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ジャッジの悪魔

昨日気づいたこと。

それは、ジャッジする回数が比でないくらいに多いということ。

以前、ジャッジが早いと指摘を受けてから、アンテナを立てて過ごしていた。
すると、何に対してもジャッジして、善悪を決めたがるような自分がいることがわかった。

ここで大切なのは、ジャッジすることで
「自分を守っている」ということ。

弱い人間だと認めたくないから「私はえらいんだ!すごいんだ!」と言い聞かせることで自分の存在価値をなんとかつなぎ止めようとしていた。

何が正義で何が悪か。
リストアップしていくと、36個出てきた。
こんなにも多くの世の中の常識や世間体、"普通"に縛られて生きていたのかと思うと、よくここまで生き延びてきたな、と自分が尊くなった。
それと同時に、ここからどんどん手放すと肩の荷が降りて、肩こりにも悩まされなくなるんだろうなとも思った。

全部、自分が社会という大きなコミュニティからはじかれないようにするための戦略。
昔は上手くいっていたけれど、所属するコミュニティが変わったり、自分の状況も変わって上手くいかなくなってきた。

私は過去にいじめや他者比較を受けてきた。
コミュニティからの拒絶や本来の自分を受け止めてくれなかった経験から、今度こそ認めてもらえるように、今度こそ「いてくれてよかった」と言ってもらえるように120%の力でがんばっている。
もうすでに「いてくれてよかった」と言ってくれた人は大学時代にいて、夢は叶っているんだけど。
もっと称賛が欲しいとか、もっともっと!と思うことでお尻に火をつけてガソリンにしている。

"もっと"って悪魔のワードだなと思った。

未消化の感情がたくさんある。
怒り・憎しみ・恨みとかとか。

幼いころ、外側に向けることのできなかった感情たちが大人になった今も心の中で渦巻いている。
これらを成仏させてあげることでより前へ進める。

「私は真面目でやさしくて冷静な人間だ」
そんな周りからのイメージをぶっ壊すのが怖くて、
今の今までいい子ちゃんを演じてきた。

そのブロックみたいなものを今度は自分からぶっ壊そうと、ほぼ毎日こうして書き出してるわけだけど、まだまだ出せてない部分がある。

「私はバカやるのが好きで笑顔の多い人間だ」
これが正しい自己イメージ。

真面目でもなく適当で、おおざっぱで、細かいところを気にするのが苦手な人間。
マイペースにできないとイライラ。
集中しながらもリラックスしてやるとか無理。
集中しているときは外界のできごとに反応できない。
肩肘張らずに仕事するのも無理。
怒られるのは大嫌い。
ネタにされるのはもっと嫌い。
もっと伸び伸びとお花畑で寝ころんで「これくらいのゆるさがいいんだよな~」って言って、自然の中でくつろぎたい。
誰かと一緒に仕事をするとか無理。
一人でやれるなら一人でやりたい。
わがまま。
好きな人とだけしか付き合いたくない。
難しい本は読めない。
ハリーポッターを2ページ読んだだけで挫折した過去。
仕事の勉強はしたくない。

本来の自分はこんな感じ。
理系だけど適当に感覚だけで生きてきた人間。
数学とか回路とか本当に苦手。
積分とか正解があって解き方があるものに関してはおもしろいと思ってたけど、電子回路とかは全然わかんなかった。単位落としてた。

たぶん、文系よりの脳なんだと思う。
でも暗記が苦手すぎて、世界史の点数が40点とかで諦めた。

私が本当にしたかったことは何だろう?と時々考えることがある。
答えが見つからないということは、今自分が知っている範囲外に答えがあるということだろう。

花は好きだけど、じゃあこのままずっと花屋で働くかと言われたらそうじゃない。きっとライフステージの変化にしたがって、職を変えるのが私だと思うから。
一度やりきったと思うものは、人生でもう一度触れることはほぼない。一瞬やったとしても、熱は冷めていて結局やめることが多い。

その時その時で、違う自分でいたい。ずっと同じところに居続けるのは厳しい。今までの感じ、3,4年くらいが限度かもしれない。
トランポリンは6年続いたけど、優先順位が1位だったのは4年間だった。
中学高校はそもそも3年間だし。

私はまだまだ体験したいことがたくさんある。
いつでも違う仕事をできるんだと思えば、もう少しのびのびと仕事できる。
今また人生の岐路に立っている気がする。

最近笑うことが少ないと感じる。
多くの時間を仕事に使っているが、笑うことが少なくなった。
ネタにされても何も面白くないし、そもそも雑談する元気がない。
相手に合わせるのにも疲れ果て、仕事も雑と言われ、いいことはほとんどない。
気を遣うのは当たり前で、感謝されることも減った。

でもそれも鏡なんだろうな、と今日のグルコンで気づかせていただいた。
私が不愛想で無口だから、相手も何も話さないんだろうな、と。

私の中では無言でも心地いい関係が理想。
何も言わなくてもそこにいるだけで幸せだし、相手がいてくれることに感謝できる。そんな関係がいい。

「ただそこにいるだけでいいのよ」という感覚を受け取ってこなかったからこそ、望んでいる状態なのかもしれない。

でも世の中の人はそうではない人の方が多い気がしている。
女性は悩みなどを共有することでメンタルの安定を図っていると言うけれど、私はしんどいときは無言になってしまう。

私にとってのストレス発散はひとりでいること。
世間とは対極の位置にいるのかもしれない。

たしかに、ストレスを感じたとき、たったひとりで乗り越えなくても周りを頼ればいいというのはわかる。
ストレスを受けたことで誰かとの絆を深める時間を作ると、死のリスクが下がるとも言う。
でも、それでも私はひとりでいたい。自分のペースを少しずつ取り戻していく時間を作ることで、本来の自分に戻る気がするから。

そう考えると接客がある仕事って向いていないのかも。
お客さんはいつ来るかわかんないし、いろんな人がいる。
作業しててもレジに入らなくてはいけないし、かと言ってずっと気を張り続けているのがしんどい。

ひとりでマイペースにできる仕事がいいんだろうな。
そんなことを思う今日だった。

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