「職場」を見に行く 第1回(全5回)
第1回 光さす畑
いま住んでいる部屋に引っ越してからなので、まずはここ一年ほどの話になる。ある日スマートフォンでグーグルマップを見ていると、それまで行ったこともない場所に「職場」という青いピンが立っているのに気がついた。それは、どう見てもわたしの職場ではなかった。
畑。航空写真で見てもストリートビューで見ても同じ、知らない畑だった。たしかに誰かの職場かもしれないが、わたしの職場ではない。アカウントの乗っ取りだろうか。ちがう。ただの誤操作だった。
しばらく、知らない畑の姿を見ていた。
しだいに「畑、ちょっと狭いな~」とか「畑、いつごろの写真なのかな~」とか、畑寄りの思考が頭をめぐりだしたので、あわてて、いやこんなこと考える必要ね~~と、首を振って考えを打ち消した。
わたしは、自分に無関係な場所のことをいつまでもだらだら考え続けられるほどタフではない。なんのゆかりもない、行ったこともない畑について、考えることなどなにもない。もし仮に畑がほんとうの職場だったとしてさえ、オフの日に職場のことを考える必要は無いと思った。
それきり「職場」のことは考えなくなった。
展開はたまたま起きた
ことし(2022年)のGW。埼玉県霞ヶ関にある古本屋「つまずく本屋ホォル」に向かいながら、スマートフォンでグーグルマップを見ていた。
「ホォル」に行くのはその日が初めてだった。ぜったいに行かねばならない理由もなく、ただただ、行きたい!という気持ちだけで、埼玉県川越市霞ヶ関に向かっていた。
電車に揺られながら、スマートフォンで、いま自分のいる付近を拡大したり縮小したりしてぼんやり過ごす。と、画面の端に青いピンがちらちら見え隠れしているのに気づいた。あれ、これって………
やっぱりそうだ、「職場」だ!
いや、実際はもっと、へえ、このへんか~的な、薄味なさばきだった。だからこそ、薄味だったからこそ、それに続く自分の思考に驚いたのだ。
「せっかくだし、行ってみようかな」
ん、なにが「せっかく」なんだ? 何度も繰り返すが、「職場」はわたしの職場ではない。そこに行かねばならない理由はなにひとつなかった。しかもそろそろ日も暮れそうだった。そうか。日が暮れるんだったら、もう仕方がない。帰ろう。
そして、別日に行こう。
もう驚かなかった。行きはするのだ。自分がいまからなにをしようとしているのか、自分でもわからなかった。いや、自分に縁もゆかりもない畑に行こうとしているのだ。それはわかる。わかるが………
なぜ?
そう、なぜ自分はそんなことをするのかがわからなかった。冗談のつもりであれば、誰も見ていない冗談、どこにも向かおうとしていない冗談である。そんなものに存在意義があるのだろうか。
天気がいい日だった。
だから、これは冗談ではないと思った。
悟った、と言うとおおげさだが、「これは冗談ではない」ことだけがはっきりしていて、残りはぜんぶ幻なのだと思った。ああ、しょせんこの世はぜんぶ幻なんだよ。ま・ぼ・ろ・し………
ゴールデンウィークは、コロナ禍の各種制限が緩められたこともあってどこもにぎやかで、誰もがふわふわと機嫌良さそうに過ごしていた。バカがふらふら歩いていても許される雰囲気が、すくなくともまだ数日のうちは続きそうに思えた。
翌々日、わたしは「職場」を見に行った。
(第2回 職場を革命する者 につづく)
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