては、「気負いがないから広く広く物が見える」ということが言えると思うんですよ。
(追記終わり)

 そしてエズラ。
 彼こそが、アナキンらジェダイも、パドメら議員も、レックスら兵士たちも、そして様々な大人物の誰もができなかった「クローン戦争に勝利する」という難事を、小なりとはいえやってのけた者でした。

 戦争の申し子たるスローン大提督と対峙し得る者たちがいるとしたら、それはエズラは「戦争との戦い」を挑める者。
 その彼のもとに、戦争の論理に対する反乱者たちが結集しつつある。そんな高揚感を、密かに感じております。

 まあ、それはそれとして、シンドゥーラ将軍は文民統制とかは尊重しよう
 ジオノ議員の糾弾は半分嫌がらせだとしても、モスマ議長はそろそろガチでキレてもおかしくないよ? 頼むからモスマ議長をジョアン・レベロにはしないでください。あの人、好きだし。

デイブ・フィローニに実写ナウシカ撮らせようぜー

 さて、相変わらずの陽気さと、サビーヌに対しても「あ、なんかまたヤバいことやらかしてるな?」と察しながらも深く聞こうとするような野暮は働かず、自分たちを包囲したストームトルーパー隊を前に口八丁で切り抜けようとするエズラ三十路バージョンはなかなか良い味出してました。

 アソーカとの一度目の師弟関係破綻後は電波塔で思い出とともに引きこもってたと思しいサビーヌとは対照的に、エズラは異郷の荒野であのヤドカリ人間たち(もしかしたら漂流中の<キメラ>クルーも?)といった他者と交流し続けてきた、そんな日々がうかがえます。セーバーすら持とうとせずに見せたフォース波動拳もそんな日々の賜物かな?

 そんなエズラの、人によってはモーゼともインド映画ともいわれるコスチュームを見てて、ふと頭に浮かんだのがマンガ版ナウシカの土鬼戦士でした。

 フィローニも相当コアなジブリファンだからなあ。
 そういえば、あのヤドカリ人間たちのワゴンも、外観はどこか王蟲に似てましたし、アソーカのモデルがもののけ姫のサンだって話もあります。

 スタジオジブリの関係者におかれては、デイブ・フィローニに実写ナウシカを撮らせるというプランをご検討いただきたいです。
 今回でマスターと師弟コンビ解消したシン・ハティ役のイヴァンナ・ザクノならクシャナ殿下もやれそうだし。


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