昼の終わりと檻の中

 午後の最後の授業は、国語だった。
 教師は、なぜこの文章のこの部分でこの接続詞を使ったかについて延々と語っている。正直僕は、疲れていた。脳細胞のネットワークに無駄な電気信号があふれかえって、それが網膜に投影されて、本当に火花が見えているような気がした。
 これ以上、授業を聴いても無駄だった。脳の中にあふれかえる電気信号は、やがて一つの声に変わった。
「窓の外を見よ」
 それは、荘厳な天使の声のようだった。僕は、窓の外を見た。
 太陽が、西の山間にゆっくりと隠れつつあった。その動きは、ゆっくりの様でもあったが、しかし確実だった。
 雲は、その小さな水滴の一つ一つが、内部に赤い光を包み込んでそれを集約し、自らを誇示している。
 僕が、窓の外を眺めているのに気がついた、隣の席の女子も、ガラスの向こう側の風景を見た。そして、目をそらすことが出来なくなった。今度はそれにつられて、後ろの席の男子も、外を見る。
 一人、また一人と、窓枠で区切られた、外の世界を見つめた。
 太陽は、もう半分、山にしずんでいる。不思議なことに、太陽の周囲が波のように揺れている。そう感じているのは、僕だけなのか、それとも、皆なのか。
 気がつくと、クラスの全員が窓の外を見ていた。生徒が自分の授業を聴いていないと知った教師も、とがめ立ても出来ず、夕日を見つめていた。
 最後の瞬間、太陽の叫び声が世界を満たした。それは、人間全員の叫び声よりもずっと巨大で、しかし空気を揺るがすことのない静寂の叫びだった。太陽の頭は一瞬緑色に光り、そして見えなくなった。
 空は、暗い青におおわれ始めた。夜の空気が、教室を冷やす。
 学校という忌まわしい場所で、僕の行動が、これほど多くの生徒に影響を与えたのは、初めてだった。
 夕日が美しかったから。だが、それに気がついたのは僕だ。なんだかそれが、誇らしくなってしまった。

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