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ラブホの正社員11日目

男女が形成する関係性は様々だ。例えば夫婦、カップル、友達、セフレ。挙げていけばまだまだ名前のつく関係性も、そうでない関係性もあるだろう。僕はラブホテルの従業員なので、性愛を伴う関係性の男女を目にする機会が人より多い。もちろん部屋で何をしているかなんて知るよしもないので本当にそういった関係性なのかはわからないが、文春記者であれば男女が一緒にラブホテルに入っただけであれやこれや書かれるだろうからこれは偏見ではないと思っている。僕は文春記者ではないからあまりそこに興味がなく、客の関係性なんかに思いを馳せることはないけれど、他人のそれが気になる人は案外多いようだ。かく言う僕も、一度だけ心底気になった客がいた。ラブホに勤めて少し経った頃の客だったのだが、不思議だったので結構鮮明に覚えている。今日はそんな客の話だ。

多少仕事にも慣れて職場でコーラを飲めるようになった頃だ。僕が入社した頃から毎日くるので、フロント部隊に不審に思われていたカップルがいた。特に変わった様子もないし、使用後の部屋もなんの問題もない。だがとにかく毎日来る。見た目は仲睦まじい大学生同士だし、毎日定刻にきっちりくるので金銭面やスケジュールの点でとてもハッキリとした違和感があるのだ。彼らはこの日もキッチリと定刻にきて、帰っていった。それから数時間後のことだ。いつも来るカップルの片割れの女性だけが来店した。あろうことか別の男とだ。相手の顔はよくわからなかったが、同じような大学生っぽい服装をしていた。そこで僕の思考は一度止まった。

このままでは寝覚めが悪い。寝る前に思考してみることにした。その中で考えうる限りの一番愉快なエンドを探してみる。僕はそういうどうしようもない妄想が好きなのだ。彼女が大学の男に寝取られたとか、酒の勢いで浮気したみたいなくだらないものではなく、もう少し深く踏み入ったくだらない妄想だ。

そうだな。彼の名前はジュン、大学2年生の男だ。数日前にひょんなことから5000万を手にし、とりあえずバイト先のモスバーガーを辞めることにした。だが、急に5000万もらっても使い道に困ってしまう。そこで今までバイト漬けで時間が作れず、なかなか遊べなかった彼女のアケミを誘ってとりあえずラブホテルに行くことにした。それが3月初旬のことだ。それから金にモノを言わせて、やることがないからとアケミを毎日ホテルに連れ込んだ。その際には必ず一番日が高い15時に合わせてチェックインした。たいした意味はない。女性は紫外線が大敵だろうという彼なりの気遣いなのかもしれない。彼は彼女を抱くとお金を渡すが、一緒に買い物などには行かない、なんとなく金ヅルになってしまったのを実感してしまうから。懐が暖まっても心が寂しい男なのだ。アケミを抱いている瞬間だけ生を実感できる、彼唯一の生き甲斐を叶えるために、その日もホテルでことを終え、駅まで彼女を送って帰路についた。

アケミは立ち去るジュンを見送ったあと、改札を通り抜けることなく商店街の近くにあるサンマルクカフェの前に向かった。その軽い足取りとは裏腹に、今までホテルに行くたびジュンから貰っていた1万円札の束を握りしめていた。サンマルクカフェに到着すると、そこには男が立っている。彼はそうだな、カズキにしよう。カズキは駅前のダーツバーで働く男前だ。レッドブルウォッカと女子大生を主食に生きているらしい。泣かせた女は数知れず、そんな男だ。会うなりすぐ、自然な動作でアケミの肩を抱きホテルに向かう。これはある種の枕営業、本命の主食と遊ぶ金が欲しかったからだ。お金がないと漏らしておいたから、あとでお金を無心するためにとりあえず抱いておくか。そんな思考で彼は抱きたくもない女、アケミを引き連れホテルに向かう。

アケミはアケミで、ジュンがモスバーガーでのバイトに勤しんでいる間に彼への愛を無くしたこと、それがモスバーガーバイト狂いの彼が自分のことを寂しくさせたせいだと正当化して今抱かれたい男筆頭のカズキとホテルに向かう。お金もたくさん持ってきたし、ひとまずこれを小出しにして数ヶ月カズキを独占したあと、またしばらくジュンに抱かれてお金を貰えばいいかなと思考している。

そうして彼らはいつも行くホテルに向かう。この辺りにはホテルがひとつしかないから、お互いに勝手知ったる庭のようなものだ。アケミがフロントに金を渡し、ふたりで505号室に向かった。

それをそっと尾行していた影の薄い男がいた。ジュンである。彼は怒りに震えた。震えた手でスマホを取り出し、LINEを開く。トーク画面の背景画像は、愛していた女のアケミが大口でコーヒーゼリーを食べているお気に入りの画像である。感情の混同で重くなった指でアケミにLINEを送る。

「またお金が手に入った。今夜使いきれないお金を渡すから家に取りにきてほしい。」

その夜、彼の家で何が起きるかは皆さんが想像してほしい。僕には恐ろしくてできないから。

甘いもの食べさせてもらってます!