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みんなのために、一人で死んでくれないか?

小説には様々なジャンルがあるが、とりわけ僕が好んで読むのが「ミステリー系」「どんでん返し系」である。徐々に真相に辿り着く感覚と、見事に騙される爽快感がたまらない。湊かなえさん、東野圭吾さん、綾辻行人さん等、多くの作品と出会ってきた。因みに、ヒューマンドラマを描いた物語も好きだ。朝井リョウさんの大ファンである。

先月だったか、SNSをボーッと眺めていると一つの小説が紹介されているのを見つけた。「絶対に面白い」と直感した。読みたいと強く思った本と出会ったのだ。いわゆる一目惚れだ。早速その小説のことを調べてみる。ミステリー小説、口コミ抜群、設定も面白い、どんでん返しもあるらしい。先日購入、読了したので、こちらについても早速所感を書いていこうと思う。もちろんネタバレはない。


物語の概要

「方舟」

 著者 : 夕木春央
 頁数 : 304 ページ
テーマ : 命の選別

大学時代の友人4人、従兄と一緒に柊一は山奥の地下建築に向かう。そこで偶然出会った3人家族と共に一夜を地下建築の中で過ごすことになった。しかし、翌日明朝に地震が発生し、その影響で扉が巨大な岩で塞がれてしまう。さらに不幸な事に、地盤に異変が起き部屋の中が浸水し始めてしまった。このままでは地下建築は水没してしまう。そんな異常事態の最中、殺人事件が発生してしまった。

ここから脱出できる方法はただ一つ。誰か一人を犠牲にすることだ。生贄には、その犯人がなるべきだ。犯人以外の全員が、そう思った。死んでも良いのはだれか?死ぬべきなのは誰か?タイムリミットは一週間、それまでに僕たちは犯人を突き止めなければならない。

秀逸すぎる設定の数々

この作品の評価される所以の一つに、興味を惹かれる幾つかの設定というものが挙げられる。本作の設定を因数分解すると、次の2つに分けられるだろう。

① 幽閉された地下建築と脱出方法

本作は日常の社会の中で起こる事件ではなく、地下建築という非常に狭い場所が舞台となっている。クローズドサークルという、限定された空間に残されているという設定が緊迫した空気を作り出しているのだろう。

また、地下建築の構造とその脱出方法も面白いものとなっている。無理矢理感があると言われれば否めないが、僕はスッと受け入れることができた。大きくまとめると以下の5つである。

① 地下建築は地下3階まである。
② B1階に出入り口、B3階に非常口がある。
  ただし、B3階は水没しているため非常口からは
  出られない。
③ 発生した地震により、B1階の出入り口が大きな
  岩で塞がれている。
④ B2階には小部屋があり、そこにあるロープを引
  くと、B1階の岩をB2階へ落とすことができる。
⑤ 岩が落とされると脱出できるが、ロープを引い
 た1人のみがB2階の岩に閉じ込められてしまう。

地下建築の構造と脱出方法

要するに『誰か一人を生贄にすれば、他全員が助かる』という。非常に単純明快かつ倫理観を問われる設定となっており、そこに人間の汚さが垣間見えるであろうところが面白い。また、水位が少しずつ上がってきており、1週間後には地下建築全てが水没してしまうというタイムリミットがあるところも面白い部分であろう。

② 様々な関係性の登場人物

地下建築で共に過ごす登場人物は以下の9人である。

柊一  →  主人公。システムエンジニア。
翔太郎 →  柊一の従兄。
裕也、さやか、花 → 大学時代の友人。
隆平、麻衣 → 大学時代の友人。夫婦。
幸太郎、弘子、隼斗 → 偶然出会った3人家族。

9人の登場人物

主人公目線で見れば、「親戚、友人、結婚した友人、見知らぬ夫婦、見知らぬ子供」という5つの立場を鑑みて生贄を選ぶことになる。後に記述するが、一人犠牲になる人間を選ぶときに、関係性によって命の優先度は変化するのかといった葛藤を持つ事になる。非常に上手く作られた人物設定だと思った。

物語の所感

1. さて、全人類の命は平等なのか?

① 命の優先順位を決めようか

本作を読んでいる最中に思いついたのが「トロッコ問題」と呼ばれる倫理観にまつわる思考実験だ。有名な問題なのでご存知の方も多いであろうが、もしご存知ない方は是非調べてみてほしい。

前述した通り、この小説のテーマは「命の選別」だと思う。9人の中から生贄を選ぶ際、もっとも犠牲になるに相応しい人間は誰なのか?自分が死んだ方がいいのか?別の誰かが死んだ方がいいのか?もしくは誰かに死んでほしいと思っているのか?心理的側面を抉られる一作であった。

でも、「命の選別」なるものは、実はもう日常の中で体験しているのかもしれない。これは、例えばの話である。例えば、【あなたの1,000円で100万人のアフリカの子供を救えます!】という募金活動と【あなたの1,000円で国内の難病のこども1人を救えます!】という募金活動があったとき、皆さんはどちらに募金をするだろうか(どちらもするという博愛主義者やどちらもしないというリアリストは除く)?仮に国内の1人を救うとして、何百人といる病人のうち誰を救うのか?果たして命は平等なのかという問題があったとして、僕の答えは次の通りだ。

『残念ながら、命は平等ではない』

しかし、これは絶対的で客観的な命の優先順位があるというわけではまったくない。そんなものは、各人それぞれが勝手に決めればいいと考える。女子供を優先させるヒューマニズムがあってもいいし、力のある成人男性が生き残るべきだと考える人がいてもいい。自分が率先して犠牲になるというキリストみたいな人がいてもいいし、いっそ全員一緒に死のうとするニヒリストがいてもいい。自分にとっては絶対に守り通したい命も、他人にとってはゴミみたいな存在だったりする。命の優先順位なんてものは、それぞれが勝手に決めればいい。なかには「どんな命も大切なんだ」という者が現れるかもしれない。しかし、自分の家族と地球の裏側の外国人のどちらか一人死ななければならないという選択が現れたとき、くじ引きで決める人などいるのだろうか?

② 愛されない者のデスゲーム

作中、「愛されないも者のデスゲーム」という話が挙がってくる。非常に考えさせられる内容だった。

よくチープなドラマで拳銃を向けられた男が「俺には家族がいるんだ」と懇願する様子が映し出されたりする。あれもよくよく考えると違和感のある話だ。家族のいない独身だったら殺してもいいのか?愛されない者は真っ先に犠牲になるべきなのか?本作では隆平と麻衣が夫婦だが、ではこの二人は生贄の対象から即座に外されるのか?非常に考えさせられたのだが、先ほどの僕の理論からいくと、これも人それぞれの価値観に委ねるしかないのだろう。

また、実は今回の地下建築では悲しいかな殺人事件が起きてしまう。犯人以外の全員が「犯人が自ら生贄になればいい」と考えるのだが、これも考えものである。たしかに殺人は良くない。というより悪い。極悪だ。でも、犯人を生贄に捧げるということは、僕たちも結局その犯人を殺したということにはならないのだろうか?仮に無事に脱出できるとして、そのカルマを背負って今後日常を送ることができるのであろうか?どんなに忌み嫌われる存在でも、殺すことは許されないのかもしれない。

2. あまりにも衝撃だったエピローグ

「どんでん返しがある」「衝撃のラスト」なんていえば、もうその時点でネタバレじゃないかと怒る人がいるらしいが、そんな人に言いたい。ごめんなさい。許してください。なるべく詳細は語らずにラストを話していきます。

多くのミステリーには、どこかにミスリードがあるものなのだ。しかし、今回については、もう最初から最後まですべてがミスリードだった。なんなら購入前からミスリードが始まっていたといっても過言ではないだろう。あんなに簡単すぎる仕掛けで物語のすべてをひっくり返してしまう作者には思わず脱帽した。そして、読了後の絶望感。もう、なんの救いもない。しんどい。でも、もう一回読まないと気が済まない。非常に興味深い終わり方だったと思う。

最後に

かつて、ノアは大洪水が起きた際に「方舟」を作り幾人かを救い出した。しかし、今回の「方舟」は、それ自体が水没に向かっていて全員を殺そうとしている。なんとも皮肉めいたタイトルも後になって面白いと感じる。一味違ったミステリーを読みたい方は、是非。

ちなみに、本作の次に出版された小説「十戒」も購入読了済みだ。こちらも方舟と似ていて、どんでん返しのあるクローズドサークルのミステリーだ。方舟の登場人物も、十戒のどこかに登場している。ぜひ探しながら読んでみてほしい。

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