死ぬ瞬間の事を

 僕は、癌になった。
3ヶ月前、耳鳴りが鳴り始めた。
左耳、髪の毛が入り込んで鼓膜に当たってる感じなってきた。
耳くそをほじくるが変わらない。
仕事に行くも、真っ直ぐ歩けない。
三半規管の異常か。
耳鼻科に行ったが原因はわからない。
医大の耳鼻科に招待状書いてもらい行ったが1ヶ月だったがわからない。
味に激痛。腰も痛い。
鍼灸院に通ったが治らない。
整形外科へ行って痛め止めを注射してもらい電気治療をしに通ったが治らない。
そして2ヶ月が経ち、自宅にて立てなくなり救急車てT病院へ搬送された。
まず、これが僕がまだ生きている分岐点だ。
結果的にには、その時は原因分からず。
ただ、脳に何かあるらしく夜だったので専門医がいないので後日、診察してもらう事になった。
後日、診察してもらうと脳に動脈瘤があるが急がなくても大丈夫だとのこと。
今の原因は他にあるがわからないとのことだ。
僕は原因がわかってる事はとっととやってしまいたいのでカテーテル治療してもらう事にした。まずは検査入院し、カテーテルし写真を撮り準備万端。
後日、手術入院。
だったが、新しい術式が出来るようになったのでその方法の方が僕の動脈瘤には適してるらしく再度検査入院をした。
まずは、MRIだったかCTだった撮ってもらい脳外科の先生が確認。
で、いきなりだ。
明日も奥さん来られますか?
呼吸器内科の先生にて話があるからとのこと。
妻に伝えて翌日、2人で話を聞いた。
肺癌だ。
このままだと4ヶ月。
ステージ4。
わけわからん。
わけわからん。
わけ、、、。
わからん。
妻と病室に戻り、、、。
涙が出た。

前向きの性格はこんな時でも前向き。
妻も。

出来る治療を、、、。
医療の事はわからない。
主治医にできる事をしてもらう。
抗がん剤と放射線治療。
ぐだぐだな体がさらにぐだぐだ。
1人では歩けなくなった。
トイレだけは歩行器使いなんとか行った。
遺伝子パネルの結果、ROS1と分かった。
分子標的薬があるのでザーコリというお薬を服用する事になった。
いきなりの治療での副作用。
食べれなくなった。
甘いものは食べれたのでシャトレーゼで食べれそうなものを買ってきてもらい食べれる時に食べた。
それでも体重74kgが54kgに。
点滴にて脂肪分を入れたが食べないと身にならない。
辛い治療。
1月初旬からの治療。
奇跡と云うべきか、退院許可が出た。
通院にて治療していく事になり3月末に退院した。

治療しながら2年が経ち、早い2年だった。
今までに味わったことのない痛み、全身が思うように動かせない。動かす気にもならない。死んだら楽になるだろうなぁと考える事もあった。
死の瞬間ってどんなふうになるんだろう。
走馬灯って現象は起きるのだろうか。
もし、見れたとしても話し出来ない。
死の瞬間から先は死んだ人しかわからない。

とりあえず、ここまで。

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