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劣等感は輝ける予兆 主張もって踊りあうビート

なんでこんなに仕事しても虚無感でいっぱいなんだろう。
それは多分お腹空いてるから。
なんで一生懸命やってるはずなのに罪悪感でいっぱいなんだろう。
それは多分ねむたいから。
なんで好きなこと楽しもうとするとが足がすくむんだろう。
それは多分推しの新曲聴き込めてないから。

空腹で寝不足で推しが足りないと
いとも簡単に人ってへたれてしまうなと
改めて感じる金曜日の夜です。
でも今日はお腹いっぱい食べたいとか
飽きるほど推しを見たいとか
そんな気分にはなれないくらい落ちてます。
見えるもの聞こえるもの全て遮断したい。
でも文字には残しておきたい。
自分のいろんな欲の声が小さい。
もしかしたら聞こえないふりをしてるのかもしれない。
(って書いてたら寝落ちして既に土曜日。)

今週いろいろありすぎた。
新しい仕事にチームフォローに。
どっと疲れた。
通常業務では信用も落とした、きっと。
慣れてない業務ゆえに余計にゴールが遠くて
落とし物も多くて、うん。とにかく遠い。
1週間が長い。
知らない土地で見る「あと1km」の看板が信じられない時みたいなそんな感じです。
毎週走りきれるんだろうか、わたしは。
慣れたらまた見える景色は違うんだろうけど。

正直新しい仕事!ワクワク!ではない。
いろんな事情が絡んで仕方なくの部分が多い。とにかく溢れるものをそれとなく押し込んで、今はみんなで踏ん張るしかなくて。
「仕方ないよね」と悲しく笑う周りを見るのが辛くて。選べる状況じゃないのに心がどんどん乾くようなそんな感じ。

おまけに周りの感情や言動に面白いくらい振り回されて脳みそかき乱されちゃって。
「なるほど。あなたはそうなんだね」って優しくバリアを張れたらいいのに突き破ってむしろ擬態してしまう、なにしてんの?
自分から疲れにいってるようなもんだ。
なんだろう、誰一人として無碍にしたくない・きちんと向き合いたいと思うからなのか。
その一方で自分のことは無視してるくせに。
オフになった瞬間、虚無感だの罪悪感だのに色濃く包まれるように感じるのがまさにそう。
とことん不器用だな、わたしは。
「できないんだ」「もう無理です」っていっそ認められたら楽なのに。
でもそれを口にしたら、何もかも全てに対してそうラベリングしちゃいそうでされそうで怖い。今まで積み上げたものがぐちゃぐちゃになりそうで心臓がぎゅっとなる。
やっぱり不器用で極端だ。

今ここに留まることしか選択肢がないわけではないと思う。ベストだとは到底思えない。
ただこういうご時世、年齢、スキルなんかを考えたら、ベターだと思い込ませようとする自分もいて。ん?事象は違えどまた自分のこと無視してる?あれ?わたしの気持ちどこいった?
そういうとこやぞ。

人生は本当に答えがない。
何を選んでも捨ててもいい。
ただ、そこに自分の軸がないと
招く結果は同じ。

嫌なことは嫌だと思っていい。
好きなことは好きだと言っていい。
欲しいものはあっていい。
目指すものがあるのは素敵なことだし
思い切って休んで自分とゆっくり向き合うのも時には必要

これらのことは自分以外の人が発信すれば
「うんうん、そうだよ。そうしないとやってられないよね」って思えるのに、いざ自分に当てはめようとすると「甘えるな」と一蹴してしまう。何が違うんだろうね。ごめんね。こうして静かに静かに傷つけてきたんだろう。

いろんなものを無意識に抑え込んでるところから解放してあげないと、きっと一生こうやって悩み続けてしまうと思う。

自分を労ることは何も悪いことではないよ、
自分で自分のために尽くすのは
むしろ大事なことだよ。
今日は他の誰でもない自分自身へ向けたいと思います。

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