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ヤギ

僕は高校生の頃から数年間メガホームセンターという区分のホームセンターで働いていた。「メガ」は敷地面積が関係するらしいのだが詳しくは知らない。メガという言葉に恥じない大きなホームセンターであった。工作室など変わった設備もあった。その大きな建物の一角に設置されたペットコーナーでも一風変わった鳥や爬虫類など様々な動物が扱われていたが、その中でも一際異質な雰囲気を醸し出していた動物がいた。ヤギ、もう少し詳細に書くと「ミニヤギ」である。

ある土曜日の昼下がり、ヤギが脱走した。

ヤギは脱獄の喜びを噛み締めるが如く売り場を全力疾走し、買い物客の間をするするとすり抜けた。はじめはイベントか何かだと思って和やかに見ていた客も、店内放送や店員の困惑する様子を見て、段々とそれが脱走であり大変な事態だと理解し始めたらしい。週末DIYに忙しそうな客の何人かと店員5人でヤギを壁際に追い込もうとするもヤギも馬鹿ではない。ヤギは壁際に行かないように僕らを逆に誘導し、狭い通路や棚の間のスペースを駆使して僕らを攪乱した。

結局そんな攻防戦で僕らもヤギも疲弊し、全員が息を切らしながら捕獲作戦を続けたが、ヤギは一連のやり取りですっかり怯えてしまい、棚の隙間から出てこなくなってしまった。状況は硬直を続け、時刻はあっという間に16時。退勤しなければならないスタッフにも残業を頼み、新たに出勤したアルバイトを全員ヤギ捕獲作戦に投入した。店長が若さや運動神経を考えながら、数人ずつ棚をどけるグループとヤギを捕まえるグループに分けて作戦を仕切り直す。

そんな突貫工事的に編成されたヤギ捕獲グループには、僕と同じ高校に通う相撲部の山本がいた。彼は正式には選手ではなく相撲部のマネージャーだが、部員に帯同し、白米を食べて過酷な筋トレや稽古に付き合っていたら部員よりも強くなってしまったというとんでもない逸材だった。彼に全てを託すしかないとその場の誰もが考え、下のようなフォーメーションを組んだ。

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山本 and mob

2人ずつで左右の棚を動かし1人分のスペースあけて、そこを4人で塞ぐ。相撲部の山本が行き場をなくしたヤギを掴んで手元のケースに入れるという作戦だ。オチからいうと、この作戦はあっさり成功した。山本は棚の間の隙間が空いた瞬間に、臆することなく身体ごとヤギにぶつかっていった。腕に触れたヤギを間髪入れず片腕に抱き、ケースに押し込んだ。決まり手は押し出しならぬ押し込みである。あっぱれ山本、君が今日のMVPだ、横綱誕生、まさしくヒーローであった。

だが、ヤギを捕まえてすぐに問題は起きた。ヤギが異様に山本に懐いてしまったのである。脱走から数日間、ケージ越しに山本を目で追っては泣いたり外に出たそうにしていた。ヤギは売り物だから当然そんな状態では販売できない。山本は次のバイト代を全て払ってヤギを購入した。10万円ぐらいだっただろうか、店長から4万円の援助があったそうだが6万円は高校生には大金である。

それほどに大きな絆だったのだろうか、山本に理由をきいてみると「除草のため」と話していた。しかしヤギ単体では思うように草を食べないことを山本も知っているはずだ。照れ隠しだろう。実際に山本は、除草とは関係のない敷地でほぼ毎日楽しそうにヤギを散歩させていた。彼らはあの事件を発端に出会い、友情を深いものにしていったのだ。

それから6年ほど経ち、久しぶりに山本に連絡してみた。彼は地元の工場で働きながらヤギと暮らしているらしい。ヤギにいちごちゃんという似合わない名前をつけて、あの頃よりいくらか大きく成長したいちごちゃんを今でも毎日散歩している。彼らの友情は永遠に続くことだろう。心が暖かくなった。

いつか僕にも永遠の友情や愛情を捧げることのできる対象が現れるのだろうか。読んでくれているあなたの元にはもう現れているだろうか。いい出会いがあることを祈る。僕にも、そしてあなたにも。

甘いもの食べさせてもらってます!