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工場は楽しく働き、学び、食べ、育て、研究もできる機能を持った場所になる

「食の未来」をテーマに、トップランナーたちへのインタビューを連載します。第1回目は本サイト「R9MAGAZINE」を提供するREPUBLI9 (リパブリック)の代表、吉川欣也です。シリコンバレーに暮らし、20年以上、シリコンバレーから日本を見て、未来を読んできた吉川からREPUBLI 9を設立した理由と、食の未来、そしてフードテックマガジンの必要性を聞きます。

吉川欣也(Yoshinari Yoshikawa) 1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現大和企業投資)に入社。95年に株式会社デジタル・マジック・ラボ(DML)を設立し、社長・会長を歴任。99年にIP Infusion Inc. (San Jose, CA) を共同創業。2006年にACCESSに売却し、Miselu社、Golden Whales社を経て株式会社REPUBLI9を創業。 

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業界が“飲み込まれる”時代だから未来を考えたい 

 ――吉川さんはシリコンバレーの起業家でいらして、インターネットやデジタル技術を手掛けてきた方、という印象があるのですが、なぜ今、フード業界に参入されたんでしょうか? 

 吉川 メガプラットフォーム企業であるAppleやGoogle、Amazonは、パソコン・携帯電話業界のみならず、音楽・映画・ゲームといったメディア業界のあり方を大きく変えました。 流通・自動車業界などリアルな世界にも入り込み、業界の壁を破壊して異業種を飲み込もうとしています。俯瞰でみていると、デジタル化の大きなうねりは年々大きくなり、フード業界にも影響を与え始めました。たとえば、Amazonはここ数年で高級食品スーパーの買収、Amazon Go、ミールキットサービスをスタートさせるなど、年々フード関連のサービスを充実させています。この大きな流れに乗って、 スポーツ用品メーカーが「結局は体づくりが基本だ」と考えたらフード業界に参入してくるのは自然な流れです。フード業界がフードだけをやる時代ではもうない。他業種が他業種を飲み込む速度が加速しているなかで、日本のフード業界も生き抜いていかなければいけない。とはいえ、人間は食べなければ生きていけない、そしてそこには豊かさと持続可能性が必要なので、未来に関することをひとつのテーマとして据えれば、いくらでも戦略はあると考えます。

――そのプラットフォーム企業として、REPUBLI 9を2019年11月に設立されたと。 

 吉川 人間が100年後に何を食べているのか? 誰もわからないですよね。未来はますます予測が難しくなっていると思います。みんな「なんとなく、これが正しいんじゃないかな」と、もがきながら、描いているような気がします。私は 誰にもわからない未来を人任せにして“ただのり”したくない。このままのやり方で豊かな食生活を続けることは不可能だし、現在のような仕組みで生活を続けていると、いつか破綻してしまうでしょう。明るい未来のために汗を流したいし、それをビジネスとして成り立つように回したいということです。そして、若い人たちにバトンタッチがしたいです。

 ――大きな柱が餃子から、というのがおもしろいですね。 

 吉川 1800年以上も前からあるといわれる餃子は、良質なタンパク質であるラムを漢方などと合わせて包んだ医食同源的な料理だったといわれています。まずは健康、安心を願うシンボルとなりうる。世界中でたくさんの人に愛されている餃子は、具を包むというシンプルな料理法だからこそ自由だし、未来へつながる料理だと思っています。 

――ヴィ―ガンというキーワードも未来を意識してのことでしょうか。 

 吉川 SDGsという観点からもそうです。肉を否定するわけでは決してないですが、欧米諸国では動物の権利というか、そういうものが尊重されるようになってきて、宗教上の問題ではなく、動物がかわいそう、動物を食べない、という思想がどんどん広がりを持っています。未来にも増え続けるでしょう。そうした意識に対応する製品を作ることは未来では不可欠です。また、エネルギー効率の問題からも、動物性タンパク質を使わないで、植物性で良質のたんぱく質をとって未来の餃子を作っていくことは大事なことだと感じています。世界の環境問題を考えるうえでSDGsというキーワードは非常に重要です。そしてそこに、フードテックの必要性がある。

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フードテックこそSDGsに貢献できる

 ――世界中がSDGsを意識しているなかで、フードテックが果たすべき役割とは具体的に何でしょうか? 

 吉川 SDGsが掲げた17項目のうち「飢餓をゼロに」の目標にあてはめてみると、地球の人口がもっと増えたときに食べ物はどうなるんだろう? と考える。何十億人もの人に食べ物を、それも安全に食べてもらうには、人間が作ったものだけではまかなえないと思っています。ここまで人口が増えてきて、生きるために必要な食と水を確保しなくてはいけない。そのためにフードテックが必要です。それは食糧不足、飢餓問題の解決にもつながり、国際平和にもつながることだと感じています。昔は、食べ物で争い、弱い人間はサバイブするのが厳しい時代でしたが、今は、衣食住、医療も充実し、弱い人でも生きることができる時代になりました。世界に目を向けると人口も増えていくわけですが、これは困ったことではなくむしろ、いいことかもしれません。自然界の法則ではありえなかったかも知れない世界中の人口の増加を、技術の力でカバーして、それによって安心して暮らせればいいじゃないですか。それを解決する手段の1つとして工業的な製品の役割は大きいと思います。 

 ――それは人工的な代替品を作るということですか? 

 吉川 それもありますが、まずはテクノロジーを活用することで食の供給を安全に安定させることができます。たとえば十年単位で長期保存ができるエコな冷凍技術があれば災害や飢餓の問題などに貢献できるはずです。日本でその技術が開発され、海外に伝われば日本にとっても世界にとってもいい。食材そのものの量だけではなく、災害地域や飢えに苦しむ人たちに食糧を届けるためには流通というキーワードも大切になっていく。電力や通信のインフラが整備できれば、食材の現地生産もできるようになるはずです。将来的には、危険な地域で人々が飢えている、そこに誰が届けるんですか?と考えたとき、人間が行けないようなところでも、ロボットや無人自動車が届けてくれれば解決するかもしれない。ただ飢餓の問題をいえば、世界の貧しい子供というイメージを持っているかも知れないけれど、実際は米国や日本など先進国でも十分に食べられない子どもたち、健康的な食にアクセスできない子どもたちが年々増えているように感じます。SDGsをキーワードに自分たちの足元を見直すと、取り組まなければいけない問題はたくさん浮き彫りになってきます。

 ――ちょっと庶民的な話に戻ってしまいますが、SDGsの身近な取り組みといえば、レジ袋の有料化が浮かびます。 

 吉川 レジ袋の有料化は消費者が環境問題を意識するという面では大切ですけどね。でも、身近なところで問題はもっともっとたくさんあります。売る側の意識でいえば、食材が余らないようにどういうふうに総菜や弁当にしていくか? 効果的に価値をつけて売るとはどういうことか、といった考えがSDGsの流れで加速してきています。また、スーパーマーケットやコンビニの問題でいえば、産地偽装などトレサビリティは大丈夫? 安全に長期保存ができる? 包材に発泡スチロールやプラスチック製品をガンガン使っているけど大丈夫? 異物混入検査はできている? など消費者のニーズはどんどん深くなっている。大量の商品を前に、異物検査など人間の目では無理でしょう。ロボットやデジタルを入れていかないと、アルバイトも工場で働く人もストレスがあって大変ですよ。疲弊してしまいます。「異物混入なんて人間が見ることだからしょうがない」なんて許してくれる消費者ならいいのですが、そんなことを思う人はいませんから。人々のニーズに応えるための、より高い安全性は、人間では無理という時代がもう来ています。 

人間とロボットの距離、バランスがより重要に

 ――コロナ禍で食の環境が大きく変わりました。シリコンバレーや中国で火がついたフードデリバリーですが、最初は「Uber Eatsなんてどうなの?」と思っていた人たちが、今では当たり前のように使っているし、ちょっと病的かな、と思えるほど徹底した衛生概念を持つようになりましたが。

 吉川 コロナ禍で今までテイクアウトをやっていなかったお店がテイクアウトを始めたり、ゴーストキッチンやクラウドキッチンも知られるようになり、キッチンカー、テイクアウト、宅配が一気に加速しましたね。すごいですよ、我々の冷凍餃子を「出前館」から注文するとクール宅配便では翌日着だったものが、20分で届く時代になったんですから。それも簡単にスマホアプリで注文できる時代。それが当たり前となった子供たちが未来を作っていくことを、大人たちはもっとイメージしたほうがいいと思いますね。日本のコンビニ、自動販売機の進化は素晴らしいですが、パンデミックをきっかけに食と流通、そして人材の問題はきってもきれないということに気づいてきたのではないかと思います。また、コロナによって人間の手を借りないほうが衛生で安心という考え方を持つ人も増えてきて 、人間とロボットの距離、バランスがより重要になってきた時代に突入したのではないかと思っています。 

――流通への関心は大きく変化したと感じますし、コロナ以前の3.11での原子力発電や中国での残留農薬にしても、天然ものや路地栽培よりも人工的なものが安心じゃないか、という考えを持つ人も少なからずいますね。 

 吉川 コロナによって、自分たちのもとに誰がどのように食糧を届けてくれるのか? を、人々はよりシビアに考えるようになったと思います。コロナによって食べる場所が変化し、食べるものが変化し、作る方法が変化した。そして、ウイルスという見えないものへの恐怖も増幅した。人々が求める価値は変わるし、やるべき仕事も変わってくる。たとえば、ひと昔の移動手段は馬だったけれど、今は自動車です。馬に乗らない時代になると、馬のエサをつくっている人、蹄鉄や鞍をつくっている人、馬を休ませることを前提とした宿などの仕事はもちろん産業もなくなっていく。そうやって、仕事や産業は変化してきました。食べものもそうです。昔は修道院で醸造していたビールやワインが、今は工場で大量生産されているでしょう。伝統を重んじる手作り職人や熟練した職人は今後も残っていくはずですし、残していかなくてはならないと思います。それと同時に、熟練した職人たちの知恵や知識を    AIやロボットに引き継いで、リーズナブルな価格で安全においしく提供できることにチャレンジしていくことも重要な時代になってきていると思います。 

 ――すしロボットのほうが衛生的でおいしい、という人はもう出てきていますからね。

 吉川 2つの理由で手作りは残るとは思います。ひとつは、人間は優秀で実はコストパフォーマンスは悪くないから。もうひとつは、職人の技をロボットで実現させるのは時間もコストも膨大にかかるから。でも、今とは捉え方が変わってくると思いますね。代替肉がクローズアップされても、畜産は残る。でも今後は一部の人たちのもので、今のように誰でも肉が食べられる時代にはなっていないかもしれない。タンパク質不足の問題とともに、肉の生産で排出される温室効果ガスや汚水などの環境負荷で政府による規制がかかってくるかもしれない。お金を持っている人の食べ物と、お金を持っていない人の食べ物のクオリティがどんどん変わってきてしまうことも予想されています。残念ながら格差は広がっていきます。でも我々が提供している 餃子は今後もみんなが食べられるものとして続いていくと思っています。餃子を選んだ理由のひとつですね。未来につなげるために肉を使わず野菜と大豆タンパクで餃子を作った。餃子ビジネスを始めたとき、多くの人から疑問に思われましたが、餃子は人と人、国と国、時代と時代をつなげられるし、フードテックの導入もしやすい。まさにスーパーフードだと思っています。

 ――そのスーパーフードである餃子をテーマにして、吉川さんは未来に向けて壮大な構想を持っていますよね。 

 吉川 「未来の餃子工房計画」と呼んでいるんです。図にあるスケッチは初期に描いたもので日々アップデートされているのですが、いずれは実現させたい構想です。工場の役割は単に餃子を作るだけのものではないという発想からです。コロナによって我々はオフィスが単に仕事をする場所だけだったら行かなくてはいいことに気づいた。自宅でできるわけですからね。でもオフィスが仕事以外の機能を持っていたら? GoogleやAppleといったトップを走る企業のオフィスは、デザイン性、機能性と、オフィスの在り方をすでにガラリと変えて見せた。世界のトップを走る企業はスマートシティもイメージしながら未来を構想しています。REPUBLI 9が描く工場は、楽しく働き、学び、食べ、野菜を育て、エネルギーや代替プロテインなどの研究もできるような機能を持った場所です。これからの工場はこういう形になっていくと思っているし、実際、日本の工場でもそういう取り組みをしているところはあります。30年後の未来に待つのは、今の夢が形になった姿です。夢を描き続けられるような提案をしていく。とんでもない夢を持って世界に挑む若者を育てる。それが明るい未来へつながることだと思っています。  

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上記図は初期に描いた「未来の餃子工房」。日々アップデートされている。

インタビュー・構成/土田美登世



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