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RAFTができるまで。vol.13



~hama編
まわり続けるお世話係のバトン


お客様に向かう姿勢とか立ち居振る舞い、マナー。。。
荒削りながらも習得して自分のものにしていく。


それの繰り返しの毎日。
お客さんに会えること。
お客さんがまた来たよーって言ってくれること。
地元のお客さんがリピーターになってくれること。
そしてそれを一緒にやっていくメンバーがいること。
それが何よりも楽しかった。
休みも要らない!!誰よりも働きたい!!って思ってた。
だけど、
色んな怖い経験もした。


グラスをひっくり返す、アレルギー対応、予約不備の対応、セッティングの甘さ…。


「今日」を台無しにしてしまうようなことも残念ながら少なからずあって、それにしっかり向き合うこと。


目を背けたくなる自分のミスがお客さんの「今日」を変えてしまう怖さ。
やっぱり、ミスしたことは時間が経っても「後悔」という傷になって残る。
上司は「忘れない」ことが大事だと言ってくれた。


もう怖いよーと思っているところを助けてくれるスタッフがいた。


ビジバシ鍛えてくれたマネージャーが福岡に異動になったあとの暫くは記憶がない程にドタバタ働いていた。と思う。
「お前のお世話係はあの人から引き継いだ俺の義務だと思ってるから」と言ってくれたスイカ好きの上司。(全力でタメ口だったけど。笑)


そしてその人がもっとビックで外資なホテルに転職したあと、
「お前のお世話係はあの人から引き継いだ俺の義務だと思ってるから」と言ってくれたMRワゴンの上司がいた。(全力でタメ口だったけど。笑笑)
同じこと、別の上司に2回。


どんだけ世話のやけるやつなんだと思う。
ビビりだけど、強がりなわたしをうまいこと手懐けていた2人の上司。
とりあえず全部喋らせて聞く振りをしてくれていた。笑
料飲部門内での異動も多くて、現場で働くメンバーはどんどん変わっていった。


レストランのマネージャーが固定になってからは下が変わっても安定していった気がする。


東京からきた喋るのはやすぎるシェフとも沖縄の街場叩き上げの無表情のスーシェフとも上手くやるマネージャー。


そして、わたしたちのせいでたくさん嫌味も言われていたと思うけど、そんなことは気にしてないような顔で結構伸び伸びさせてもらっていた。
「この人の為にも頑張ろう」
たぶん、みんなが心の底からそう思っていた。


レストランという環境に依存しまくっていたわたしにとって、これ以上の「働く意味」は見つけられなかった。
「お客さまの今日のため」と
「この人が安心して休めるようになるため」というモチベーションは自分的に最強だった。


それはもちろん、おんなじ気持ちで働いてくれる人がいたから。
たくさん失敗もして、キッチンの人に無視されたりもした。笑
長くいればいる程、処理しないといけないめんどくさいことも増えてきた。
でもそのおかげで、対応も覚えたし、先回りも覚えた。
…正確には覚えさせられた?!笑


夏の繁忙期はオープンからクローズまでほぼ満席。。。
みんな汗だくになりながらフォローし合ってキッチンに怒られないようにする。笑


必死だった。
大量の洗い物を片付けて帰りのファミマに集合してみんなで食べるハーゲンダッツは最高に美味かった。


大量の洗い物をしたあとに夜中の2時まで話し合いをしたこともあった。
今となってはお前は何者だ?って思うけど、担当するスタッフによってお客さんの満足度が変わってはいけない!!と、みんなと腹割って話したいとか言ったりして。


全力でホールを動き回りたいのにレセプションにぶち込まれる。。。
レセプションから見えるホールは動き回ってみるホールとはまったく違っていて、今となっては「だからレセプションにいれられてたのねー」と思うけど当時は「レセプションに閉じ込められた」と思っていた笑


不器用だからまったく応えられてなかったけどマネージャーの掌で転がされ続けていた。笑


めちゃめちゃ、本を貸されたし、めちゃめちゃURLも送られてきた。
任されて失敗して怒られて…


任せて、後処理して、静かに叱って…諦めないでいてくれたんだと思う。
上手く転がされてるなーと思う時もあったけど、そこに「負」の感情はまったくなく、たぶんスタッフ全員が本気で信頼して一緒にお店を作りたいって思っていた。


頑張ればハーゲンダッツ奢ってくれるからやってやるぜぐらいなノリで本気で仕事に取り組んでいた。
1番頑張っていたあの頃。。。
色々あって、人生唯一のお酒の失敗もした。
未だに言われる。。。😢😢😢
仕方ない。


起きてる時間の大半を働く時間に充ててて、いつもほんと、後回しなのにそれを受け入れて隙間時間をゲットして楽しんでくれていた人がいた。
その人と離れることになったとき、自分でもびっくりするほど壊れた。


さらに仕事時間が作れる!もっともっと働ける!!くらいに思っていたのに、これでもかというほどボロボロになっていった。
はまがどんどん薄くなっていく…と言われた。
存在感も身体も。笑


ごはんは食べれないし、仕事はミスの連続。。。レストランで働くスタッフにも他のセクションにもめちゃめちゃ迷惑を掛けて、全部嫌になった。
たぶん、心が限界だった。


仕事しかしてなかったはずなのに。
「働きマン」の菅野美穂状態。(役名忘れた)笑
仕事してれば大丈夫!!と思っていたのにもう休みたい…絞り出すように弱音を吐いた。


「いいよ、休んでも。」
「でも、おまえみたいなのはたぶん戻って来れなくなるよ。抱えてる仕事はみんなに振っていいからサービスだけしたら?俺はそれがいいと思うけど。」
と。
「戻ってこれなくなる」
心にはバランスがあることを知った。


サービスマンのオンとオフ。
座学でも現場でもしっかり学んでいたし、なんならいつも福岡からでも見張られているような気がしていたから、ホールにたつ時間だけはちゃんとしていた。


そのときもお客さんの前ではフォローされながらも、とりあえず大丈夫だった。
笑わないといけなかったし話さないといけなかった。


「今日」を壊してはいけない気持ちだけでもホールには立つことが出来ていた。
それでも現場以外は全然ダメだった。
今となっては出して欲しくないのに集まってお酒飲むと当時の酔い潰れて始末が大変だった話を持ち出してくる性格の悪い人達がいる。笑


あれから、お酒は極力控えている。
学習している。


結局、現場に行けばライトに働ける訳もなくしっかり働いて思惑通りまた掌で転がされ続けたんだけど🤔🤔


でもあの言葉があったからあんなに迷惑を掛けてても、ちゃんと「戻ってきて欲しい人」なんだと思えたし、担当してた仕事手伝ってくれる仲間たちがいるってことを再確認できたし、食べないなら…と、あさみが作ってくれたお弁当をかわりに平らげてくれるバイトの子がいることも知れたし、頑張れないときがある自分も確認できたし、お酒にのまれる自分がいた事にも気づいた。笑


おまえのミスくらい想定内だとどんと構えた流川張りのマネージャーがいて、笑って助けてくれるメガネくんみたいな仲間たちがいて。


なんなら、そのときに笑って助けてくれた人達が今東京でのはまを支えている。


家族ぐるみの付き合いをしてくれている。
そんなこんなで、時間と人の温かさのおかげで、少しずつ元気と体重を取り戻す。


そして、こうやって支えてくれた人達に恩返しをするために強くなろうと決意する。




…ついに終盤感出てきた!!笑
次回に続く。。。

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