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[短編小説]霊力を貯め現世に化けよう / 霊界クエストのご案内

「ここはどこだろう。」

ぼんやりとあたりを見渡すと、ここは花畑のほとりだ。ゆるやかに流れる小さな川の側に僕は立っている。河原はない。水が花畑のギリギリまで流れているような小川だった。北海道で見たような景色だなと考えていると、突然背後から声を掛けられた。

「お疲れ様です。さぁ、こちらへどうぞ。」

ギョッとして振り向くと、そこには笑みを浮かべた老婆が立っていた。まるで日本昔ばなしに出てくるお婆さんといった感じだ。老婆はとても身長が低い。120cmくらいだろうか。背の低いおばあさんは珍しくないが、さすがにこの小ささは異様だ。

「お疲れでしょう。さぁこちらへ。」

僕の座るスペースを空けながら、まず老婆が先に地面に敷いたござに座った。ずっと昔から敷いてあるようでもあり、たった今敷いたようにも見える不思議なござだ。お店から買ってきたばかりのような綺麗さなのに、ここにしか置くべき場所がないほど景色に馴染んでいた。

僕はうながされるままにござに座った。

「最近はいらっしゃる方も少なくなりましてね。あなた様はずいぶん久しぶりのお客様です。お体の調子はどうですか。」

僕は自分の手足をさわり体をなでてみる。特におかしなところはないようだ。

いや、おかしい。

僕の体が普通のはずはないのだ。僕はガンだった。やせ細って変色しているはずの僕の手足は健康な頃のままにツヤツヤして見える。手術痕が目立っていたはずの腹もきれいになっている。まるでみんなと楽しくプールで遊んでいたあの夏の頃のような体だ。

「さぞ無念でしたでしょう。あなた様のように学業の才能があり、容姿にも恵まれた方なら現世で大いに活躍できたはずでしょう。それがこれほど若くしてお亡くなりになるとは。」

僕は、死んだのか。

突然すべての記憶が蘇る。猛烈な痛み。ぼやける視界。何かを叫ぶ周囲の人々。そして暗闇。

享年23歳。

「それでは、ご説明させていただきます。よろしいですか。」

こうして老婆は奇妙な説明を始めた。

++++

「あなた様は幽霊を信じていらっしゃるようですね。ありがとうございます。最近では信心深い人もすっかり減り、幽霊を信じてくださる方もいなくなってしまいました。あなた様のようにこの花畑にいらっしゃる方は、心の中では幽霊やあの世というものを信じてくださっている方々なのです。」

僕は確かに幽霊を信じている。しかし、心の底から信じているわけでもない。幽霊がいたら怖いな、あの世はあるかもしれないくらいなものだ。そんな僕を見透かしたように老婆は続けた。

「いえね、昔からそんなものでした。そりゃあ、昔のほうが強く信じてくださる人が多くいました。一方で、ユウレイやあの世を疑っている人もそれなりにいました。それでも、多くの人の心の中に"幽霊という存在を意識してくれる場所"があったのです。」

ふむ。確かにそうかもしれない。信じる人も信じない人も、生活の中で話題に出す程度には幽霊に関心があったという気もする。

「昔はいい時代でした。昔に比べると最近は幽霊の話題が少ないと思いませんか。えぇ、そうなんです。実際に幽霊は減っています。現世に化けて戻れる方は少なくなってしまいました。」

幽霊が減っている?そんなことがあるのだろうか。そういえば、地球ではこれまで数え切れないほどの人が死んでいるはずなのに、幽霊で埋め尽くされていないことがおかしい。だから幽霊はいない、なんて説もあったな。

「幽霊は実体がありません。ですので、いや、だからこそ、生きている方から助けてもらう必要があるのです。例えばそこには草があり、花が咲いておりますね。」

老婆は1mほど先に咲く黄色い花に視線を向けた。

「あの花が怖いですか。」

どういうことだろう。

「いえ、怖くはないですね。」

僕は戸惑いながらも正直に答えた。

老婆はゆっくりとうなずき、我が意を得たりと続けた。

「そうでしょうとも。草が襲いかかってきたり、花が化けて出るということを考える方は少ないのです。だから植物は化けてでることが出来ません。だけど動物は違います。悪いことをしてしまったな。あの動物はどう思うだろうか。こうして人に想われることにより、動物は現世へ化けて出る道が開かれやすいのです。」

なるほど。幽霊を信じるという意味がわかってきたぞ。

「ですから、あなた様も現世に戻るチャンスがございます。亡くなっておりますので生きて帰るというわけにはきませんが、化けて出ることはできるかもしれません。ご興味はございますか。」

化けて出るということはやはり悪霊になるのだろうか。たけど化けて出ることに興味はある。当然だ。

「幸いにもあなた様の場合は、いや不幸かもしれませんが、人を恨んで現世に戻る事ができそうです。心当たりはございますか。」

老婆が小さな目を見開きながら僕の顔を覗き込んだ。
心当たり。そんなもの、いや、ある。ストーブに点火をしたように、突如僕の心に怒りの感情が戻ってきた。

まずは親戚のおじさんだ。彼はとある宗教にハマっており、僕が病気になった時には両親がその宗教を信じないからだと毎日のように文句を言いに来た。ただでさえ僕の病気で心が弱っていた両親は最初の頃こそ彼に怒りもしたが、徐々におじさんの紹介する宗教にハマっていった。優しかった両親が段々と変わり、僕のことよりも教祖の言動を気にかけるようになってしまったのは辛いことだった。

その宗教は自然と一体になって生きることを目指していた。改宗した後の両親はあらゆる科学的な治療に反対し、よくわからない漢方のようなものをコッソリ飲ませてきた。僕の寿命が大きく縮んだ原因にこの宗教があるのは間違いない。おじさんが憎い。そして、悲しいかな。両親も憎い。

「自然なことでございます。霊になると感情がシンプルになってしまうのです。現世にいた頃は簡単に親を憎むことはできなかったでしょう。しかし、霊になると社会的な事情やしがらみが消え、今までは必死に蓋をしていた本来の感情が残ります。今の気持ちはあなた様の純粋な感情が現れたものなのです。」

老婆は続ける。

「年寄りになると話が長くなっていけませんね。さて、現世に戻る方法をお教えいたしましょう。今からこちらをプレイしてください。」

老婆の口から「プレイ」などという現代的な言葉が出たことに違和感はあったが、老婆が差し出したものには更に驚いた。それはなんとスマホであった。天国にもスマホがあるのだろうか。

「アプリは一つだけ入っています。これをプレイすれば現世に戻れます。」

アプリという言葉にも強烈な違和感がある。「お勤めに励んでくだされ」などと言いそうな老婆から、まさかアプリをプレイしろと言われるとは。いぶかしがりながらもアプリを起動すると、真っ黒い画面に赤い文字が浮かび上がった。

"霊界クエスト ~今なら基本プレイ無料~"

一体どうなっているのだろう。まさか死んでからもソシャゲをすることになるとは。ソシャゲは依存性が高すぎるのではないか。

「驚くことはございません。皆さまに一番わかり易いものをお渡しするように出来ているのです。もちろん以前はスマホなんてものはございませんでしたので、その時代にあった見た目にしています。それではゲームをご説明いたしましょう。」




霊界クエスト -基本ルール-

ルール 1. 多くの人に存在を意識してもらいましょう。良いイメージを集めれば神様になれることもあります。逆に最凶の悪霊を目指すこともできます。すべての選択はあなた次第。人々からの注目が集まるほど霊力があがります。

ルール2. 霊力が低いと影響力は低いです。まずは地道に繋がりやすい人から攻略を始めましょう。おすすめはあなたのことを想ってくれている人。あなたに罪悪感がある人です。こうした人はちょっとの刺激でもあなたを思い出してくれます。初心者には恨みルートが攻略しやすいでしょう。

ルール3.
 お盆や命日などのイベントはチャンスです。人々が我々を想うイベントを利用して一気に霊力を上げましょう。

ルール4.
 ゴール設定はありません。基本プレイ無料でいつまでもプレイ可能です。多くの人はマンネリに耐えられず成仏していきますが、中には1000年以上プレイしている方もいらっしゃいます。霊力を上げればより多くの人に直接的な影響を与える事ができます。例えば、Level 10では心霊スポットのような場所でしかポルターガイスト現象を起こせませんが、Level 50まで上げれば何の変哲も無い一般家庭を恐怖の心霊スポットに変えることもできます。命日などの時間イベントに、心霊スポットなどの場所イベントを組み合わせたコンボは非常に強力です。ぜひ独自の技を編み出してください。


本当にソシャゲのようなシステムだ。操作もシンプルですぐに始められそうだ。

「このゲームに"広告"はございませんが、皆さまが集めた霊力の一部が我々に還元されます。基本プレイ無料ですからね。この点はご了承ください。皆さまは現世に戻れます。我々は現世から霊力を集めてもらえます。Win-Winの関係でございます。」

老婆の説明に現代の言葉が交じることに違和感が残るが、まずはプレイしてみよう。それにしても幽霊がこんなシステムで作られていたとは。生き返るわけではないけれど、幽霊としてでも現世に行けるならありがたい。

老婆の説明が終わり、早速アプリを起動する。

すると辺りがモノトーンの世界に包まれた。徐々に景色がぼやけ、意識もぼやけてくる。なるほど、こうして現世にログインするのか。

さて、せっかくだから最強の幽霊を目指してみるか。異世界転生ならぬ現世転生だ。

「言ってらっしゃいませ。」

遠くから老婆の声が聞こえた。

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