法月綸太郎『反リアリズムの揺籃期【1975〜1987】』『老いぼれる前にくたばりたい』要約

 ここ最近、国内推理小説の復刻が流行しています。
 法月綸太郎の『反リアリズムの揺籃期【1975〜1987】』(所収『法月綸太郎ミステリー塾 日本編 名探偵はなぜ時代から逃れられないのか』)は、「新本格」以前の国内推理小説の通史的な批評です。
 批評ではあるものの、法月綸太郎の好悪賛否を反映しているのが特徴的です。つまり、谷間世代の国内推理小説を渉猟するとき参考になります。
 国内推理小説のリバイバルブームにつき、役立つでしょうから要約します。
 なお、『老いぼれる前にくたばりたい』(同所収)も「新本格」に関する通史的な批評ですので、併せて要約します。

 なお、『名探偵はなぜ時代から逃れられないのか』は、島田荘司論の怪文書として名高い『挑発する皮膚』を収録しています。
 島田荘司と赤瀬川原平の比較は、率直に言って、有名な赤瀬川原平のニセ紙幣からの安直な発想でしょう。
 また、「皮膚」概念による作品論も、「皮膚」概念の定義が「表面的」と〈物質的〉の意味の「肌ざわり」とで二重であるため、曖昧模糊としています。
 ただし、『反リアリズムの揺籃期【1975〜1987】』を読むと、法月綸太郎が島田荘司を重視していることが分かります。
 『挑発する皮膚』は後半において、島田荘司の後期作の社会的視点と長大化を批判しています。
 おそらく「皮膚」概念は、表面的と物質的の中間である、心理的、社会的なものを否定するために案出されたのでしょう。赤瀬川原平の引用も、ナンセンスなものの偏重によるでしょう。『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』と『嘘でもいいから殺人事件』をユーモア小説として称揚していることは、その傍証になります。
 『挑発する皮膚』は島田荘司論としては不十分ですが、逆照射により、法月綸太郎論としては十分かもしれません。

○1975年:ディスカバー・探偵小説

・60年代以来の社会派への反動。
・「横溝正史」ブーム。
・名探偵モノが百出。

1975年

・『幻影城』創刊
…「幻影城新人賞」の募集開始(泡坂妻夫、連城三紀彦、栗本薫、竹本健治の門戸)。

・鮎川哲也編『下り「はつかり」』
・渡辺剣次編『13の密室』

・都筑道夫『黄色い部屋はいかに改装されたか?』
…「名探偵復活論」

・都筑道夫『退職刑事』
・仁木悦子『青じろい季節』
・山田風太郎『警視庁草紙』
…明治物開始。
・日下圭介『蝶たちは今…』

1976年

・辻真先『盗作・高校殺人事件』
・赤川次郎『幽霊列車』
…〈永井夕子〉シリーズ開始。
・戸板康二『グリーン車の子供』
…〈中村雅楽〉シリーズ。推理作家協会賞。
・泡坂妻夫『DL2号機事件』
…〈亜愛一郎〉シリーズ開始。
・泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』

1977年

・佐々木丸美『崖の館』
・赤川次郎『マリオネットの罠』
・大岡昇平『事件』
・小林信彦『神野推理氏の華麗な冒険』
…〈神野推理〉シリーズ開始。
・梶龍雄『透明な季節』
・藤本泉『時をきざむ潮』
・泡坂妻夫『乱れからくり』

○1978年:「ぼくら」の時代

・栗本薫『ぼくらの時代』、竹本健治『匣の中の失楽』とも、作者と等身大の学生を主人公にした青春ミステリ。
・泡坂妻夫と連城三紀彦が傑作群を発表。

1978年

・赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』
・泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』
・泡坂妻夫『湖底のまつり』
・筒井康隆『富豪刑事』
・竹本健治『匣の中の失楽』
…デビュー。
・栗本薫『ぼくらの時代』
…江戸川乱歩賞。
・天藤真『大誘拐』
・横溝正史『病院坂の首縊りの家』

1979年

・『幻影城』休刊

・山田風太郎『明治断頭台』
・連城三紀彦『暗色コメディ』
・笠井潔『バイバイ、エンジェル』
…デビュー。
・鮎川哲也『朱の絶筆』
・戸松淳矩『名探偵は千秋楽に謎を解く』
・皆川博子『花の旅 夜の旅』

1980年

・栗本薫『絃の聖域』
・内田康夫『死者の木霊』
・井沢元彦『猿丸幻視行』
…江戸川乱歩賞。
・連城三紀彦『戻り川心中』
・土屋隆夫『盲目の鴉』
・中町信『高校野球殺人事件(空白の殺意)』

○1981年:島田荘司、降臨

・島田荘司がデビュー。本格ルネッサンス。「新本格」が胚胎。

1981年

・逢坂剛『裏切りの日々』
・竹本健治『将棋殺人事件』
・辻真先『アリスの国の殺人』
・天藤真『遠きに目ありて』
・連城三紀彦『変調二人羽織』
・笠井潔『サマー・アポカリプス』
・栗本薫『鬼面の研究』
・島田荘司『占星術殺人事件』

1982年

・紀田順一郎『幻書辞典』
・岡嶋二人『焦茶色のパステル』
・島田荘司『斜め屋敷の犯罪』

1983年

・橋本治『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』
・笠井潔『薔薇の女』
・連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』
・泡坂妻夫『幼女のねむり』
・高橋克彦『写楽殺人事件』
…江戸川乱歩賞。
・岡嶋二人『あした天気にしておくれ』
・荒巻義雄『カストロバルバ』

○1984年:冬きたりなば

・島田荘司がノベルスに参入。
・赤川次郎が量産体制を開始。
・栗本薫が伝奇SFに転向。
・竹本健治がミステリから移行。
・泡坂妻夫〈亜愛一郎〉シリーズ完結。
・笠井潔〈矢吹駆〉シリーズ休止。
・連城三紀彦が『恋文』で直木賞。ただし同年、『私という名の変奏曲』発表。

・冒険小説ブーム。トラベルミステリー・ブーム。
・「本格冬の時代」は社会派最盛期の60-80年代と、ポスト「幻影城」の80年代半ばの二重の意味合いがある。
・「本格一筋五十年」の鮎川哲也が神格化。
・高橋克彦、東野圭吾、山崎洋子らが新風。
・江戸川乱歩賞が社会派から路線変更。

1984年

・連城三紀彦『私という名の変奏曲』
・島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』
・皆川博子『壁』

1985年

・島田荘司『北の夕鶴2/3の殺人』
・平石貴樹『だれもがポオを愛していた』
・岡嶋二人『チョコレートゲーム』
・泡坂妻夫『死者の輪舞』
・東野圭吾『放課後』
…江戸川乱歩賞。

1986年

・逢坂剛『百舌の叫ぶ夜』
・島田荘司『火刑都市』
・東野圭吾『卒業』
・山崎洋子『花園の迷宮』
…江戸川乱歩賞。
・高橋克彦『北斎殺人事件』

○ふたたび、「昭和」と「西暦」の間で

・海外では1980年にウンベルト・エーコ『薔薇の名前』が流行。
・ポストモダン小説のミステリは、「新本格」の登場まで、平石貴樹『だれもがポオを愛していた』のみを例外とする。
・この時期的な差は本格ルネッサンスの存在による。
・「新本格」の立役者は「新人類」から「オタク」へ。

○老いぼれる前にくたばりたい

・「新本格」レッテルの作家3派
①綾辻行人
②1988年、89年デビュー組
…新本格バッシング直撃世代
③1990年代デビュー組
…とくに山口雅也と北村薫は超然。

1992年

・綾辻行人が『時計館の殺人』で推理作家協会賞。「新本格」は体制化。
・笠井潔『哲学者の密室』
…「新本格」のローン・ウルフ。

・1988年、89年デビュー組の諸作は新本格バッシングを受け、捻転。

・歌野晶午『さらわれたい女』
・有栖川有栖『双頭の悪魔』
・法月綸太郎『ふたたび赤い悪夢』
・我孫子武丸『殺戮にいたる病』

・綾辻行人『黒猫館の殺人』
…屈託がない。

・二階堂黎人『吸血の家』
…1990年代デビュー組で、やはり屈託がない。


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