見出し画像

ラブホの正社員9日目

ラブホテルは施設によって防音設備の程度が違う。そのため最中の喘ぎ声など様々な声が廊下に響くことがある。特に都市部にある建坪が狭めなラブホを使ったことのある方は、全く知らない他人の喘ぎ声を耳にして赤面したことがあるのではないだろうか。僕は最近「ワンって鳴けよおい!!」という声を業務中に聞いてからずっと憂鬱な気持ちである。やはり特殊な性癖のことはなかなか理解できそうにない。1998年にオギャアと生まれ、4月4日に23歳になった、そろそろ僕も赤ちゃんヅラしていないで普通の殻を破る時なのかもしれない。それでも好きな女にワンと鳴かせる行為には抵抗があるけれど。できればニャンがいいな、僕は猫派なのだ。まあそんなことはさておきだ、僕の勤務するラブホテルも例外ではなく部屋の声は聞きたくなくても聞こえてしまう。部屋から聞こえた声と惨状が今日の内容だ。

呻き声が聞こえる。いや違うな、叫び声だ。野太い声で「うぉ!!うぉ!!うおおおおおおん!!!」という具合にだ。1人で部屋に入っていった男性だし、流石に近隣の部屋からのクレームになりかねないので部屋をノックしに行った。だが返事はない。めげずに5分間の間、何度もノックしたが返答はなく、代わりに雄叫びが聞こえる。心配になってきた。フロントからかなり酒を持ってきていたと聞いていたし、何かの間違いで部屋に連れ込まれて僕のアナルバージンを奪われでもしたら今後の人生に関わる。今日のところはベテランに任せよう。そう思って扉に背を向けて控え室に帰ろうとした時、背後から息切れと共に「なんですか?」という声が聞こえた。いかにも酔っ払った大柄な中年男性だ。その背後からはテレビのAV専門チャンネルが奏でる喘ぎ声もセットで聞こえてきた。声質からして多分人妻モノだろう。AVについて語り合いたかったが、クレームになるのが怖かったので声が響いている事で他のお客様の迷惑になるためやめてほしいと伝えると、にっこりして「すまままません!!!」とか言って部屋に戻っていった。新人としてとても大きな役割を果たしたと名誉な気持ちになり、ドヤ顔をして監視カメラを見ていた次の瞬間だった。再び聞こえる雄叫び、僕は激怒した。怒れる僕の心の中、沸点を超えて滾った血液はバウンスした心臓から末端の指先へ行き渡り、僕の手を小刻みに震わせた。その手で再度、ドアをノックするが先程のような応答はない。諦めて控え室に引き返した。フロント部隊に事態を伝えて様子を見たが、やはり3件ほど廊下から男の声が聞こえるだとか、集中できないというような問い合わせやクレームが来た。遺憾であった。

その数日後のことである。僕らのホテルのGoogleレビューは男の叫び声が聞こえるというレビューが書き込まれ、☆3.5から☆2.4まで落ちてしまった。

社長は激怒した。防犯カメラから男の顔と会員番号を控え、出禁にする処置をとった。男はスタッフの間で「森のクマさん」と呼ばれ、2度とホテルのフロントを通過できなくなった。彼に真理の扉はもう開かない。

甘いもの食べさせてもらってます!