【兎角が紡ぐ】神社って不思議な空気が流れていると思うんだよね【徒然文筆家】

 住宅と取って付けたような公園ばかりで、他に何も無い道を真っ直ぐ行くと、天を仰ぐような長い石段が見えてくる。
 特に意味は無いのだけれども、一歩一歩踏みしめるように登り、やがて鳥居が視界に入った。
 その場で後ろを振り向けば、何も無いはずの街は紅葉に染まり、まるで絵画か何かのような姿を見せる。
 暫くいつもと違う街並みに魅入った後、首を前に戻し、深呼吸してから鳥居を潜った。途端に空気が凛と澄み渡り、背筋が伸びる。鳥居を潜るまでは聴こえていた生活音の類が遮断され、風に木の葉が揺れる音だけが響き渡る。
 すぅ、と深呼吸をした。スピリチュアルな何かを特段信じているわけではないが、それでも何処か、異界の空気が漂うように思えた。
「今時珍しいね、お兄さん。此処に入って来られるだなんて」
 だから、不意にそう言葉を投げ掛けられて、一瞬固まってしまった。
「……こんにちは?」
 それでも、挨拶をされたからには返さねば、と言葉を搔き集め、疑問形で締める。
「えへへ、もしかして驚いちゃった?」
「はぁ……」
 子どものような幼い語調で、その存在はコロコロと笑声を上げた。
「ごめんごめん。誰かに会うなんてここ数十年、縁の無いことだったからつい、ね」
 その声は前方からも、後方からも、左右からも、周囲を舞い踊るように位置を変え、木霊するように辺りに響き渡り。
「こっちだよ、お兄さん」
 その声が、拝殿の方から聴こえた。視線を向けると、白の単衣に白袴、手には祭具のような物を持った少年らしき姿が手を振っていた。足が自然に彼の下へと導かれるような不思議な感覚に襲われる。
「人が来る前に、ね」
 相変わらずコロコロと笑声を溢しながら少年は言う。その言葉の通り、程なくして俺は賽銭箱の裏側、彼の下へ歩み寄った。
「ほらね」
 何が「ほらね」なのかわかないまま、少年が指差した方を見る。そこには参拝に来たと思しき人の姿がちょうど鳥居を潜るところだった。しかし、何事もなく拝殿にお賽銭を投げ、鐘を鳴らし、すぐに踵を返してしまう。こちらを一瞥すらせず、普段見かけないはずの少年に気付く様子もなく。
「離れたままだと、お兄さんは虚空に向かって独り言を呟く怪しい人になっちゃうんだから」
 その声は指向性を持って、背中を向けた人物に投げ掛けられる。それでもやはり、その人物がこちらに気付く様子は無い。その様子を呆けたように眺める。
 俺は一体何をしているのだろう?と一抹の疑問を抱きながら。
「改めて、こんにちは、お兄さん」
 少年は何を気にするでもなく、会話を続ける。
「あぁ、うん…君は……?」
 どういう状況なのか理解が追い付かず、ツマラナイ返答をしてしまった。
「『なまえ』。…『なまえ』?『なまえ』ってなんだっけ……?」
 その返答に、気付けば今にも触れ合いそうな距離まで詰めていた少年が困惑した様子でそう呟き、
「あぁ、『名前』か!すっかり忘れてた…。名前、名前かぁ……」
 一人で得心したとばかりに頷き、再度首を捻る。
「うーん…オトギリ。これでいっか。うん、それじゃあボクはオトギリ。お兄さんのことはなんて呼べば良い?」
 何がどう「これでいっか」なのかわからないまま、質問に返答することにした。
「え、と…俺は霧雨。霧雨兎角」
「ふぅん、変わった名前だね」
「よく言われる」
 理解が追い付かぬまま、それなのにいつの間にか、この空間が自然に思えてくる。目の前の異質にこれといったリアクションをとれぬまま、自然体で言葉が紡がれた。
「さっきの人は君に気付かなかったみたいだけど、どういう仕組み?」
「んー、なんて説明すれば良いんだろ。ボクにもよくわからないんだよね」
「ふぅん…不思議だな」
「そ、不思議な話。ほとんどの人はボクの存在を感じ取ることすら出来ないみたいなんだよね」
「それは……」
 少年はなんてことないといった様子で説明するが、それはとても。
「それはとても、寂しいな」
「えっ?」
 思ったことがそのまま言葉になった。しかし、少年はキョトンとしてしまう。
「『さびしい』って何?」
「……?」
 その返しに、今度はこちらがキョトンとしてしまう。
「えっと、『寂しい』だよね。寂しい…寂しいかぁ」
 辞書を引くように、棒読みの単語が意味を持つ。
「忘れちゃった」
 少し照れた様子で、少年は短く告げた。
「寂しいがどんな感情だったかは上手く思い出せないんだけど、今こうしてお兄さんと話せるのは嬉しいよ」
 今度は少し、はにかむように。
「そうか。なら、また来るよ」
「うん、待ってる」
 それが俺たちの出会いだった。

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