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栄養指導も大衆・集団向けはテクノロジーが担うが、カスタマイズされていくニーズには人の能力と経験がますます必要になる。

国際栄養士として国内外で活躍されている太田旭さんは、主に開発途上国と呼ばれる国々の現実をリアルに肌で感じています。慢性および急性の栄養不良にアプローチするには、インフラや教育などその国の実情や政治情勢も考慮することが大切だと語ります。しかし栄養に関する問題はよその国の特別なことではなく、日本でも災害や育児放棄による急性栄養不良、貧困や情報の誤認などによる慢性栄養不良、精神的なものによる摂食障害など、さまざまな方面から起こっています。さらに将来的に地球規模での食糧不足が懸念されている昨今、食のあり方を提案する栄養士の活動の幅はますます広がりそうです。

(おおた あさひ)2004年~出身地である宮城県にて在宅型ホスピス、認可保育園、離島での僻地医療、災害支援(東日本大震災)に従事。2012年よりJICAの海外協力隊栄養士として中米グアテマラ保健省への派遣を皮切りに、国内外で健康増進のための教育実習プログラムの企画・開発・運営・政策提言などを行う。現在は日本を拠点に、アフリカ・アジア・中南米での妊産婦・子ども・生活習慣病の包括的改善事業、国内外のソーシャルビジネス、企業の海外進出支援などを実施中。文化や価値観、地域性を考慮した「豊かさ」の共創を得意とする。
https://allsta.jp/

未来は、食べものに興味を持つ人、持たざるを得ない人が圧倒的に増える

――最初に、国際栄養士とはどういう資格かを教えていただけますか?

太田 国際栄養士連盟、通称ICDA(International Confederation of Dietetic Associations)https://www.dietitian.or.jp/about/international/が定めている資格で、ICDAは各国の栄養士会によって組織されています。ICDAが定めている国際栄養士の定義を要約すると、栄養士免許を取得していることの他に、学士号取得程度以上であることと、最低500時間以上指導者の下での実施経験があること、さらに従事する者としての素質を持つことがあげられています。

――素質というと?

太田 明確には示されていないのですが、さまざまな国で従事するわけですから、開発学や、文化人類学などの知識を持ち合わせること、世界保健機構(WHO)やターゲット国のガイドラインやマニュアル、政策を理解し、それらに沿って業務が遂行できるかどうか、ということですね。ガスや電気、水道は通っているのか? 下水はどうなっているのか? 食料の調達・識字率・宗教・言語・関わっている人たちの知識や考えや想いはどうか? そうしたものを理解したうえで実施しないと、栄養指導が“日本的な理想論”で終わってしまうので。日本の常識だけで行くと驚くことばかりですよ。

――栄養指導って国によって違うんですか? すみません。そこからわからなくて。

太田 もちろんです。国によって住む環境もとれる農作物も嗜好も違いますし、そもそも遺伝的にも違いますからね。たとえば、日本では海藻を食べますが、それを不思議がる外国の人もいるんです。彼らには食べる習慣がないですから。でも海に囲まれている日本では、海藻が豊富にとれます。日本人はもともと草食で腸が長く、繊維質の多い海藻を食べて腸内環境を整えてきました。つまり地の利にあった食事には意味があるわけですね。それは外国に対しても同じことで、どういう歴史があって、どういう環境で身体がつくられてきたか? ということを知るのは、国際栄養士としてはとても大事なことなんです。

――そうか。彼らが住む環境や食べてきた食料や体格の違いもわかっていないと指導はできないですね。

太田 食品成分表もそれぞれの国が出しているものを確認する必要があります。日本にはない食材もありますからね。日本の成分表の精度は高いと思うのですが、たまに信じがたい栄養分析結果の数字を出している国もあるんですよ。明らかにこのカリウム量は違うでしょう?とか(笑)。

――そんなときはどうするんですか?

太田 国や大陸ごとにWHOが利用を推奨している成分表データを引用して計算し直します(笑)。

――世界の食を見ていらっしゃる太田さんにとって、30年後の食はどうなっていると思いますか?

太田 食べ物に興味を持つ人が圧倒的に増えていると思います。といいますか、興味を持たざるを得ない状況になるのではないでしょうか。人口が増える、自然災害で農作物が減るなど、ネガティブな状況を予測しているところは企業や個人レベルでいろいろな形で行動に移されていると思います。ですがリアルな問題として、どんなに対策を練って求められる農作物を作っても足りない、需要と供給とが合わないみたいなことが起こって、やはり、まずは量も含めて、どう食料を選択・確保していくのか?ということが大きな課題になってくると思います。

――それはリアルに「生きるために食をどう確保するか」と世界中が考えざるを得ないということですか?

太田 食料自体は手に入りにくくなると思うのですが、食の情報に関しては開発国も開発途上国でも手に入りやすい状況ではありますよね。栄養教育も30年経てばさらに浸透していくでしょうから、体に入れるものを自分で選ぶ力はついていくようになるでしょう。というか、願っています。現在、開発途上国といわれる国、貧しいといわれる層は、戦後の日本もそうだったですが、まずは生命の担保をとエネルギー確保目的に炭水化物や油の摂取が非常に多くなる傾向にあります。この状況が改善されていくと、健康な生活を求めるようになり、微量栄養素や栄養のバランスといったことに意識が向かい始め、他の食材などの摂取に意識が向きます。食や栄養の知識が得られることで富裕層と貧しい層とが求めるものが一致し、それが不足したときに需要と供給のバランスが大きく崩れる問題が起こるかもしれないことは懸念しています。

――お恥ずかしながら開発途上といわれている国についてほとんど知らないのですが、情報に関しては、あの、スマホとか‥‥?

太田 普通に持っていますよ。水道がなくても、トイレとキッチンが一緒になっているような小さな土間の家で生活をしていても、スマホやガラケーは持っています。SNSを楽しみ、銀行に行かないでスマホで送金ということはやっていますからね。ここ10年でその点はずいぶん変わりました。電気も水もなかった村が、電気も水もとりあえずはあって、スマートフォンを持って、という生活ができるようになった。ザンビア共和国がそうでした。30年間という期間があれば、さらに発展が遂げられる可能性はあります。ただ、富裕層と言われる人たちと貧困層の人たちとで大きく二極化しているので、途上国での富裕層の人たちは政治的な情勢変化がない限り変わらず30年後も豊かだと思うんですが、貧困層の人たちの未来はちょっと予測しにくいと思うのが正直なところです。途上国といわれる国には複雑な要素がからみあっていてさらに複雑化してくる要素があります。

先進国がよかれと思って動いたことが途上国にマイナスに働くことも

――よく聞くことですが、途上国では発展国のしわ寄せが、貧しい層には富裕層のしわ寄せがくるということでしょうか。

太田
 未来を考えようとなったとき、MDGsSDGsが提言されて、世界中で環境や食、健康を考えるようになりました。それはそれで素晴らしいことなのだけど、環境に意識がいくことで別の問題が起こることがあります。たとえば、環境にやさしいということで、トウモロコシで作ったバイオプラスチックが流行りました。でも、トウモロコシが原料だったので、途上国の人たちが主食にしていた自分たちの食べる分のトウモロコシも全部買われて持って行かれ、餓死が増えたと聞いたことがあります。一面でよかれと思って動くことが、一面でマイナスに働くことはよくあって。それは弱い立場、貧しい立場の人たちに起こることが多いように感じます。身近でいえば東日本大震災のときもそう思いました。

――太田さんは宮城県出身で、当時石巻で勤務されてたから当事者ですよね?

太田 はい。避難所で食を配給する係をやっていました。自衛隊の方々が持って来てくださる各国の支援物質が本当にありがたくて。生活は不便でしたが人々は飢えないで済みました。でも、あとから聞いた話なんですが、大震災が起こった時期に途上国では飢餓が発生したところが少なくなかったそうです。東日本大震災の支援物質との正確な因果関係はわかりませんが、私たちが助かったいっぽうで、支援物質がもらえなかった国があるとしたら、その事実に目をそむけてはいけないと感じました。世の中の動きというのは本当にいろいろなことがからみ合いますから、幅広い視野で物事を見ていく必要性をますます感じています。テクノロジーの発展に関してもそうです。

――テクノロジーはすごい勢いで発展しています。途上国にもその波がきていますか?

太田 地球の未来に関しては、私は人口爆発というより、気候変動による農作物不足を危惧しているので、テクノロジーの力を借りることは反対ではありません。農家の方々が代々続いてきたセオリーにのっとって農作物をつくっても、ここ数年は収穫量が減ってきて自分たちが食べるものも少なくなってきている。そんなときはテクノロジーの力を借りたいとなるのですが、アフリカやアジアの小規模農家の方々はお金も取り扱える能力も十分ではないので新しい機械を導入ができない。その点は各国の援助などで改良されていけばいいと願います。

――太田さんは途上国が抱える問題を国連などでも積極的に発信、提案されていますよね。ザンビア共和国では質の悪い加工食品の流通を食い止めるため、食品衛生法を改定したと聞いています。

太田 栄養指導を超えていますよね(笑)。このときはザンビアの村にいって50軒の家をまわって実際の食事をリサーチし、スーパーマーケットをまわって販売されている肉類をチェックしました。スーパーマーケットには電気の通っていない冷蔵庫があって、そこには水が入ったペットボトルが並べてあって、その上にお肉が置いてあるという状況でした。もちろん、お肉が冷えないんです。まずは流通を変えないと、安全安心な食料は手に入らないという現実があるわけです。食は人々をハッピーにさせてくれるものだと私は信じていて、不安材料が少しでも見つかれば、それをとり除いてさらにハッピーになってもらいたい。そのためにも徹底的な現地調査や分析をします。その結果、先のようなテクノロジーに関する問題を感じてきたら、また動くかも知れませんが、それは様子見ですね。まだまだわからないことも多いので勉強します!

栄養士の仕事は多様化してくる。それに応えられる視野が必要

――テクノロジーといえば、栄養士の仕事としてもっとも知られているのは食品成分表をもとにした献立作成、血液検査など臨床データをもとにした栄養指導ですが、今後はAIがその役割を担うのではないかという危機感があるという話を聞いたことがあるのですが。

太田 そうですね。栄養「計算」という仕事だけ見ていくとそうなっていくと思います。でも、先にも申しましたように、未来は食べ物に興味を持つ人が圧倒的に増えていると思います。それは環境問題という点だけではないです。これからますます各国から新しい食材が入ってくる可能性があるし、アレルギーやヴィーガンといった思想、ハラールなどの宗教の理解も深まるとともに対応も余儀なくされてきます。美容やスポーツ栄養などライフステージも細分化されて、食の多様化に対応する力が栄養士にも求められていくのではないでしょうか。実際、「フードダイバーシティ」という言葉で取り組んでいる栄養士も増えています。でも、セグメントがまだまだ粗いと感じます。こういう宗教だったらこう、アレルギーだったらこう、スポーツマンだったらこうというような区分はあります。でも実は、カテゴリーだけではなく、さらに個人ひとりひとりが違うことを現場で痛感しています。お酒がわかりやすい例ですよね。みんなお酒が強い、弱いと自覚していますが、話してみると、ビールは好きだし強いけど、日本酒を飲むと実はすぐに酔ってしまうなど、お酒によって体に合う、合わないがあります。お魚でもお肉でも野菜でも、実はそれぞれに人によっていろいろ違うはずなのに、自分でも認知できていないことがある。それを栄養士が理解してアドバイスしていく時代になっていくといいますか。

――パーソナルトレーニングですね。実際、スポーツジムでも栄養指導してくれますからね。行ったことないけど(笑)。

太田 私は栄養士ですから「何を食べたらいいんですか?」って本当によく質問されるんです。でも、答えるのがとてもむずかしい。だって人によって、その人の状況によって違いますから。糖尿病や腎臓病など疾患別ということだったらある程度基本的な傾向からアドバイスができるかもしれないですが、そうでない場合はむずかしい。油脂で揚げて塩分多めのポテトチップスは体に悪いと言うのは簡単ですが、その人が大のポテトチップス好きで、ポテトチップスを食べることでリラックスできるなら、奪うものではないです。夏だったらしょっぱいものが欲しいだろうし、噛むことで頭が刺激されて元気になってくる可能性もあります。インスタント食品もそうです。体に悪いから食べるな、なんて言われることがありますが、災害時や紛争地でインスタント食品は大変お世話になっていますし。時と場合によって、そして身体の状況によって食生活の指導は変わる。私はそのことを意識していたいと思います。どうしてもシュークリームが食べたい。ならば、シュークリームを食べる分だけ、ほかを調整しましょう、といえる栄養士がこれからますます求められるのではないでしょうか。

――世界のなかで日本の栄養知識はどうなんですか?

太田 栄養士が栄養指導に力を入れているので、国民の栄養知識は高い方だと思います。途上国にいくと、なぜごはんを食べるのか? ということがそもそもわかっていない人もいますから。「なぜごはんを食べるの?」「お腹がすくから」「なぜお腹がすくんだろうねぇ?」「イライラするから。だからお腹いっぱいに食べるの」という感じです。食べたものから体はつくられていて、病気と食べ物は密接に関わっていて。食べ物を変えると身体も変わるんだよ、って話をすると、すごく驚かれます。食に対して知らない、関心がないと、先のように未知の食材に対して抵抗もない。それはそれでたくましいともいえるのですが、国の力を維持するために食はとても大切なものなので、途上国はもっと意識を持って欲しいと思いますし、そのために日本の栄養士が外国で活躍することの可能性はすごく感じています。

――外国で活躍する日本の国際栄養士は少ないですよね? 検索すると太田さんしか出てこないですよ。

太田 そうですね。アカデミアの領域以外で海外に出ていく栄養士は少ないですね。日本は専門性の高いチームワークの国だからかも知れません。私が海外に行くと町や村にたったひとりの栄養士というケースが多くて、そうした状況に対応できるかどうかという能力が試されます。現場は小さな村でも、クライアントはだいたいその国の政府や自治体、企業なんですが、「私は子供たちの栄養改善のために日本から来ました」と言っても、ご高齢の方や病気の方、妊婦さんについての相談が次々に来ます。「食」というひとくくりなんです。日本では細分化されていて、それぞれのプロフェッショナルがいてチームができています。すばらしいスキルなんですが、あえて悪くいえば、それしかできないという状況を生むこともあります。異なるスキルを求められたときに対応できないんです。海外に行くと、とにかく個人の判断での幅広い知識、考えを求められるので、日本人の専門性が発揮できる環境に慣れた人が海外に行くと、責任感が強い職人気質の人であればあるほど、メンタルをやられてしまうかも知れません。ワイロなども平気であるし、約束を破られることもあります。それを、「許せない。ここではもう働けない」ととるか、「この国では生きて行くためになんでもしなさいと言われて育ったんだろう」と受け止め、長い目で共に生きていこうとするか。後者のタイプでないと海外で働くのはむずかしいと思います。

――太田さんはつらかったことはないですか?

太田 栄養士の仕事の範囲内では、嫌だと思ったことはまったくないですね。結構なんでも楽しめるタイプの人間だったので。

――これから30年後、日本の栄養士の姿ってどうなっていくでしょう? 日本政府は未病にも力を入れていますから、栄養指導はますますニーズがありそうです。

太田 繰り返しとなりますが、パーソナルな食事指導、食事相談はますます増えていくと思います。単に数字だけを記憶する栄養士だったら、ロボットやAIがやった方が正確でしょうが、これからの栄養指導にはますます人間の能力が必要とされる時代だと思っています。でも、パーソナルな多用なニーズに応えられる栄養士の数が増えていくかどうかというと、疑問です。日本人の栄養士の数は、人口に対して世界でもっとも多いんですが、ロボットやAIに仕事を担われていかれる栄養士の方も現実的には多いかもしれないと思っています。人々の細かいニーズは増えていくでしょうから、そうしたカスタマイズで提案できる栄養士が不足してくるかも知れません。そうなった場合に備え、栄養士がいなくても自分にふさわしい食を選べるくらい自分の状態を知ったり食の知識を持てたりしないと、健康維持がむずかしくなるんじゃないでしょうか。

――ますます自己管理をしなくてはいけない時代になっていくということですね。

太田 専門的な論文でも海外の本でも情報を手に入れやすい時代になっていきますから、それは可能ではないでしょうか。私は、栄養士はカウンセラーみたいな存在だと思っていて、ますますそうなっていくと思っています。健康というのは食べものだけではなくて、幸せの価値観や運動、ありたいライフスタイルなどもかかわってきます。みなさんが持った栄養の知識をベースに、さまざまな角度から食のサポートをしていく存在であると思っています。栄養士だけではなく、これからの時代は、時代の多様化、細分化された人々のニーズに応える、そういう人材が求められていくと思っています。

インタビュー・構成/土田美登世




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