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#42 過剰な振り返り症状を見直し、本筋の学びに生かす 23/1/7

みなさん、こんにちは。
振り返りが人事的な流行り症候群になっているのでは?問題を考えてみます。

振り返り行為の仕事場面は多数あります。
業績予算と実績の半期・四半期などのPDCA、営業提案やコンペのロスレビュー、年度・半期のMBOパフォーマンスレビュー、ヒヤリハットやミス発生時のプロセス見直し、1日のタスク計画とアクション実行のギャップ。
ビジネスシーンでは、行動結果や計画と実績の振り返り、を行う仕組みが至るところに用意されています。

わたしは、振り返る、個人でいえば内省する、これ自体は基本的に賛成どころか、積極推奨のポジションです。
しかし、この振り返り行為の流行に、少し違和感を覚える場面が増えたように感じます。

まず、大きなスコープの違和感を取り上げます。それはPDCAサイクルを前提にした仕事や仕事の仕方が、フィットしない場面が増えたのではないか、です。

たとえば、業績予算計画です。年度予算を策定するために、数ヵ月前から事業責任者や部門長、企画スタッフあたりが相当な時間と労力を費やします。
計画策定には多数の変数があります。
人事に関する変数も複数にわたります。
採用数/採用費・単価、退職や休職、賃上げに伴うベア・定期昇給率と総額人件費、直接部門従業員の売上チャージの稼働率や労務費、間接部門の人件費、狭義の労働時間生産性、従業員あたりの売上や粗利の生産性などです。
これらを見通して計画を策定すること自体は避けられませんし、重要であることも異論はありません。

しかしながら、内部環境、外部環境の変化によって予算計画の前提仮説が変わることが、少し前の時代より頻繁に発生するようになった実感です。たとえば、内部ではM&Aや事業再編が差し込まれたり、営業見通しによる採用の停止や人件費の抑制、外部では顧客内の戦略や体制の方針転換、こうした変化が速く、頻繁です。

ですから、これだけ前提条件に変化が多い状況下で、予実差のギャップ分析を行い、とても真面目に振り返ることは、過剰な説明責任を果たそうとしている行為に同義であり生産的でないように感じます。

要するに、PDCAが有効だった経営・事業運営が大きく変化している中、過剰な振り返りになっていないか、それが違和感の正体だと考えます。
念のためですが、0か100か、ではありません。

次に、人事的な、個人の成長視点に使う振り返りの違和感を考察してみます。
日々の仕事における発言・行動、あるいはMBOの一定期間における活動成果を振り返る場面です。
前者を例に、実際に人事のわたしに相談の声を取り上げてみます。

日々の仕事場面では、典型的には、ミスや失敗、不適切な言動をしてしまった際に、振り返りがなされたり、求められます。
たとえば、同僚がミスをしてしまい、それを責めてしまったとしましょう。
本来は、ミスが生まれやすい業務手順になっていないか、マニュアルは正しいか、など業務プロセスやチームの業務遂行のエコシステムに焦点があたり、今に合った形で機能しているか、セルフチェックが回ることです。そして、必要なら対策やプロセスの変更がなされる、これが振り返りのベターな結果です。
一方、同僚のミスを責めてしまった従業員は、たとえば、同僚は「教えたことを守ってないから、何回も同じミスをしていた。だから感情的になってしまった。が、それでは伝わらないとも反省した」と振り返りをされました。上長も、このような感情コントロールや、人間的な心の成熟面の振り返りを暗示している節があったのではないでしょうか。同調圧力が働いているかもしれません。

これが流行りの、振り返り、に見られる偏った傾向です。さらにこれが悪く作用すると、当事者も上長も相手が期待していることを想像して、話を合わせてきます。
すると振り返りは、半ば予定調和の既定路線、アリバイづくりのように用いられる結果になってしまうケースが散見されます。振り返りしたよねと、お互いにやった感、を生んでしまい、次に活きる糧にはなりません。
これが、振り返りの違和感の2つめです。

改めて、振り返り症候群の違和感を覚える点です。
・経営環境と事業運営がPDCA型から変容している。そのため、計画との差分を振り返る方法論が成立しなくなり始めている。
・振り返りの多用が同調圧力に変わり、学びに活かすのではなく、予定調和が増えている。

これが振り返り症候群の症状です。
何ごとも万能ではありません。
過剰摂取が引き起こす副作用を考慮して、適切に処方したいですね。

みなさんの組織はいかがでしょうか。
それでは、また。

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