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てんぐの武侠感想~絶代双驕は良いぞ

Netflixで配信されている武侠ドラマ『絶代双驕』、先日最終話まで視聴いたしました。

台湾武侠の第一人者・古龍先生の代表作のひとつにも数えられるのもわかる面白さでした。どう面白いかはうちの奥さんの記事を参照していただくとして(毎度おなじみ手抜きスタイル)、てんぐから伝えたい事も、これからいくつか述べていきたいと思ってます。

「生まれついての呪い」に抗う若者たち

奥さんに指摘されて初めて気付いたんですが、『絶代双驕』の主人公を取り巻く構図は、金庸先生の『射雕英雄伝』とも共通する点が多いです。『天龍八部』とは別方向での「裏・射雕」とも言えます。

もっとも重大な共通点は、主人公が自分自身の意思や歩みの結果でなく人生を定めようという親世代の抱えた因縁や怨恨、つまりが「生まれついての呪い」を受けているという点です。『射雕英雄伝』の郭靖は、「靖康の変の屈辱を晴らせ」という親世代の理想や望む未来を押し付けられて育ちしました。射雕三部作で語れる郭靖の生涯は、「漢民族の国を守る義士」たらんとした、見方によってはその呪いから解放されないままのものだったと言えます。

しかし、小魚児と花無缺は違いました。

「どうも自分たちには何かの呪いが掛かっているらしい」ということに気づいた小魚児は、戦闘潮流時代のジョセフ・ジョースターを彷彿とさせる陽気さと悪知恵と義侠心を武器に、理不尽な自分たちの運命と立ち向かっていきます。

また、視聴者には真相がわかっているその呪いの謎解きと解決を目指して主人公が立ち向かうという構図は刑事コロンボのような倒叙形式のサスペンスとも言えます。実のところ、最終回の大どんでん返しは、「犯人自身が自供するよう誘導する」という、コロンボで言えば『二枚のドガの絵』『祝砲の挽歌』の謎解きパートのようなカタルシスがありました。

魂の自由さ、運命に屈することなど考えもしない前向きさ、それらに裏打ちされた知恵と武功。そういったものに彩られた小魚児と花無缺に、惜しみない喝采を送りたいです。

ビックリ人間オリンピック開催

武侠作品にはつきもののビックリ人間な脇役たち、もちろん『絶代双驕』も例外ではありません。というか、ビックリ人間のオリンピック状態と化してました。

十大悪人からは小魚児の師匠ポジションの悪人谷組もそうですが、個人的には“悪賭鬼”こと軒轅三光。「人を見れば賭け事を迫らずにはいられない」というはた迷惑な性格だけで十大悪人に名を連ねてるけど、イカサマはやらないし賭けの結果には忠実という、かなり控えめで邪悪ではない方の十大悪人でした。というか、酒も飯も大好きな様子を見ると「このおじさん、古龍先生の化身かなんかじゃねえか?」とさえ思えてきます。

ちなみに演じるのは眉間の縦シワがインパクト抜群の晋松さん。日本だとドラマ版水滸伝の魯智深や琅琊榜<弐>の覃凌碩役が印象深いかな。

あと中盤から参戦の黒蜘蛛くんも忘れちゃいけない。この子の見せる見返りを求めない愛っていうのも、古龍作品の名キャラクターの特徴のひとつなんですよ。

ちなみに黒蜘蛛くん、邦訳版の挿絵だと完全に黒いスパイダーマン丸出しでした。

ヴィランやヒールからなら、邪悪なミッキーマウスこと魏無牙、丹薬のオーバードーズで恍惚としてる小魚児を鞭でしばくというヤバすぎる絵面を作っちゃったドS美女の張菁、そして『笑傲江湖』の岳不羣、『月に咲く花の如く』の張長清にも引けを取らない偽君子ぶりを見せた江別鶴・玉郎親子などなど。

様々なビックリ人間オリンピック金メダル候補がおりますので、どうか実際に見て、自分の推しビックリ人間を定めてください。

武侠はTRPGだ!

以前に書いたこの記事でも言及しましたが、武侠ものって剣と魔法のファンタジー世界に変換できます。『絶代双驕』の場合、もうゴリゴリにそうでして、「このままTRPGにできるんじゃないか?」と何度となく思いました。

なんせね、主人公はシーフと戦士(内功を魔法扱いにするなら魔法戦士タイプかな?)で、クリーチャーを操ったり動物の祖霊と同化したような悪漢が出てきて、ダンジョン探索はザラ、宝の地図だの失われた秘伝書だの明らかにオーバーテクノロジーだろってガジェットだのが出てきて、魔王さながらな暴虐さと武功を誇る暴君も出てきます。

小魚児については挫折を経験して成長していきますし、そこのところを含めても、大変にRPGしてます。「武侠TRPGがやりたい! というか作りたい!」と言い募ってるてんぐにとっては、まさに理想像といっていい展開と描写でした。

というわけで、ファンタジー的な世界観やRPGが好きだって人にもこのドラマ、大変にオススメできます。

実は王道、そして正道なドラマ

割と悪ぶってたり超然としてるキャラクターを主人公とし、世人から大人物とされる者が実は悪党、という展開を描くと、往々にして「正義こそ悪より多くの災いを生む」とか「正義の反対は別の正義」みたいな悪しき相対主義に陥りがちです。

しかし古龍作品、特にこの『絶代双驕』は違います

世間の評価と実態が食い違っていても、偽善や悪徳や暴力が横行するのが当たり前になっていても、それでもこの世には、小賢しい策略なんかでは届くことのない高みに位置する正義ってものがあるんだ、とそう胸を張って叫ぶ気高い義侠心に裏打ちされた世界観があります。

武侠が好きとか知ってるとか、そういう範疇を越えて、この気高い義侠心に裏打ちされた世界観により多くの人が触れてほしい。心からそう思います。

復刊ドットコムへ一票お願いします(あとコミカライズもしよう)

前述しましたが『絶代双驕』は『マーベラス・ツインズ』というタイトルで邦訳版が出ていたんですが、途中で打ち切り状態になったまま絶版状態です。悲しい。

というわけで、このドラマを見て、原作が気になったという方は、どうか復刊ドットコムへ投票をお願いいたします。

また、武侠やオリエンタルアドベンチャーに意欲があるマンガ家の有志におかれては、この『絶代双驕』のコミカライズに挑戦してほしいと、強く願っております。

サンダーボルトファンタジー陳情令薬屋のひとりごとなどの諸作品のおかげもあって、ようやく日本でも武侠を含めたオリエンタルアドベンチャーへの関心が高まっている今だからこそ、『絶代双驕』を含めた武侠小説のコミカライズって新しい売れ筋の題材だと思うんですが、どうでしょうかね、出版社の皆様。

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