Black Country, New Road 歌詞解釈 "Good Will Hunting"編
イントロダクション
さらに引き続いてBlack Country, New Roadの"Ants From Up There"よりTrack 5 "Good Will Hunting"について考えていきたいと思います。
歌詞
「Good Will Hunting」というタイトル
"Good Will Hunting"は1997年に公開された映画のタイトルでもある。同映画は「天才だが過去のトラウマや環境のせいでそれを活かそうとしない青年があるセラピストと出会い、彼との交流を通じて自分の過去や内なる自己実現欲求と向き合い始める」という内容の作品である。名作と名高いこの映画と同じタイトルをこの曲に冠した理由はどこにあるのだろうか。
少し調べてみると『Isaac Wood(Vo./Gt.), Lewis Evans(Sax)とLuke Mark(Gt.)には、"Good Will Hunting"を見たことがなくてタイトルがメインキャラクターの名前だと思っている人の立場から曲を書いてみよう、というアイデアがあった。そのアイデアは破棄されたが、タイトルが捨てられずそのまま残った』という説が見つかった。
これはSongfactsというサイトに掲載された説であり、Lewis EvansがUncut Magazineに語った内容であると書かれているが、筆者が探したところそのような記事を見つけることができなかった。よって真偽は明らかではない。
仮に本当だったとしても、"Will Hunting"は映画のメインキャラクターであるから「"Good Will Hunting"を見たことがなくてタイトルがメインキャラクターの名前だと思っている人の立場から曲を書こう」というアイデアはいまいち意図が分かりづらい。"Goodwill Hunting"という名前のキャラだと勘違いしている人の立場から、または、"Will Hunting"という名前だけ分かっていてあらすじを知らない人の立場から曲を書こうと思ったのかもしれない。
歌詞の内容について考えてみてから、改めて映画とのリンクを考えてみようと思う。インタビューの内容が本当だしたら「なぜかタイトルが捨てられなかった」ことにはきっと理由があるはずなのだから。
(もちろん、説が本当でも結局は「馬鹿なアイデアだ」として破棄されたものなのであるから深く考えても意味はないのかもしれない。ただ一つ言えることとして、Luke MarkのX(Twitter)のユーザーIDは@gr8willhunting = "Great Will Hunting"であるから、彼はこの映画に対して特別な想いがあることは間違いない。)
歌詞解釈
この曲のテーマは別れを告げた相手に強い未練が残る一方で、なんとか決別を受けれようとしている葛藤とまとめることができると考える。
未練の感情は2番のverse部に一番分かりやすい形で表出されていると言えるだろう。
"I'd wait there, float and wreckage"
"Fashion a long sword, traverse the Milky Way, trying to get home to you"
「そこに浮かび、難破してあなたを待つ。長い剣を仕立て、天の川を越え、あなたの気を引こうとする。」と言ったところだろうか。
一方で、未練だけでなく決別を受け入れようとしていると筆者が考えたのは以下のような表現の数々からである。
"What's more, I'm scared of the phone, don't ring it"
"Please know that I'm just trying to find some way to keep me in your mind"
ただ未練があるなら、それこそ「電話されたら会いに行く」だろう。しかし、そうではなく「電話が怖い、鳴らさないで」と言うのがこの曲における「私」の感情なのだ。電話が来たら、せっかく別れを受け入れようとしている心が揺らいで会いに行ってしまう、だから電話しないで。そんな感情なのだろう。
別れを受け入れられるショック
この曲の歌詞を読んでいて筆者が一番不思議に思ったのはchorus部分の以下の部分で表されている相手側の心情・セリフである。
"She wants to tell me (中略) 'message if you change your mind' "
なぜ不思議に思ったのかと言うと、曲を通して読み取れる「私 = Isaac」の相手への未練の感情を考慮すると、「私」が別れを告げられた・振られた側であるように思えるのに、「気が変わったらメッセージして」と伝えられるのは不自然であると思ったからである。
そこで筆者は、相手がベルリンに移ることが受け入れられないあまりに「私」が相手に別れを告げた・振った(もしくはベルリンにはついて行かないと伝えた)のではないかと考えた。
そう解釈してみると、上で述べた"message me if you change your mind"の疑問点は、「私」が別れを告げた側であるのだから、解消される。
仮にこの解釈が正しかったとして、なぜ振った側である「私」はこんなにも未練がましく相手のことを思い続けてしまっているのだろう。次のように考えられはしないだろうか。「私」は自分から別れを告げたが、それを相手にすんなり受け入れられてしまったのがショックだった、と。
例えば以下に示すverse 2の冒頭部は、相手側のあっさりとした未練のない態度を示しているように思う。
"And if we're on a burning starship"
"The escape pods filled with your friends your childhood film photos"
"There's no room for me to go"
「もし私たちが燃えている宇宙船にいるとしたら、脱出ポッドはあなたの友達とあなたの子供時代の写真で満ちている。そこに私が乗っていくだけの空間はない」。相手側は「脱出」にあたって「私」の存在・思い出はきっぱり捨てて行ってしまった。そう感じられたら、たとえこちらが振った側だとしても、悲しく思うのも無理はないだろう。「心の片隅に自分の存在を置いておいてほしいだけ」という願いも共感できるほどに。
映画とのリンク
ここまで考えて、改めて映画「Good Will Hunting」との関連を考察してみようと思う。筆者は、確かに「タイトルがなぜか捨てられない」と思えるほどの、当たらずとも遠からずな関係性を曲と映画の間に感じた。以下でその理由について少し述べてみる。(映画のネタバレを含みます)
映画では主人公のウィルはスカイラーという女性と恋仲になるが、彼女が医学の勉強のためにカリフォルニアに引っ越すことになる。それに伴って彼女は「一緒に引っ越そう」と言うが、ウィルはその提案が受け入れられず、最終的にスカイラーに"I don't love you"と言い放ち、別れてしまう。
これは「ベルリンに移ることがきっかけで別れた」という解釈をしてみれば曲の内容とかなり一致しているように思う。
一方で、映画での別れを告げられたスカイラーの態度はあっさりとしたものではないし、最終的にウィルはスカイラーに会いに行くので、筆者の解釈を採用した曲の内容とは一致しない点も多く存在する。
このように当たらずとも遠からずな一致度を鑑みても「まず"Good Will Hunting"という題名で曲を作りだして、紆余曲折があったが最終的にこのような内容の曲になったら、確かにタイトルをそのままにしておくか」という気がしてくる。
まとめ
改めてこの曲のテーマは、あっさりと別れを受け入れた元恋人の態度にショックを感じ、彼女に強い未練を感じると同時に、それを受け入れてなんとか次に進もうとする心の葛藤、とまとめることができると考える。
"Concorde", "Bread Song"に引き続いて、恋愛関係の悩みを綴った曲であると言えるだろう。しかし、"Concorde"では「手の届かない憧れの相手」を、"Bread Song"では「親しくなりきれない相手」を、そして"Good Will Hunting"では「一度親しくなったが別れを告げた相手」を対象にすることで、それぞれの段階にある対人関係の悩みをテーマにしているように感じられる。そしてそれらの「段階」は時系列的に並んでいるようにも思える。そう言う意味で、"Ants From Up There"の旅は、確かに有機的なつながりを持って、前進しているのではないだろうか。たとえアリのペースでも。
次回があれば"Haldern"(および"Mark's Theme"も?)でお会いしましょう