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「オタク」がマス化する時代に

久しぶりにCanCamを読んでいたら、「オタク」が約30ページにわたって特集されていて面食らった。

しかもアニメやアイドル、舞台俳優を追いかけることが「素敵なこと」「目指すべき姿」として紹介されており、今をときめく人たちは皆何かに熱烈にハマっている、というのが特集の趣旨だった。

この特集を読んで、ひと昔前であれば特殊な趣味とされていた「オタク」という属性が、「ひとつのものに熱中している」という意味合いでマス化していることを改めて感じた。

そして好きなものがあるということが、ひとつのステータスになりつつあるということも。

世の中が進化したことで、数十年前と比べて私たちの余暇時間は圧倒的に増えた。

もちろん格差社会や貧困問題など課題は山積みだけれど、大きな視点で見れば生活は圧倒的に豊かになっており、職業もライフスタイルも個人が自由に選択できる幅が広がった。

だからこそ「自分のやりたいことがわからない」が悩みになりえるし、自分の時間や労力をかけたいと思える「生きる意味」を持つ人への憧れが増している。

生きるためのハードルが下がった結果、生きる意味を見つけるハードルが上がっているのだ。

昔は人並みに働いて家族と過ごしていれば嫌が応にも時間が過ぎ去っていたのが、今は仕事も生活も効率的になってしまったが故に時間を使う対象を自ら見つけなければならない。

時間や労力を使う対象をもつ「オタク」は、これからの時代さらにマス化し、趣味や好きなものを見つけようとする動きは加熱していくだろう。

さらにこうしてオタクの裾野が広がっていくと、コンテンツそのものを楽しむ以外に自分たちをコンテンツ化するという楽しみ方が生まれていく。

CanCamの特集は、さすが女性誌だけあって「かわいいオタ」がキャッチコピーだった。

同様に、最近ジャニオタ界隈で流行っているクリアうちわは推しに見つけてほしいというよりも自分たちが見て楽しむ要素が強い。

ジャニオタのみならず各分野のオタクがどんどんおしゃれになっていて、ぱっと見ではオタクだとわからないことも増えてきた。

ディズニー好きも重度のオタクになると「Dオタ」と呼ばれるが、最近は公式Tシャツではなく普通のブランドで買った洋服を組み合わせてディズニーファッションを楽しんでいる人が多い。

ひと昔前は、「オタク」という言葉には身なりに頓着せずコンテンツを楽しむことのみにフォーカスする人というニュアンスが含まれていた。

しかし今やオタク=熱中するものや語れるものがある人というニュアンスになり、おしゃれ化が進んでいる。

「オタク」が特殊な属性ではなく誰もが当てはまるニュアンスに拡大されはじめた時代に必要とされるのは、認知を広げられる人よりも深く愛されるコンテンツを作れる人なのかもしれない。
CanCamのオタク特集を読みながら、そんなことを考えていた。

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