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「解約率」の落とし穴

もしビジネス界の流行語大賞を決めるとしたら、昨年は『サブスク』がランクインしていたのではないだろうか。そう思うくらいに、『サブスク』というキーワードやビジネスモデルをあらゆるところで耳にした1年だった。

サブスクモデルの流行と同時によく使われるようになった単語が『チャーンレート(=解約率)』だ。

毎月課金が発生するサブスクビジネスでは、顧客獲得数が増えても解約数が同じペースで増えていけば、結局毎月の収入は増えない。
サブスクビジネスにおいて解約率を下げることは重要な経営課題なのだ。

これまでの売り切り型のビジネスでは、顧客の離脱を測るのは至難の技だった。
先月購入してくれた顧客がライバルのB社の商品を購入したとしてもそれを知る術はほぼなく、せいぜいロイヤルカスタマーを見つけ、その割合を算出することしかできなかった。

つまりサブスク以前のビジネスモデルでは『1人の顧客のLTV』を正確に計算するのは至難の技だったのだ。

しかしサブスクビジネスが一般化したことによって、1人の顧客がどれだけお金を支払い続けてくれているかを知るのはとても簡単になった。

測定できるようになるということは、その数値を改善しようとする力が働きやすくなるということでもある。

かくして巷には『いかにチャーンレートを下げるか』というTIPSが出回るようになった。

解約方法をわかりづらくしたり、解約直前に有料機能のリマインドをするといった施策を経験したことがある人も多いだろう。

こうした施策は実際に解約率を低下させ、ビジネスを成長させる。
また顧客も単に使いこなせていなかっただけというケースもあるので、解約前のサポートによって顧客が使いこなす方法を発見できればお互いに利益のある施策でもある。

しかし小手先の施策だけで解約率を低下させようとすることは、本質的な問題を見えなくしてしまう危険性も孕んでいる。

そもそも顧客が解約を考えるのは、そのサービスやコンテンツにお金を払うだけの価値を感じられなくなったときだ。
解約者の数は、サービスへの『不満の数』といっても過言ではない。

それを細かいTIPSだけで引き下げてしまうと、本来の不満の数が見えなくなり、サービス自体の質の引き上げにつながらなくなってしまう。

結果的に有料ユーザーは一定数いるけれど、全員が満足していない状態で使っているためにいい口コミも起こらず、一定の会員数で停滞してしまうという状況に陥ってしまう。

財布を痛めるほどの金額ではないから払い続けているけれど、実際にはほぼ活用していないという『幽霊ユーザー』の割合が高くなると、サービスの質を高めずともお金が入ってきてしまうのでゆるやかに衰退していく。

そうしたぬるま湯的な状況によって徐々に衰退していったサービスは、世代交代によって簡単に淘汰されていく。

解約率を仕組みだけで解決しようとすることは、質の相対的な低下を招き、じわじわ自分の首を絞める行為でもあるのだ。

また、解約率を議論する上で見落とされがちだと私が感じているのは、『人にはライフサイクルがある』ということだ。

今何かに熱中していたとしても、就職や結婚、出産などのライフイベントによって遠ざかってしまうことはままある。
特に余暇時間を楽しむ類のものは、自由に使える時間が減れば徐々に使われなくなるし、金銭事情からやむなく止めるしかないこともある。

しかし、一度やめてもまた戻ってくることだってあるはずだ。

そのとき、止め方があまりに複雑だったり嫌な思いをしたりした記憶があると、わざわざ戻ろうとは思えないのではないだろうか。

課金をやめたら用済みとばかりの扱いを受けたらもう二度と使おうとは思わないだろうし、逆に『送り出し方』がよかった記憶のあるサービスは、またいつかタイミングがあえば使おうと思うはずだ。
そしてたとえ自分はやめたとしても、人におすすめすることだってある。

私が『解約率』を議論する際によく違和感を持つのは、解約した瞬間にその関係が終わってしまう前提で話が進んでいることが多い点だ。

たとえ解約したとしても、使ってくれていた人の人生はそのあとも続いていく。
それはつまり、また『出会い直す』可能性があるということでもある。

だからこそ私は解約率だけではなく出戻り率も考えるべきだし、課金はしていないけれどエバンジェリスト的におすすめしてくれている人たちの存在も認めるべきだと思う。

サービスとの関係も人間同士の関係と同じように『今じゃなかった』というときだってあるだろうし、いろんな事情からたくさんのお金や時間を使えないことだってある。

それでも応援してくれる人、機会があれば使いたい、また出戻りたいと思ってくれている人、そんな人たちとゆるやかな関係性を築きながらよりいいものを作ろうとすることが、健全な仕組みの回し方なのではないか、と思うのだ。

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