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Black Country, New Road 歌詞解釈 "Haldern"編

イントロダクション

 "Ants From Up There"よりTrack 6 "Haldern"について考えていきたいと思います。(Track 7 "Mark's Theme"についても補足に書きました。)
 Track 2~5およびTrack 9についての記事は既に投稿済みなので興味のある方はそれらも是非読んでください。

歌詞

Haldern / Black Country, New Road

Ignore the hole I've dug again
It's only for the evening
I never wanted you to see that much
Of the bodies down there beneath me

You are the only one I've known
Who broke the world so quietly
And turned your perfect hands to me
And you ruptured every bone

We formed a ring around your home
To stop your body leaving
But you burnt the final question then
And you rose out through the ceiling

I turn my face and hide in shame
You take my tired body in
And you wrap it up in your undershirt
And you pray for the pain to leave him

参照:LP付属の歌詞ブックレット

タイトルについて

 "Haldern"という曲名は"Haldern Pop Festival 2020"で演奏されたことから名付けられたようだ。リリース前は暫定的に"For the Evening"と呼ばれていたらしい。この暫定タイトルは歌詞冒頭部の"Ignore the hole I've dug again, it's only for the evening"というパートから取られたものだろう。
 曲について考えてみると、個人的には"For the Evening"はかなりしっくりくるタイトルであるように思えた。「しっくりくる」曲名を全くつけないBC,NRのことなので、あえてこの案を没にして"Haldern"を選んだのだろう。

歌詞解釈・意訳

 この曲では身を焦がすような恋心を抱いた相手からの拒絶と受容の両方の体験と拒絶を乗り越えた受容をテーマとしていると考える。
 この曲の歌詞は英文的には比較的素直に捉えることができる&分量が少なめなので、今回は全文を最初のパートから和訳(意訳)するようなスタイルで解釈を進めていこうと思う。
 
 "Ignore the hole I've dug again"
 "It's only for the evening"
 "I never wanted you to see that much"
 "Of the bodies down there beneath me"

 「私がまた掘ってしまった穴は無視して」
 「これは今夜だけのためのものなんだ」
 「あなたにこんな見てもらいたくなかったんだ」
 「下にある"bodies"を」

 この部分で解釈が難しいのは"bodies"だろう。文脈的には「死体」が一番ふさわしい訳になるような気がするが、「私が掘った穴」には文字通りの「死体」が埋まっているとは思えない。では何を指しているのだろうか?
 全体の歌詞も踏まえると、筆者はこの曲は恋焦がれている相手(="You")に想いを伝えた・またはプロポーズした時の心情を描写していると考えている。それを踏まえると、そんな特別な夜のためだけ("only for the evening")に穴を掘って埋めるものと考えれば『取り繕うために捨てた「私」の見せたくない部分』や『過去の自分(達)』のように捉えることができるように思う。(また、そのように捉えることで以降に登場する"We"の意味も理解できると考える。)

 "You are the only one I've known who broke the world so quietly"
 "And turned your perfect hands to me and you ruptured every bone"

 「あなたはこれほど静かに世界を壊した唯一の人だ」
 「そしてあなたは完璧な手を向け、私の全ての骨を引き裂いた」

 この部分からはまさに「私」の身を焦がすような思いが伝わってくるように思う。相手は世界が壊れるほどの感覚を「私」に与え、手を向けられただけで「私」は骨が引き裂かれるような想いを味わった、ということだろう。

 "We formed a ring around your home"
 "To stop your body leaving"
 "But you burnt the final question then"
 "And you rose out through the ceiling"

 「私たちはあなたの家の周りに輪を作った」
 「あなたの身体がどこかに行かないように」
 「しかしあなたは最後の質問を燃やし」
 「天井を抜けて昇って行ってしまった」

 この部分でまず気になるのは"We"の解釈だろう。この曲の登場人物は「私」と相手(="You")だけなので、直感的にはこの"We"はその2人を指すように思えるが、その解釈を採用すると「"You"が自分の家の周りに輪を作った」ことになってしまい不自然に思える。
 そこで筆者はこの"We"が「過去の私」を含めた「複数の私」を指しているのではないかと考えた。すなわち「過去の私」も「現在の私」も同じように"You"を想い、そのあまりにどこかに行ってしまわないように「輪」を作った、ということではないだろうか。しかし「輪」では覆えない天井から抜けて行ってしまった。つまり「私」の手をすり抜け、「私」から離れて行ってしまった、と続いているように思える。(「過去の私」は特別な"evening"にふさわしくないと思われ「現在の私」に埋められてしまっているのは皮肉なことに思える。どちらも同じように「輪」を作っているのに。)
 その文脈だと、「燃やされ」てしまった「最後の質問」は世界一有名な疑問文=質問であるところの、"Will You Mary Me?"であると捉えるのが最も自然に思える。もちろん、詳細な関係値は明かされていないので他のセリフである可能性もあるが、告白などの関係を進めるための質問であることは間違いないだろう。そして「燃やされ」てしまった。つまり拒絶ないし無かったことにされてしまったと解釈できるだろう。

 "I turn my face and hide in shame"
 "You take my tired body in"
 "And you wrap it up in your undershirt"
 "And you pray for the pain to leave him"

 「私は恥ずかしさのあまり顔を背け、隠す」
 「あなたは私の疲れた身体を抱きしめ」
 「そしてあなたの下着で私をくるむ」
 「そして痛みが私の身体から去るように願う」

 筆者がこの曲が「拒絶」のみならず「受容」もテーマとしていると考える、というより「受容」が大きな比重を占めると考えるのはこの節で締めくくられているからである。相手は告白は受け入れなかったが、その後も「私」を無下に扱わず、優しさをもって接している=受容しているように思えるこの描写は、同時に「私」の相手への想いが告白を断られた後も変わらないことを示しているように感じられる。
 面白いのは、この部分の描写だけ現在形で書かれていることだろう。もしかしたら「拒絶」された時点で「私」の中の時は止まり・または相手の存在は実際の相手と分離されて時間とともに切り取られた像として「私」の中に入り込んだというような感覚を表しているのかもしれない。
 一方で、より楽観的な見方をしてみると「私」の申し出を断っていながらこのような慈愛に満ちた態度を示してくれる"You"は、確かに「私」が提案したような関係にならずとも、「私」と今も特別な関係を築いているのではないだろうか。筆者は希望を込めてこの解釈を採ってみたい。

 改めて、この曲のテーマは身が裂けるような恋心を抱いた相手からの拒絶と受容ないし拒絶を超えた受容であると考える。"Bread Song"、"Good Will Hunting"に続いて「拒絶」および「別れ」をテーマにした曲が続いた。しかし筆者はこの2つよりもなぜか救いがある曲のように思えた。拒絶と受容は二律背反なものではない、想いは届かずとも、または想いを伝える前に思い描いていた結末とはならなくとも、それを超えて新しい関係が築いていける。そんな「優しさ」ないし「慈愛」のような感情・感覚をこの曲から受け取ることができたように思う。

他の解釈の可能性

 ここまでが筆者が最初に考えた解釈である。しかし、一度書き上げてみた後にさらに考えてみると、より希望的な解釈が取れる余地が残されているように感じた。

 解釈の余地が残っていると思ったのは、"burnt the final question"および"rose through the ceiling"の部分である。上ではそれぞれ「拒絶」および「手をすり抜けた」のような意味と解釈してきたが、この部分をより希望的に考えれば「(すでに特別な関係で)質問の必要がないと言った」および「浮かぶように神々しく見えた」のように捉えることもできるように思う。
 "burnt the question"つまり「質問を燃やす」というのは申し出を拒否するというより質問を無効化するようなニュアンスが濃いような気がする。何かを「燃やす」のは処分することを示すと思うが、処分は不要なものを無くすことであると言え換えられるだろう。つまり、この「質問」は相手からしてみれば「不要」だったのだ。この類推をもとにすると、その「質問」とは告白だったのだから「すでに告白が不要な関係だよと告げた」というようにも解釈できる気がするのだ。
 そうなると続く"rose through the ceiling"についても「手の届かないところへ昇って行った」というより「より特別に見えた」ないし「新たな関係性へ昇格した」というような解釈が取れるような気がしてくる。
 これらの解釈を採ると最終節の受容の描写はより温かで、純度の高いものに感じられるだろう。

 これらの解釈を採用するとこの曲は『取り繕い勇気を振り絞って告白したが相手は既に「私」の気持ちに気付いており、それどころかすでに申し出をすることも必要ない関係性だと思っていたと伝え、より深く受け入れられたように感じた』といった内容であったことになる。

 一方でこの解釈を採ることで"pray the pain to leave him"に現れるように"pain"がなぜ伴っていたのかなどについては疑問が残るので、こちらの解釈の方が温かくて希望的で筆者は気に入っているが、最初の解釈の方がより自然で意図されたものに近いかなと現段階では考える。

まとめ

 "Concorde"以降「憧れ」「拒絶」「別れの葛藤」「(拒絶を超えた)受容」という互いに似つつも異なる、繊細で複雑な感情を鮮やかに見せてくれている"Ants From Up There"という名の心象風景の旅は次にどのような景色を我々に見せ、そしてどんな感情を想起させてくれるのだろうか。
 一個人の小さな心の庭も雄大な野原のように感じさせるこの作品は、すでに我々を「アリ」の気持ちにさせている。せっかく「上のどこか」からこの庭に落ちてきたのだから、心行くまでこの庭を探検したい。

"Concorde"のMVに登場する"Alian Ant"の設定画

次回があれば"The Place Where He Inserted The Blade"でお会いしましょう。


補足:Mark's Theme

 "Haldern"につづくTrack 7 "Mark's Theme"は歌詞がないインスト曲である。(Lewis EvansのSaxの温かい音色が特徴的である。)
 この曲の"Mark"とはLewisの亡き叔父の名前であり、彼のために作られアルバムに収録された曲であるとLewisはインタビューで答えている。

“Yeah, it was [for] my uncle who passed away from COVID about two months ago now. I had my sax at the workshop for ages, and I got it back the day I found out he passed away, so I just thought we’d write him something. He was a massive fan of the band, at all the gigs in the front moshing away. He was an absolute nutter. He was crazy and annoying and awesome, so we thought we’d write him a song, and we’re going to put it on the second album.”

Alternative Press

 さらに曲の後半で聞こえる陽気に歌うような声の主はMark自身であるようだ。ある意味で、ここでも「別れ」をテーマにしたナンバーが続いているとも言える。しかし、故人を偲ぶために手向けられたこの曲では穏やかで温かな時間が流れる。そしてこの曲が"Haldern"に続くことで、まだとても「希望に満ち溢れた」とは言えないながらも、一筋の光明が見えてきたこのアルバムの旅は、より温暖で明るい方向に導かれて行っていると言えるだろう。


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