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守るべき伝統は守り、食の原点である農業を見直す意識が華開く

創業290年の老舗胡麻油メーカー、「関根の胡麻油」の関根大悟さんは17代目を引き継いだ40歳代の若き社長です。まったく異なる職業を経て家業を継ぎました。伝統を守りつつ、未来へ攻めていく姿勢とは?

関根大悟
1981年生まれ。表参道の美容院を経て、大手劇団のヘアメイクを担当。2005年から実家で営んでいた「関根の胡麻油」を引き継ぐ。2017年から社長に就任。

関根さん

家業を継ぎ、まずは作業のシステム化を。生まれた余裕でデザインを刷新

――「関根の胡麻油」は創業が290年以上前の江戸時代だそうですね。

関根 八代将軍である徳川吉宗の頃ですね。武蔵国といわれた武州の春日部(埼玉県)で初代が作り始めました。武州胡麻油として、たいそうもてはやされたそうです。

――そんな歴史ある伝統的家業を継がれるのは相当なプレッシャーがあったのではないですか?

関根 実はこの仕事の前は美容師だったんですよ。幼い頃からミュージカルを観るのが大好きで、いつか裏方がやりたいと思っていて。まずは表参道の美容院で働いていました。念願かなって劇団に入ることができてヘアメイクを担当していたんですが、父親が体調を崩したこともあって実家を継ぐことになりました。いつかは継ごうと思っていたので、そんなに抵抗感はなかったですけどね。長年の夢はもうかなえられたわけですから、よし次はっ、と。そんな感じです。古いからいい部分と古いからダメな部分が顕著でしたね。しっかりとシステム化することをずっと父親に提言していました。家業を継ぐと決めて10年経って私が社長になった頃から、ようやくシステム化が形になってきました。

――お父様はなんとおっしゃっていましたか?

関根 父親とは最初は喧嘩ばかりしていましたね。ビジネスとして、お客さまとの信頼のためにどうすべきか、という部分を考えるべきだと思っていて、そこを主張する。でも父親は古いやり方を頑として譲らない。その繰り返しでした。

――それは大変でしたでしょう。家族経営ゆえの親子バトルはよく聞こえてきます。

関根 それはもう。家族経営あるあるですね(笑)。先輩たちも相談にのってくれて、お互いの意見がぶつかるのはしょうがないよ。でも自分たちの意見も主張しないとね、って言ってくれていました。私のやり方を理解してくれる新しい人たちが入ってきた。すると、どんどん職場環境がよくなっていったんです。新しい空気が流れ始めたといいますか。売上の数字的には当時は一気にのびることはなかったのですが、新しいことをやろうという活気が生まれ、今につながっていると思います。システム化することで余裕ができ、スタッフに任せることもできるから、私が別のところに目を向け、アイデアを発揮させる余裕もできるようになりました。いい循環ですね。

――システム化の次のステップを考える余裕ができたということですね。

関根 はい。そこで、デザインを変えました。1200gの角缶という商品があるのですが、昔は缶の蓋というと、蓋の真ん中に力を入れて凹ませて開ける丸い蓋だったんです。でも今は、プラスチックのキャップにしています。うちのお客様は女性客が多いのですが、丸い缶蓋だと、開けるために強い力が必要で、日常使いにするにはちょっと使いにくい。でも、キャップだと開けやすい。缶にキャップをつける技術は比較的新しいのですが、その技術を偶然に見つけてそのメーカーに相談し、それを商品に取り入れることにしました。実は、胡麻油は缶のほうがいいんです。サイズが大きいからお得だということはもちろん、油の天敵は実は空気よりも光なんです。缶だとしっかりと光を遮断してくれるので日持ちがよくなります。透明の瓶入りだと2年ですが、缶は2年半ですからね。

――えっ? 胡麻油って2年以上ももつんですか!? 

関根 いい胡麻油はそのくらいはもちますよ。うちの胡麻油も開業当初から胡麻に圧力をかけて油を搾る圧搾法で行われていますから、こうした添加物は必要ありません。缶に入れることができ、もちのいいものは良質の油の証のひとつだと思います。

――そういえば、オリーブオイルもエクストラヴァージンで缶入りのものを見かけます。同じことですかね。

関根 そうですね。エクストラヴァージンもゆっくり圧縮して、絞った油をろ過しただけのものですからね。良質なものは缶に入れて日光を遮断したら日持ちします。胡麻油もエクストラヴァージンオリーブオイルも、果実を絞ったものは天然のビタミンAやEがたっぷり含まれていますから、余分な酸化防止剤を加えなくても、それだけで酸化が防げます。

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コロナ禍で芽生えた農業への意欲。自家栽培での胡麻で胡麻油を。


――そのコロナですが、どうでしたか? やはり大変でしたか?

関根 百貨店での販売やイベントなどで出店させてもらっていたので、百貨店の営業自粛やイベントの中止で結構時間ができました。そこで、農業を本格的にやろうと思い立ちましてね。いつか自社畑で育てた胡麻の油が搾りたいとは思っていて、知り合いから川越で7反の農地を紹介してもらえていたので畑だけは確保していました。そこでのプロジェクトを動かすことにしたんです。土いじりは好きだし、コロナだから密はダメで、外での作業なら密にならないだろうといった、そんなイメージからスタートさせました。

――今はどこの産地の胡麻を使っているのですか?

関根 ガテマラ産です。胡麻はコーヒーの産地と同じで、基本的には暑くて雨が少ないところがいい。そういう意味で、川越は土地的には悪くないんです。でも日本で胡麻油のために胡麻を育てているのは鹿児島の喜界島くらいで、ほとんど外国産です。育てるのはまだいいのですが、胡麻は選別が大変で乾燥・熟成させるためのスペースも必要だからです。経済上の収益としては低いから、農家は作らなくなっていったんですね。でも、時代は変わって、今はワインや日本酒も、自分で育てたブドウ、米を使ったものがいいという方向に意識が向いていて、その付加価値にお金を払うようになっています。うちの商品は良質なものに意識が高い百貨店で置かせてもらっているので、自社畑で育てた胡麻を使った胡麻油はニーズに応えられると考えています

――農業は大変でしょう?

関根 はい。大変です(笑)。機械の導入など費用もかかります。まずはできることから、ということで、土づくりが今年のテーマです。耕したり、胡麻油の搾りカスを入れてみたりと、いろいろチャレンジしています。納屋もあるので選別機を置こう、畑の半分を収穫してから熟成させる場所にしよう、など、いろいろ考えもめぐらしています。胡麻は1か月ほどの熟成期間が必要で、このスペースも結構大事です。

――国産ブドウのワイン、地元の芋や麹で造った焼酎、土地の田んぼで育った日本酒、などは聞きますが、自社畑の胡麻油とはとても新しいですね。農作物のひとつなんだという認識を改めて持てます。7反でどのくらいの収量が見込めるんですか?

関根 1反で80キロくらいですから、560キロですかね。来年の4~5月に植え、8月くらいに収穫してそこから1か月熟成させて選別。そこで胡麻油を搾ってできれば販売までもっていきたいです。百貨店が興味を持ってくれているので、商品になったらいいですね。そのためのデザインもこれから考えなくてはいけないし。忙しくなります。でも、農業をやり始めてみて、おそらく、100やって100できるものではないのだろうとは思っています。100やっても10かもしれない。ゼロかもしれない。完璧主義だと自分の理想につぶれてしまうと思うので、気長にやれる体力と精神力が必要だろうと感じています。

ごま油搾り


――関根さんから発想の転換力と前向きの力を感じます。

関根 コロナという有事があって、そこに恨み節を持って暗くなってばかりでは解決しないですからね。デパートの催事やイベントに参加することで、京都の老舗の漬け物屋さんや、昆布屋さんなど、同じ食ではありますが、さまざまな職種や年代の方と仕事をして情報交換をさせてもらっていることも影響が大きいですね。同じ規模感の企業が多いので、悩みも似ている。百貨店で出店できるということは、こだわりも持っている。伝統的な企業もある。その伝統を守り、未来をどうしていくか、という姿勢や価値観も似ています。彼らと話していると、明るい未来が見えてくるんです。何かあっても、どうしようどうしようと悩むだけでなく、考え、転換し、発信する。仲がよくなった人たちと、いろいろなことを話して、新しいアイデアや考え方を交換し合う。特に地方の人たちと話すのはおもしろいですよ。そっちに何があるのか? 何を食べてるのか? 彼女いるの? と遠慮なしに聞いて(笑)。地域の暮らしぶりがみられるのは刺激になります。このように情報交換がしやすいことは、「今」という時代の良さですね。そして、いろいろなツールで、「こういうのをやろうと思う」「何か違うことをやってみたい」って話し合っていけることはとても大事で、そこで生まれたものが結果的に未来につながっていくと思っています。

――では、関根さんの30年後は?

関根 未来へ向かうには、まず「土台」をしっかりと作り、そこに新しいものを積み上げていくことだと思っています。だから、土台である農業を見直しているし、土台である製造は昔ながらの製法を守ります。胡麻を低温で煎り、低圧搾し、ゆっくりゆっくり、ろ過を繰り返し純度を高めるという昔からの製法は変えない。そのしっかり作った土台に、新しい考えを加えていきたいです。農業では、たとえば土作りでは土の健康状態がわかるセンサーを入れてもいいし、製法では何か余裕が生まれるようなフードテック的な試みも入れられるかもしれない。そういえば、胡麻油の廃油はせっけんとしてリサイクルできる。それも、現代の言葉でいうとSDG‘sなのでしょうが、昔からやってきたことです。この廃油リサイクルでも、現在のテクノロジーなら新しい可能性があるかもしれませんね。昔の人たちが作り上げてきた土台はしっかり受け継ぎながら、次の世代に残る仕事をしていきたいです。胡麻油そのものの可能性も、膨らんできています。たとえば、胡麻油といえば天ぷら屋さんのもの、と思っている人がとても多いのですが、良質な油はくせがなく、とてもきれいです。それをわかってくれるフランス料理人の方もたくさんいて。取引先のフランス料理店ではうちの胡麻油でケーキを作っています。ほかにもフランス料理で使いたいという声が増えてきています。イタリア料理でもオリーブオイル代わりに使っていただける可能性があると思うんです。30年後は、自家栽培の胡麻でつくった胡麻油が、フランス料理やイタリア料理で使われている時代になればいいと思っています。

インタビュー・構成/土田美登世

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http://www.gomasekine.co.jp/

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