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気づきだらけの一日

今日はのんびりMe Time!のはずだった。

しかし朝起きたら(そもそも寝すぎて起きたの11:00くらいだったけど)吐き気が。

何かを食べる気にもなれず水を飲んだら2回も吐いた。
記憶の限りだと、3,4年はこんなに体調を崩したことはない。

熱っぽい感じもあり、頭痛もあった。
よって日中は眉間にしわを寄せながらベッドに突っ伏して時間が過ぎていった。
動画を観たり文字を読むのもきつくて、本当に何もできなかった。

今までなら決めたことをやれなかった自分に嫌気が差していたが、
今日は違った。

最近、やらなければ症候群にかかり、べきべきべきべきで動いていた。
今日はそれが強制的にできなくなったため、インプットもアウトプットもほぼしなかった。
それがよかったのだ。
何かしなきゃと焦るがあまり、結局何も手につかなかったことが多かったが、何もしない時間を取ったことで脳に余白ができ、視野が広がった。

何のために働いているのか、自分にとって心地のよい環境や仕事とは何かを考える余裕が生まれたのだ。

今日アップされてた八木仁平さんの動画を観たら、

「あ、仕事は花屋じゃなくてもいいじゃん。他にも食べていく方法はあるし、力を使うところが違うんじゃね?」

そう思った。

自分を活かすにはどうしたらよいか。
今の自分ができる範囲はどこまでか?
それを考えることができるようになった。
なんだ、昨日の自分から成長してるじゃん。
また一歩前に進めてうれしい。
やっぱ自己成長を感じられるとウキウキする。



今日は不思議な夢を見た。
近未来の大学のようなところに通っていて、下宿先は徒歩20分程度。
その大学の敷地内にはでかすぎるスーパーがあった。
コストコのもっと大きいバージョンのスーパーだった。
なぜだかそこには戦士たちの隠れ家があり、外に出るにはSASUKEに出てくるような関門が待ち構えている。
かと思えばその場面はどこかへ行った。

大学から帰宅するとき、エスカレーターに乗るのだが、そのエスカレーターは瞬間移動ができるエスカレーターで、すぐ外に出られた。
帰路につくと大学時代の後輩とばったり会い、ついさっき水泳をやってきたと私は言ったのだ。
それから他の後輩たちも集まってきて、何かを話していた。

次の日かな?後輩と自分は暴走族に目をつけられ、下宿先で待ち伏せされていた。しかし、なんだかんだでピンチを乗り越え、追い返すことができた。
ここの詳細は覚えていない。

下宿先の鍵はなぜだか不動産屋さんで働く年上の女性が管理し、その女性の職場のコンセントの中に隠すように鍵が保管されていた。その鍵は誰にも見つからないように取らなければならなかったが、従業員がいるところに侵入し、結局ある男性職員にバレてしまった。
「何やってるんだ!」と言われ、急いで走って逃げていった。

下宿先の隣の建物では骨董品や服を扱うお店があった。ふくろうをモチーフとした置物なんかが売っていた。
そこにはお客さんとして高校時代の友達がいて、何を買おうか一緒に悩んだ。結局傘みたいなものを買ったんだっけなあ?ここも記憶があいまい。

そしてそしてまだあって、仲間と音楽をやるという夢が捨てきれない自分は、仲間たちのライブに行くことに。
一緒にやろうよ、やるならライブに絶対に来いということだったので行ったのだ。



ライブに行ったところで夢は終わってしまった。

それから、日中気持ち悪くて寝ていたのだが、そのときにも夢を見た。

ピアノのコンクールの結果発表の場で、経済的な理由でコンクールがなかったことになった夢を見たり、UVERworldのTAKUYA∞さんと一緒にどこかへ向かう途中、一緒に食事をしたり、はたまたクイズノックのメンバーと一緒に乗馬をしに行ったりと、私の好きが形を変えて現れた夢を見た。



実はまだ見た夢がある。それは花屋の人間関係や仕事の理解度が反映した夢だ。

夢では花屋をやりつつも、成人式でみんながそれぞれの思いを寄せ書きをしにくる場を提供しているような場面だった。
色紙や模造紙がたくさん並んでいた。
成人式に関わる担当者打ち合わせに行くとき、私はみんなよりも一足遅れてそこに到着した。
それは現実の私の仕事への理解度がみんなよりも遅れていることを反映しているように思えた。
それから、一人取り残されている感じも現実と同じだと思えた。
一人で悩んで物事を難しくして、孤立している感じがした。

しかし、そこにはかつて一緒に住んでいたいとこが左隣に座っていた。現実ではもう15年くらい会えていないから、夢で再会できて私はうれしかった。自分を受け入れてくれている感じがした。

こうして夢に出てくるまで職場の人間関係で悩み、「一人になる=相当つらいこと」であるという方程式が出来上がっていることに気づかされた。
ここで思ったのである。一人でもいいじゃん。余計な気遣いをしなくて済むし、一人で考え事をしていても怒られない。マイワールドに入って戻ってこれないことはあるかもしれないが、黙々と仕事をするのもいいんじゃないかと思ったわけである。

自分勝手ととらえる人もいるだろう。というか、自分でも自分勝手に思えてしまう。しかし、今まで人の目を気にして生きてきた私は、自分勝手の基準がおかしいことにも薄々気づいている。

ここも修正が必要だ。



こんなにも鮮明に覚えている夢も久しぶり。
吐き気がして体調が悪くなったり夢を覚えていたり、めったにしない経験を今日一日で味わった。
ここには何かがありそう。
何かを乗り越えようとしているのか、何かに気づかせようとしてくれているのか、全くわからないけど、近いうちに何か大きな気づきがありそうな予感。

あるいは単純に体調を気遣いなさい。花屋での仕事を減らしなさいというサインかもしれない。

いずれにせよ、人生の岐路に立っている感じ。不思議な一日だったけど、大きな意味があった一日だった。

インパクトの強い日でもあったから、この目が覚める感じや何かに圧倒される感じを忘れないでおこう。



今日は肉まんくらいしか食べてないから、体調が心配。
明日は1年以上前に知り合った同じ県内に住む女性の方とランチ。
調子が戻っていることを願いながら眠りにつこう。



私は仕事に何を求めているのだろう。目的は何か?

先日自己成長と書いたけど、他にもある気がする。
たしかに自分がやったことで他人が笑顔になるのは好きだ。
役に立ててよかった、自分にもできることがあるんだ、と。

でも単なる他者貢献ではないんだよな。

あっ、そうだ。
中学生の頃だろうか。
エレクトーンを習っていた当時、発表会で2度、演奏が終わってすぐに観客の男の子から
「すげー」
って声がもらったことがある。

それから、トランポリンをやっていたとき、初めての大会で練習で一度も成功しなかった技ができたとき、帰りに先輩から感動したと言われたのを今でも鮮明に覚えている。

これらから考えるに、「人々に"感動"を与えること」が、キーポイントになってきそうだ。

それが仕事であろうとなかろうと、人の心を動かすことが自分にもできるんだと感じた経験が、より自分を成長させるし、自信もつくのだろう。

少しずつ解像度が上がっている。いい感じな気がするぞ。

このまま煮詰めていけば、自分の中ではっきりとしたものが見えてきそう。

もう少しアンテナを張って探ってみよう。



こうやって日報を書かせてもらっていて、人生が前に進んでいる感じがすごくする。
たしかに現実を見ると、前に進むどころかはたからみれば後退しているように見えることもあるし、職場の人間関係にも困難を感じている。
苦しい毎日なのは変わりないし、夢に出てくるくらい悩んでいる。

それくらい真剣で、自分にとっては大きなことなのだ、と自分に言い聞かせている面もある。

内向的な性格であるために、仕事の目的がわからないと、それをやるのに立ち止まってしまったり、ただただ印鑑を押す行為とか意味ないじゃんと思って気分が下がることがある。

そうした一見社会的にはマイナスに見える要素を自分は持っているんだから、そこもひっくるめて活かせる道を歩んでいくことが、人生なのではないかという思考にたどり着いた。

自分を受け入れるとはこういうことかも、とヒントをつかみかけている気がするんだ。

まだまだ人生捨てたもんじゃない。

私なら困難も、時間はかかれど自分なりに答えを見つけて乗り越えていけるさ。
そんな自信も持てるようになった。

今日が良い日だったと思えるのも、いつからか、なんらかの思考が切り替わったからだと思う。

自分なら大丈夫。ここに仲間もいる。
受け止めてくれる人がいるというのは本当にありがたい。
そう思うと泣けてくる。
みなさまいつもありがとうございます。
みなさんのおかげで前に進めてます。
本当に感謝感謝です。

本日もありがとうございました!

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