すべてのビジネスが食に通じるようになる
フードテックという言葉が日本でほとんど注目されていなかった2016年、「スマート・キッチン・サミット(smartkitchensummit.com)」を訪れて以来、日本におけるフードテックの可能性および歩むべき道を世に知らしめてきた田中宏隆氏が、フードテックを軸にして見えてきた世界のなかの日本の姿を、そして食の30年後を語ります。
田中宏隆(たなかひろたか)
株式会社シグマクシス 常務執行役員、「スマート・キッチン・サミット・ジャパン」主催者、一般社団法人「SPACE FOODSPHERE」理事 。パナソニック、マッキンゼーなどを経て、2017年よりシグマクシスに参画する。テクノロジーを活かした食の領域の新しい産業の創造を目指し、同領域でのコンサルティング事業の運営に加え、企業間連携や発信活動に注力している。共著書に『フードテック革命 世界700兆円の新産業「食」の進化と再定義(日経BP)』がある。
「スマート・キッチン・サミット」に日本人はひとりもいなかった
――昨年、雑誌「料理王国」の特集(2020年4月号 フードイノベーションの見取り図)で「スマート・キッチン・サミット・ジャパン」のことを知って、さらに、ご著書『フードテック革命』も拝読し、田中さんの話を伺ってみたいとずっと思っていました。本は2か月で5刷までいって、注目度の高さがうかがえます。そこにも書かれてはあるのですが、「スマート・キッチン・サミット・ジャパン」を始めたきっかけを、改めて伺えますか?
田中 日本の技術を世界に発信してきたハイテクメーカーであるパナソニックに在籍していたこともあり、日本の技術や人財を最高の価値として世界に伝えること、結果として世界をよりよくする方法を生み出すことは、自らの産業人としてのミッションだと考えていました。日本は石油や石炭といった資源に乏しいため、技術や人財こそが世界に対して発信できる「資源」であり「価値」であろうと考えていたんです。振り返ると、高度経済成長期から1990年度ごろまでは、家電などの領域では日本のハイテクメーカーが世界に大きく影響力を持つ時代でした。しかし、以降はなかなか価値として転換されていかないもどかしさがありました。
ーー確かに、昔の勢いをあまり日本の家電からあまり感じられなくなってきたような。
田中「日本の技術力や人財の力はなくなってしまったのか?」と思ったこともありましたが、パナソニックの仕事、そしてマッキンゼーでの仕事を通じて分かったのは日本にはまだまだ世界に誇れるものが数多く存在しているという事でした。しかし今の企業の枠組みではその価値が高いところに活用されていく道筋が見えていない。では、それを自分が事業共創プラットフォームのようなものを作って、最高の価値として世界中に転換していくような仕組みにしたいと考え、それが新たな出発点となりました。技術の活用だけを語ると従来のテクノロジーアウト・プロダクトアウトの思考のままのため、もっと生活者やユースケースと紐付けること、そして世の中に新しい体験を提供していくことが重要と考えました。2015年ごろにはスマートホームのような新しい概念が突破口になるのかと考えたりもして、とある大手調査会社と共同で日米の意識調査をしたりしながら日本の価値が跳ねるポイントを考えていました。そのような時に、ちょうど料理・食に関するプロジェクトに深く関わる機会があり、クライアント企業の経営者から『COOKED』という本を読んでみてほしいと教えて頂きました。
――マイケル・ポーランの『人間は料理する』ですね。
田中 はい。そこには「料理という行為が人を人としたらしめた」ということが書かれていました。当時は、まだ食の進化という考えは頭になかったのですが、その言葉が気になっていろいろと見ていくうちに、食や料理×テクノロジーという領域があることに気づきました。まだ当時はフードテックという言葉はなかったのですが、テクノロジーの会社にいたこともあり「確かに、それって何だ?」と私自身もかなりの興味を持ちました。一旦、我々で調べて見てまとめたのですがどうもしっくりこない。もっと何かあるような気がしました。それで、『フードテック革命』の共著者でもある岡田亜希子さんに「もう一度深く見てみよう」とリサーチを投げかけてみたところ、数日後「田中さん、かなり気になるカンファレンス見つけましたよ」と。それが、シアトルで2015年に始まった「スマート・キッチン・サミット」だったのです。スマートホームという言葉でさえ、日本ではまだ知られているか知られていないかという時でしたが、私たちはスマートホームをテーマとして追っていたこともあって、そうか、スマート「キッチン」というくくりがあるのかと、さわやかな驚きもありました。また、同時に「スマートキッチンって何なんだ?」ってなりましてね。キッチンのスマート化だけを扱ったカンファレンスが、どう成立するのかものすごく気になりました。
――で、シアトルに行かれたんですね(笑)。
田中 はい、2016年10月でした。迷ったら現地・現場に行くのが原則でしたので、すぐに飛びました。ドキドキしながら会場に着いて最初に衝撃を受けたのが、あるキッチンデザイナーのプレゼンテーションでした。キッチンが家の中心にある「Kitchen can be everything」という発想から「最高の家はドアを開けたときに、キッチンが中心にドーンと置いてある家だ。そうすると、皆がつながって幸せになるじゃないか」と発表していたのです。え? 何を言っているんだこの人は? と思っている中、続いてのプレゼンテーションでは、「コーヒーを96℃で淹れると本当に美味しい。私はそのために、コーヒーのデバイスメーカーを立上げたんだ!」と50代半ばを超えたぐらいの起業家が熱く語っている姿がありました。その議論には、家電をネットに繋げるためのサポート・アプリ開発等をしているプレイヤーが一緒に新しいサービスづくりのやりがいやチャレンジを議論していたりしました。さらに、フードテックにフォーカスしたベンチャーキャピタルも熱く食領域の可能性を語る。2016年時点です。本当に衝撃でした。さらにさらに、ウイリアムズ・ソノマといった伝統的なキッチンウェアのリテールプレイヤー、b8ta(ベータ)といった新興の体験型リテーラーも議論に加わり、どのように新しい体験を世の中に浸透させていくことができるのかというようなことを議論していました。なぜスマートキッチン、あるいはフードテックという領域にそんなに熱い視線を送っているのかというと、「Everybody loves cooking, eatingだからだ!!無限の可能性がある領域なんだよね!」というやり取りがその場を支配していたことが思い出されます。本当に、恐る恐る参加したカンファレンスだったのですが、その熱量に初日から圧倒されまくり、衝撃の連続でしたね(笑)「これはとんでもないことが起きている・・・・・・」と。
――驚きと衝撃が伝わってきます(笑)。
田中 1日目はシアトルの海沿いの伝統的なホテルのルームでの開催でしたので、恐らく100名程の参加でした。2日目には市内ホールの500名ほど入る大きな会場に移り、冷静になって周りを見まわしたとき、登壇者に日本人がいないこと、そして参加者としても私たち以外の日本人は全くいないことに気が付いたのです。会場はスマートキッチン、フードテックの議論であちこち盛り上がっているのに、です。さらに衝撃を受けたのは、登壇者の中にSamsungUSAの人がスマートキッチンの戦略を熱く流れるように語っていることでした。Samsungだけではなく、恐らく当時は参加者としてLGなどの方もいたのではないかと思います。目算ですがアジア系の方々が20-30名ほどいましたね。そんな状況で、パナソニック時代に担当していた白物家電事業のことを考え出しました。その時です、「あっ!!」という感じで閃きだしたのです。日本の高い技術により生み出されてきた白物家電は、よくよく考えるとスマートキッチンというカテゴリーにつながるのではないだろうか。一方、世界で食べられている即席麺も冷凍食品も日本の得意領域で、もともと日本は食の進化をドライブしてきたはずだ、と考えが広がり、自分の中でいろいろな点が一気に重なってきて、「スマート・キッチン・サミット」を日本で開催すれば、とてつもないことが起こるという謎の確信が生まれたのです。これこそ私が目指していたやりたいことだと!大げさかもしれませんが、「天命を知る」という気持ちでした。
――それで「スマート・キッチン・サミット・ジャパン」を開くことになったんですね。1年後、2017年ですからすごいスピードとパワーで動かれたんですね。
田中 シアトルで雷のような衝撃を受けたことにより、日本が進むべき道がスーッと描けた気がしました。帰国後、SKSのサマリーをまとめて何名かの方々に「こういうモノを日本でやりたくないですか?」とヒアリングをしたところ非常に反応が良く、盛り上がる自信を深めて、翌年明けの2017年のCES(毎年1月初旬よりラスベガスで開催)にて、主催者であるマイケル・ウルフ氏と会う機会があり、その時に日本での開催の交渉をしました。日本語でまとめた資料を見せながら(笑)、「日本でやらないか?きっとすごいことが起きる!」と勢いで思いを伝えたところ、「Sounds Interesting!」と予想よりもノリの良い回答を頂き意気投合。その後、マイケルもSKSコミュニティから多数のスピーカーを読んでくれ、私たちは日本初開催を飾るのにふさわしいプレイヤーに声かけ、2017年8月25日に第一回目を開催することができました。正直なところ、開催までの道のりは分からないことだらけでして(笑)、試行錯誤の連続でした。実際今でも試行錯誤は続いていますが(笑)。たとえば、そのひとつが参加チケットの金額です。イベントの収支がマイナスにならないくらいの額に設定したいという気持ちはある一方、この取り組みの拡散のためには、より安くしてたくさんの人たちに来場いただくやり方もあり、悩みました。でも、日本人がまだ誰も知らなかった新しいコンセプトだからこそ、「海外でスマートキッチンをやっているから日本もね」といった軽いノリだと取られてしまうと一過性で終わると考え、少し高額ではありましたが1日3万5000円のカンファレンスに設定しました。この額でも興味を持って来てくれる人から、まずこのコミュニティに入っていただこうと考えたのです。
――3万5000円は高いような気がしますが、企業での参加ということでしたら、そんなに無理な設定でもないんですかね。
田中 いや、企業からの参加だとしても高いと思います。日本ではカンファレンスにはお金はさほど支払わない傾向があります。欧米だと参加費10万円を超えるものがゴロゴロありますが、日本ではとてもそんな状況は程遠いです。ですから、まだ何者なのかすら分からない「スマートキッチン」なるものを聞くために、1日3万5千円を払って聞きに来るというのは、相当尖った熱量を持った方々だったと思います。実際、参加者の業種別では食品メーカーが2割弱、家電メーカーが3割、ほかの業界が4割といった内訳でした。大手の食品メーカーからの参加は、第1回目はほとんどありませんでした。未だに衝撃的に覚えているのは、カンファレンスが終わってもネットワーキングが続いていて誰も帰らなかったことです。200名弱参加されたのですが、通常こういう場はカンファレンスが終わると皆さん疲れて大部分の人はすぐに帰ってしまうケースが多いんです。ところが、SKS Japan2017では、1時間強の歓談後も、みなさんでずうっと会話をし続けているんです。ほぼ誰も帰らない。そして、その話す熱量が半端ではありませんでした。表情を見ると、それぞれ興奮で紅潮している。やっぱり日本には、この動きに反応する人たちが、こんなにもいる。この熱量は本物だ。と確信しました。でも、こういう熱量は会社に戻ると消えてしまう可能性が高い、何かしらの形で維持し続けないと消えてしまうと考え、小さいながらも月1回ぐらいのペースで何らかのイベントを開催し続けることにしました。すると、そこにもかなりに頻度で来てくれる方がいるんです。
ーーどういった方々がいらっしゃたんですか?
田中 例えば、BASE FOODの橋本舜さんもそのひとりで、毎回大量のメモをしていました。また、TABETEの川越一磨さんや伊作太一さん、デイブレイクの木下昌之さんなど、後にフードテックのスタートアップの代表的な存在として活躍されることになる方々が、顔見知りになって繋がって。みなさんで盛り上げてくれて、イベントは自然と規模が大きくなっていきました。第1回目の2017年は200人弱、2018年は約350人、2019年は約450人、その次は約1000人と増えていきましたね。コロナ禍によりオンライン開催となった2020年はやはり節目となり、食品メーカーや飲料メーカーが初めて参加者の最大マジョリティになったんですよ。
――ようやく大手食品メーカーも動き始めたんですね。田中さんが信じた道は間違ってはなかった証ですね。
田中 はい。そのことはとてもうれしくて、2020年も、フードテックが日本でも進んできたという手ごたえがありました。でも、2021年のCES(世界最大のエレクロトニクス技術見本市 を見たときに、おや? と感じることがありまして。
――というと?
取り戻しつつあったフードテックがまた遅れた2021年
田中アメリカのテクノロジーは、日本には5年遅れくらいで到来しているんです。スマートホームも2012年頃からアメリカで起こって、日本では2017年や18年にようやく来たというイメ―ジです。2016年に私が「スマート・キッチン・サミット」に参加した時点では明らかに5年位遅れていた感覚だったのですが、日本でもSKS Japanや関連イベントを開催するようになったことで、2020年までは2-3年の遅れくらいまでに縮んだ気がしていました。コミュニティの仲間とも、結構進んできたよねという話はしていました。でも、2021年のCESを見た時に、また離されたな、という感覚があったのです。
――また5年遅れましたか……。
田中 2021年1月に開催されたCESの中で「フードテックライブ」というミニイベントがあり、そこでは、米国の家庭の調理の進化が伝えられていました。このミニイベントは「スマート・キッチン・サミット」を立ち上げたマイケル・ウルフが3年前から続けているものですが、そこには40社くらいの企業が登壇していました。多様なプレイヤーが、コロナの影響後に、本当に様々な家庭用の調理デバイスを開発してくるんです。「え? こんなデバイス作るんだ」と、驚かされる発表ばかりでした。ロジカルに考えると、コロナの影響で、家の中の調理に進化が増えて来ると考えて然りなのですが、こんなスピードで出てくるとは思っていなかったのです。
――具体的に教えてください。
田中 たとえば、ANOVA(という会社がバージョンアップしたコンベクションオーブンを作ったりと、一人用の調理家電がいくつも出てきていました。そして作っている人たちが、本当に楽しく自社の製品をアピールするんですよね。日本だと新しい家電をつくるプレイヤーは限られることが多いのですが、海外は明らかに層が厚いと思いました。さらに、SamsungがWhiskというレシピを再構成できるプレイヤーを買収したのちに、それらを統合したサービスを発表していました。またCESのメインサイトではLGも、この数年ThinQというスマートホームPFを通じて家電を繋げまくっていたのですが、CES2021ではスマートオーブンを軸に、ミールキットベンチャーのtovalaはネスレ、そしてクラフト・ハインツとのミール連携を発表しました。彼らの食材やミールキットをスキャンするとそれに合わせた調理方法をLGのスマートオーブンが自動で調整してくれるというもの。体験自体がこの領域でものすごく目新しいわけではないのですが、ネスレなどの大手プレイヤーと提携の発表をCESに持ってこられるスピード感、ロジカルに考えて「あるといいな」というものが実装に向けて着実に動いていく様を見せつけられたのです。コロナ禍でのニーズの変化を読み取りながら、他社との連携を続けていることに、世界のすさまじさを感じました。
ーーそのスピード感はこわいくらいですね・・・・・・。
田中 さらに、サラダが1000種類以上作れる次世代自販機スタートアップであるChowboticsを DoorDashが買収、スマートオーブンという完全にネットにつながったコンベクションオーブンであるJune Ovenは、Weber というグリルメーカーの老舗企業が買収しました。こういった製品は「本当に普及するのか?」と半信半疑で見られることもあるのですが、実際に大手に買収されることで逆にそのリソースを活用し、一気に社会実装を進められるんですよ。先ほど紹介したANOVAもその典型です。ANOVAはもともと低温調理器のデバイスをつくっていたベンチャー企業ですが、Electroluxが買収し、そのあとでオーブンレンジを出しています。同社はModernist Cuisineにいた人を採用していて、Modernist Cuisineで実現しようとしたレシピを再現するデバイスをつくったのです。ベンチャー企業が世の中の生活者ニーズにこたえるものを高速で開発し、それが一定の水準まで到達したときに大企業が買収する。買収後も、大企業ではできないスピードと自由度でイノベーションを進めていく、こういう動きが着実に実を結んできていることに衝撃を受けました。そこに日本との大きな差を感じてしまったという事です。
――日本はダメってことですか?
田中 かなり遅れているのは事実です。でも水面下では、大企業やベンチャーが様々な新しいビジネスを検討して準備を進めています。表舞台には出ないけれども、ステルス的に動いている企業も多いです。また「東京ヴィーガン餃子」のような鮮烈なブランドを掲げた企業が圧倒的な顧客体験を打ち出して、ドーンと突き抜けていくケースも出てきていますね。「BASE FOOD」もそうだと思うのですが。いくつかの“点”は見えていて、それが、いつどのタイミングで“線”になって“面”になるのか、いろいろな人たちが探っているところなのだと思います。欧米への遅れという点で焦りはありますが、比較的ポジティブに捉えています。日本の現場を支えている人、フロントで突き進んでいる方々はおそろしく優秀かつパッションにあふれていることもわかっているので。中堅層の強さは本当にあると思います。
――とはいえ、フードテックでは世界と日本とでは5年の差はあるわけですよね。そもそも、日本と世界のその差がなぜついているのか、非常に気になるのですが。
優秀な可燃性人材はいる。その“着火マン”になりたい
田中 理由は比較的クリアでして、アメリカでは非常にロジカルに商品が出てくる印象があります。こういうものが世の中にあったらいいな、と思うと、すすっと、複雑な意思決定のプロセスを経ずに出てきます。それは投資環境がまったく違うことが、理由の一つです。企業や投資家に対してアピールするものの規模が違うからです。アメリカでも企業や投資家に対してロジカルに説明するだけではなく、ある程度ビッグピクチャーを描かないとお金は集まってこないのですが、日本だとそもそも投資環境も少ないうえに、ロジカルにビッグピクチャーを描ける人が、残念ながらとても少ないなと思います。ローカルである程度成功して満足してしまい、世界を変えるぞ!という野望を持った起業家も、まだ少ないです。
――それは食に限らずのようですね。
田中 そうですね。海外がいいと言っているわけではないですが、日本では企業内あるいは国内にフォーカスがとどまってしまう印象があります。人材を見ても、特に食品会社は生え抜きの人が多く、単一でモノカルチャーの傾向が強いと思います。世界のフードのカンファレンスは多くの女性がリーダーシップをとっていることも多く、多様性に富んでいる。広いネットワークと高いスキルを持つ人たちが様々な企業をドライブし、言語バリアもなく、企業間を超えたコミュニティもできやすいです。そう考えると、日本はもっと社外、組織外、海外へと目を向けていかなくてはならない、と強く感じています。社外=取引先と思っている人はまだ多いと思います。もちろん、わたしたちのイベントにいらっしゃる方は社外=仲間と考え、外に目が向いていますが、日本においてはまだまだマイノリティと思います。
――フードテックの話題から、世界に突き付けられている日本社会の問題点があぶり出されている気がしてきました。
田中 国内でも、尖ったおもしろいアイデアを持っている人材は多いのですが、社内で段階的な意思決定をしていく間に、どんどん丸くなっていく側面があると思います。まず社内を説得するのに時間と体力が必要で、世の中で求められるものをなかなかダイレクトに作れないシステムになっています。日本人は本当に優秀で真面目で、組織のなかで自分の役割をコツコツと果たすタイプが多い。大きな絵を描いて挑戦するよりも、目の前のことを優先してしまうんです。個人が企業に守られているという考え方も強いため、世界にはなかなか出られないんだと思います。そして組織から外に目を向けなくては、外の情報が入らず危機感も生まれません。それでも、この10数年間コンサルティングという仕事、そしてSKS Japanなどを通じて様々な人々と出会う中で思うのは、日本にもパッションがあり、超優秀で創造性にもあふれ、ノリがいい人財が多いということです。大企業にも、自分でグイっと動くのは厳しいけれど、刺激を受けると火が付く「可燃性人財」が本当にたくさん存在していると確信しております。だからこそ、私は着火マン的な役割は絶対にやっていきたいと思っています(笑)。
――着火マン、ですか(笑)。
田中 組織には自分で熱量高く動くことができる「自燃性人財」もいますが極めて少ない状況です。一方で先に述べた「可燃性人財」は結構いると踏んでいます。まずはそうした人たちに対して、外部の人間が着火して、その火を大きくする、あるいは消さないよう刺激し続けるということが必要だと考えています。本来、着火したら爆発するくらいのエネルギーを持った人材はたくさんいると思います。食品業界にも優秀で情熱を持った方は驚くほどいます。世界の企業がどんどん外部の人間を取り入れていてイノベーションに繋げているように、日本でも社員と社外の人材の間に境界線が見えないような企業は、これから期待できると思います。
人類に水と食は不可欠。すべてのビジネスは食に通じるようになる
――30年後は日本の企業も変わりますかね?
田中世界にもっと出ていくことを目指すなら、変わる必要はあると思います。繰り返しますが、恐ろしいほど優秀な人材が日本にたくさんいますから、チャンスは無限にあると思うんですよ。特に食品業界はそのチャンスが多いです。というのも新規事業をいろいろやって来た中で、食はすべての業界につながるという確信があります。突き詰めていくと、食領域は世の中の経済の7割に影響すると思うんです。食料と水がないと生きていけませんから、この問題が深刻になる今後の30年で、多くの問題に直面していくことは間違いありません。それでも毎日食べていかなければいけない私たち自身の手で、解決していかなくてはなりません。そうなってくると、すべてのビジネスは食に通じるようになると思いますね。
――そういえば、世界中を飛び回っている田中さんという印象ですが、コロナ禍では海外には行きにくい状況でしたよね。先日、京都のイベントに参加されていましたが、どういう内容だったんですか?
田中 京都発のフードコミュニティをつくるぞというイベントでした。世界を見ることは重要である一方で、国内「地域」という文脈もきわめて重要だと考えています。というのも、食のサービスはローカル性が必須であり、社会実装は必ず地域ベースで起こるからです。日本単位というザクっとした単位ではないのです。また“フードテック”と聞くと、東京で盛り上がっている感じがあるようですが、実は各地域で様々な取り組みが始まっています。先に述べたように、食はすべての人に関わることなので、東京などの都市部だけで起こるものではないと思っています。私たちは、各地域が、それぞれの形で食の進化の可能性を考えて、行動していくと、とてもいい形に帰結していく手ごたえを感じています。今は、新潟、京都、九州、北海道、大阪、神戸などの皆さんと、さまざまな動きを始めています。欧州の仲間ともよく話すのですが、地域や町単位での社会変革が進んできていることを感じています。イタリアなんかは特に面白いですよ。日本の食の進化は、地域と企業がいい形で融合していくことで、世界に誇れる取り組みに昇華していくと思っています。そういう世界を、パッションを持つ方々とともに創っていきたいと考えています。
インタビュー:吉川欣也、土田美登世(構成)
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