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Black Country, New Road 歌詞解釈 ”Snow Globes”編

イントロダクション

 Black Country, New Road(略記BC, NR)はイギリス・ロンドンを拠点に活動しているバンドである。"Ants From Up There"は"For The First Time"に続いて発表された彼らの2枚目のアルバムである。このアルバムの発表直後、メインボーカルとギターを担当していたIsaac Woodが精神的な理由から脱退し、現在は6人で活動している。
 "Ants From Up There"は批評家や音楽ファンの間で非常に高い評価を得た。発表から1年が経った今、批評サイトRate Your Musicにおいて平均評価4.0点を超え、2022年リリース作の中で1位、オールタイムリストでも91位を記録しており、もはや一時の評価に留まらず、これからも聴き継がれていくアルバムの一枚となることは決定的である。
 同アルバムが高い平均評価を得たのは"For The First Time"のポストハードコアの文脈から語られることもあったような実験的で激しいサウンドから、ピアノやバイオリン、サックスのクラシカルなサウンドが目立つ優しい音像に近づいたことが理由の一つとして挙げられることは間違いないであろう。私はそれに加え、恋愛や人間関係といったリスナーにとって共感しやすいトピックを扱ったことも要因であると考える。
 テーマの普遍性に反してこのアルバムが提示する世界観が全く陳腐なものとなっていない要因は、Isaacがパーソナルな経験をもとに、並外れた文学的センス(メタファーの配置・巧みなワードプレイなどの技術を含む)によって紡いだ歌詞にあると言えるだろう。
 同アルバムは10曲から構成される。その多くが先に挙げた恋愛・人間関係というテーマに分類することができる。たとえば”Concorde”は憧れの相手をコンコルドに、自分をそれを一目見る為に丘を駆け上がる地上の人間に喩え、丘の頂上で共有できた一瞬を喜ぶ一方で、その非対称な関係に苦悩するといった内容である。"Bread Song"、"Good Will Hunting"や"The Place Where He Inserted the Blade"も恋愛をテーマにしていることは明白である。
 このようにIsaacの歌詞はメタファーやダブルミーニングが用いられるため解釈の余地は残されている部分は多いが、何を主題としているかなどの大枠は分かりやすいものが多い。しかし、このアルバムの中で一曲だけ歌詞の根本的な解釈を巡ってファンの中でも議論が起きている曲がある。それが9曲目の”Snow Globes”である。Isaacがバンドを去り、同アルバムの制作にあたって歌詞については彼に任せていたというバンドメンバーの証言を考慮すると、この歌詞について本人から解説されることは無い可能性が高い。そこで今回はこの曲の歌詞について有力とされる説を紹介しながらいくつかの問いを設置し、後に自説を展開してみようと思う。

歌詞

Snow Globes / Black Country, New Road

We must let the clamp do what the clamp does best
I know you′re coming home, Henry
Just tell me when

We must let the clamp do what the clamp does best
That's a funny looking shrine on your bedroom wall

Well I′m sorry, Henry
He doesn't look anything like Jesus at all
Your friend, the one that you loved
Did you keep him on your side?
Did you ever get to ask what on earth he meant by
"Might take some time to learn how to use thеse bodies right
But it is for this that God has gave us both thе night"

And Henry hung to all of these
His battleship of memories
A small nation of souvenirs
Make Henry whole but porously

(Refrain)
God of weather, Henry knows
Snow globes don't shake on their own

https://genius.com/Black-country-new-road-snow-globes-lyrics

問い

  1. Henryとは誰なのか
    "Snow Globes"で最も重要なのはHenryという人物である。曲の後半で繰り返し歌われるフレーズは以下の通りである。
    "God of weather, Henry knows snow globes don’t shake on their own"
    曲の前半でもHenryについて語りかける描写が大半を占める。
    この曲の解釈が難解なものとなっている主要因はこのHenryが誰であるのか、またIsaacとの関係性がどのようなものであるのかが全く不明であることにあるのだ。
    歌詞サイトGeniusの注釈や、掲示板Redditの説として、「このHenryが歴史上の人物であるヘンリー8世である」というものがある。この解釈についてのYouTube動画さえある。
    この解釈において、Henryに語りかける視点人物は(Isaacではなく)彼の妻であったCatherine of Aragonであるとされる。
    このCatherineは、Henryとの間に男児を授かることができず、それが理由でHenryとの関係に苦悩したというエピソードの持ち主である。
    確かにこの解釈をしてみると、2文目の"I know you’re coming back home Henry / Just tell me when"というフレーズは非常に納得のいくものとなる。
    しかし、この解釈を取ることで逆に分かりづらくなる部分も存在するように思う。例えば、Henry(you)とYour friend(he)の親密な関係性についての言及は不必要なものに思えてくる。
    また、先述したリフレインフレーズは"God (of weather)"にHenryへの慈悲を願うフレーズと考えるのが最も素直なものに思える。"Henry knows snow globes don’t shake on their own"とは、Henryはスノードームが勝手に揺れて雪が舞うことがないことを知っている、つまり神のような超越した存在が世界にもたらす力を知って(信じて)いるというように捉えられる。
    Henryの信仰心をアピールすることで彼への神の加護/慈悲を願うフレーズだと考えると、Henryとの関係性および彼との間の子供に悩んでいたCatherineのセリフと考えるのは不自然なもののように思うのだ。(Catherine自身への神の慈悲を願うのがより自然なのではないだろうか)
    また、アルバム中で一貫してパーソナルな経験を元に作詞しているIsaacが、この曲だけ他者目線で作詞し、視点人物では無くなるというのは個人的にかなり違和感があるように思う。
    さらに、IsaacがHenryという名前の人物を歌詞に登場させたのはこれが初めてではないという事実には触れておくべきであろう。IsaacはBC,NRを結成する以前にThe Guestという名義で音楽活動を行なっていた。その名義下で発表した"Theme From Failure, Pt. 1"では、"I unfollowed every girl who posted pictures of healthy meals / And every girl who posted pictures of happy meals / I’m sorry Henry"とある。そして、このHenryは、実は特定することができる。それがBC, NRと同郷のHMLTDというバンドのメンバー、Henry Spychalskiである。なぜかというとHMLTDは元々Happy Meal Ltd.という名義で活動しており、歌詞中の"Happy meal"に掛けたワードプレイであることは彼らの関係性をもとに考えてもほとんど確定的であるからだ。
    では、”Snow Globes”でのHenryも彼なのだろうか?

  2. 「信仰」というテーマ
    視点人物や重要人物であるHenryが誰か確定していないという問題はあるが、この曲を貫くテーマ(のひとつ)は確実に「信仰」であると言えるだろう。
    "shrine"や"Jesus"、"God"および"God of weather"という単語が散りばめられていることが何よりの証左である。
    では、この曲の「信仰」とは「誰の・誰への信仰」であるのであろうか?
    「誰の」は、先述したようにリフレインフレーズが「Henryの信仰心を示すことで彼への神の加護を願うものである」はずなので「Henryの」ということになる。
    「誰への」という部分は、キリスト教的な「神 = Jesus」へのものだと単純に考えていいのだろうか?個人的にこの問いは曲中で極めて大事な部分を占めると考えている。
    "That’s a funny looking shrine on your bedroom wall"
    "He doesn’t look anything like Jesus at all"
    "God of weather"
    上記の歌詞はどれもキリスト教とのズレを表しているように思える。
    この揺らぎは何を意味するのだろうか?
    (追記:shrineはキリスト教的な文脈で使われることもあるようでした。)

  3. Clampのメタファー
    この曲で2度登場する以下の文もかなり意味深である。
    "We must let the clamp do what the clamp does best"
    Clampとは工具の一種で、(一般的に2つの)材料を一時的に固定するための留め具である。
    「クランプにはクランプのベストを尽くさせなければならない」もう少し意訳をすると「クランプにはクランプの役割を全うさせなければならない」となる。この一文は何を示しているのだろうか?

 以上がこの曲の解釈において大事だと考えた問いである。以降ではこれらの問いにある程度納得のいく回答を与えられるような説を展開していく。

自説と問いへの回答

 私は、"Snow Globes"は「Isaacが、キリスト教の教えとセクシュアリティの観点で自身のアイデンティティの矛盾に葛藤を抱えた末に失踪または自殺(未遂)をしてしまったHenryという親友への加護/慈悲を神に願っている」というように解釈することである程度筋の通った理解ができるのではないかと考える。

  1. Henryについて
    私はHenryは特定の歴史上の人物を指すわけではなく、視点人物Isaacの親 友の名前だと考える。もちろん曲の歌詞がノンフィクションだとは考えていないので実在の人物を指したものかどうかも分からない。(HMLTDのHenryとも恐らく異なるだろう)
    以前発表した曲中にも登場させた"I’m sorry, Henry"というフレーズを面白がって使った程度ではないだろうか。

  2. 信仰 : キリスト教/アイデンティティの矛盾
    "Might take some time to learn how to use these bodies right / But it is for this that God has gave us both the night"という一節に注目したい。このthisが何を意味するかは歌詞中では建前上分からないものとされていて、視点人物はHenryにこの発言をした彼の友達が何を意味していたのか聞いたか質問している。
    "these bodies"や"night"という単語が並んでいる以上、thisがセックス/性行為を指すのはほぼ間違いないように思える。
    そこで重要となるのはHenryとこの発言をしている友人がともに男性であることだろう。(Henryも彼の友人も指示代名詞としてheが用いられている。Henryは分かりづらいが"His battleship of memories"という一文がある)
    つまり、Henryは同性愛者であり、キリスト教的な価値観と自身のセクシュアリティの間で葛藤を抱えている人物だと考えられはしないだろうか。
    Henryはキリスト教的な価値観を有し、同性愛がキリスト教の教義に反するという思想の持ち主だったが、自身のセクシュアリティについて自認した彼は矛盾に苦しみ、パートナー(Your friend, the one you loved)のセックスの誘いを表面上では理解できても心の奥底では受け入れきれず「分からない」としていたという解釈である。
    対照的に、Henryの親友は「キリスト教的な価値観を有しているが同性愛や同性での性行為は教義には反さない("it is for this that God has gave us both the night")」というスタンスの持ち主だと考えれば親友のセリフとその真意を質問したかいう節も説明が付く。
    この葛藤を抱えたHenryはキリスト教と自身に同時に懐疑的になったのではないだろうか。
    その結果として、彼の寝室にはキリスト教的ではない”面白い見た目の神社”や”キリストに見えないキリストの絵”が描かれるようになったと考えれば問いとして掲げた「信仰の対象」への、ある程度納得のいく回答が得られる。
    また、悩んだHenryが遂には失踪/自殺(未遂)をしてしまったと考えれば視点人物のセリフである"I know you’re coming home Henry / Just tell me when"も自然だろう。
    ("And Henry hung to all of these~"の段落は彼の葛藤が示されているように見える。"hung"が直接的な意味を含むかは分かりかねるが。)
    さらには、その悩みと彼の信仰心の強さを知っていたIsaacが、スノードームを見て"God"ではなく(より多神教的/非キリスト教的な意味合いを含む)"God of weather"に祈りを捧げたと考えればこの表記揺れも辻褄が合う。

  3. Clamp : 「神と人間の相似形としての人間とClamp」と「肉体的欲求」
    既に述べた通りこの曲の解釈には「信仰とその対象」が重要であると考える。"clamp"が登場する文の使役を用いた表現は「創造主と創造物」的な関係を示唆するものである。
    ここで創造主である”We”とある特定の役割を持つ創造物である”clamp”を神と人にそれぞれ読み替えると「クランプに与えられた役割を全うさせなければならないように、(神は)人間には神の意志に従うように役割を全うさせなければならない」と捉えられる。
    一方で、"We"はそのままに"clamp"を物質的な我々の身体と読み替えてみると「我々は身体の役割を全うさせなければならない」となる。キリスト教的な文脈の下で「我々が全うさせるべき身体の役割」が何かを考え出すとかなり込み入った話になり、私の不勉強もあってこの部分の深い考察はまたの機会としたいと思うが、ここでは「肉体的欲求」だとしてみたい。そうするとこの一文は「我々は肉体に肉体的欲求を満たさせるべきだ」という意味を持つと解釈できる。
    これらの意味が重なり合った一文だとすると、結局は「キリスト的な価値観と、(解釈によっては)それに反する肉体的欲求の間での葛藤」をテーマとしているという自説を補強するものに見えてくる。
    もちろん、自説を補強するためのこじつけだと捉えられてもおかしくないし、実際に自説を文章化した後に思いついた解釈であることは述べておく。

 長々と記してきたが、結局言いたいのは私は"Snow Globes"の解釈には「信仰とセクシュアリティ/肉体的欲求の観点でのアイデンティティの矛盾および葛藤」を主軸に置きたいということと、Henryの特定はそれほど重要ではないと考えているということである。
 その上で、私の現時点での解釈は「キリスト教の教えとセクシュアリティの観点でアイデンティティの矛盾に葛藤したHenryが崩壊し、彼の悩みと信仰心を知っていたIsaacはHenryの信じる神に彼への加護を願っている」というものだ。

 以上がBlack Country, New Roadというバンドの"Snow Globes"という曲の歌詞についての私の解釈である。恐らく多くの間違いや勘違いを含んでいると思うので、気が付いた方は優しく訂正をしてくださると助かります。
では。

以下 雑記
 キリスト教、心身二元論の勉強が足りないので肉体的欲求という概念が正しいか分からない。欲求は精神からくるものとされているのかな?身体的/肉体的欲求という概念が無いとは思わないが。
森本あんり「人間にとって性の活動とはどういう意味を持つかー同性愛をめぐる現代キリスト教倫理の視点からー」という資料を見つけたので読んでみようと思う。
 しかし、考えれば考えるほど「アイデンティティ/信仰/セクシュアリティ/肉体的欲求」の関係性を言語化するのは難しいものだと気づいた。
アイデンティティは信仰やセクシュアリティを含むものであるはずなので信仰とアイデンティティに矛盾があるというのはおかしい?など。
矛盾のないアイデンティティを確立することなど不可能であるのかもしれないが。
 "Ants From Up There"ほど歌詞に真面目に向き合ったアルバムは初めてかも知れない。もっと「自分の解釈日記」をやってみてもいいな〜
あと「個人的な事は最も独創的で芸術的である」的なスタンスを地で行くのがIsaacだよなーと思った。こんな感じの言葉を言ったの誰だっけ?映画監督な気がするし、誰かの受け売りかも知れない。
(追記:多分スコセッシでした。)

シングルカット時のアートワーク

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